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2話 理不尽なるかな、TS少年よ

 エビフライ弁当298円、ミックスフライ弁当398円。

 コンビニで売られているこの2つを手に、この近くに住む高校生である田中史郎(たなかしろう)は既に10分以上固まっていた。

 10分以上固まっているお客に対して、夜10時から勤務している夜勤のバイトの青年は怪訝そうに見ていたが、コンビニ弁当を手にする史郎にとってはこれは切実な問題だった。


 たかが100円、されど100円である。


 見かけ上は100円の違いであるが、その中身は100円以上の価値がある。

 どちらも弁当という形で作られているだけあって、ご飯の量や大まかなおかずは同じだが、「エビフライ2本」と「エビフライ・ハンバーグ」という2つには大きな差がある。

 もし腹いっぱい食べたいとすれば、勿論ミックスフライを選択すべきだが、彼は少し小腹がすいてコンビニにふらっと立ち寄った、1人暮らしの学生。1人暮らしと言うのはなにかとお金がかかる現状として、こんな場面で100円を余計に払ってまで買う必要はないとも言える。だが、一般的に食欲も性欲ももてあます男子高校生としてはミックスフライにすべき……。

 結局、彼はその後さらに10分悩み、バイトの青年に慰めの目線を受けて半額にして貰った上で、ようやくミックスフライ弁当を買ったのだが、この買い物はどうでも良い話である。


 もし彼が結局20分も悩まなかったら、とか。

 半額になるのを待たなければ、とか。

 バイトが青年ではなくて女性だったら、とか。

 ミックスフライ弁当ではなくエビフライ弁当を買えば、とか。


 そんな『もし(If)』の話はどうでも良いのだ。だって、結局は仮定の話でしかなくて、どんなに考察したからと言っても結果が変わる事はないのだから。


 ――――運が悪かった。それしか言えないのである。


 コンビニで粘りに粘ってお目当ての商品を安く買えた史郎は、頬を緩ませて夜道を、帰路へと着いていた。


「よしよし、良いのが買えたぞ」


 しめしめ、と頬を緩ませた彼は、いつものように少し暗闇で見えづらい家路に急いで家路へと着こうとして。


 ――――どんっ、と横へと吹っ飛ばされる。


「ぐふぅ……!」


 トラックに跳ね飛ばされたかのような衝撃、とでも言うべきだろうか? 実際に受けた事は史郎の人生上なかったが、そう表現するに相応しい衝撃であった。

 一瞬にして意識を飛ばされそうなくらいの衝撃ではあり、実際先程の戦利品である弁当は宙を舞って地面へと叩きつけられたが、史郎はなんとか意識を残していた。

 半ば意地のようなものであったが、史郎はそこで意識を残していたため、見てしまったのである。


 "それ"は女であった。すらっと伸びている髪や、すっきりとした顔立ち、目鼻もとても女性らしく、一言で現すとすればクールな狼を思わせる女性であった。身体のラインが分かるような黒いスーツを着ていうのも理由の1つであったのだが。

 そんな彼女は目を爛々と輝かせ、口を大きく開ける。


「……っ!」


 そんな彼女の口元、そこで彼は薄れゆく意識の中で見てしまったのだ。


 そんな彼女の口元に、大きな牙がある(・・・・・・・)事を。


「も、もう我慢できない……」


 彼女はそう言って、その大きな牙を史郎の首元へと突き立てる。


――――かぷっ!


 彼女が突き立てると共に、史郎の身体に熱が帯びる。

 それは先程の強烈な一撃とは違い、身体全身をなにかが這い寄るような、むず痒さを覚えるような熱であった。


「あ、あぁ……」


 熱にうなされている史郎の身体に変化が訪れる。

 まず訪れたのは髪、男らしいつんつんとした髪。そんな男らしい暴力的な色の髪に、艶やかな艶に満ちる。濡れ烏とでもいうような上品な色に変わると、その髪が上へとツンッと立っていたがそのまますっと腰のところまで下りて行く。

 髪の変化が終わると大きな変化が、身体全体の変化が訪れる。ぎゅっと水を絞られる雑巾のように女性らしいくびれが誕生すると同時に、なにかで押し込まれる形で170もあった身長が縮み始めて少し余裕があるくらいのシャツがだぼだぼとしたシャツへと変わる。そしてお尻の方にも肉が付き始めて、魅惑的な雰囲気へと変わっていた。


「あ、あ、あああああ!」


 身体そのものが変わることに発する経験したことがない痛みに、史郎は声をあげる。その声は成人男性のようなしっかりとした男の声が、声をあげる毎に変わって行く。

 1オクターブ、また声を出すとさらに1オクターブ。

 男らしい低めの声が、中性的な声。そして少女らしい高めの声へと変わると、そこに年頃の女の子らしい元気な、だけれども誰かを待って誘惑する"女"という一面をも併せ持つ声に変わっていた。


 異常だった。

 老人が若者へと変わる事がないように、青年が芋虫に変わる事が無いように――――


 男は女に変わる事はない。

 少年は少女に変わる事はない。


 けれども起こっている事は事実なのである。

 実際の問題として、史郎の身体が女に変わったのは事実なのだから。


 そして、それを行ったとされる件の人物――――カゲは気まずそうに呟く。


「やばいなぁ……しくっちゃったよ」


 と。

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