幕間1
静寂。薄暗く広大な空間は、幾つかのランプに照らされているだけで、他に光源はない。耳鳴りさえしかねない空間の中央には、長さ三メートルはあろう重厚なテーブルが設置されていて、その両サイドに人影が一つずつ、ぽっかりと浮かび上がっていた。
「……また、貴様か。何の用があるかは知らんが、ここはそう易々と来れる場所ではない」
上座に位置する場所に座る初老の男は、両手を組み、肘をテーブルに突いたまま語る。その言葉は威圧の塊。他を寄せ付けず、平伏させる強制力を持った『力』そのもの。
初老の男は、ろくに顔の識別も出来ない様な距離に黙し座し、佇む人影を、誰もが頭を上げられない様な重圧を伴った双眸で睨みを利かせた。人影は動かない。身じろぎ一つせず、俯いたまま黙し続けている。
「……また、あの少年の事か。確かに貴様の同僚を一般人が撃破したという報告は、私にとっても驚愕に値した。然し、何も殺害標的にする程の事でもなかろうに。そんなに面子が大切か、貴様は」
「……理由はどうだっていい。要は、俺に楯突いたクズを一匹潰す。ただそれだけの事だろう」
ここにきて初めて、人影が語った。飄々とした、悪びれた様子は欠片も見当たらない調子で。静寂という重圧を意に介した様子もなく、ただ淡々と語る。
「ハッ。極東のガキが一匹、消し飛んだところで俺には関係がない。それの尻拭いは全部、テメェのやる事だろう。俺は俺の好きにやる。邪魔をするなら潰す。シンプルで分かりやすいだろう?」
「……貴様は危険だな。今、この場で、消した方がよいのかも知れんな」
消す。初老の男は簡単にその言葉を口にした。
だが、それでも。人影には、ちっとも響かない。
「余計な労力を使うのはやめとけよじいさん。テメェが今からやるべき事は、この書類にサインする事だけだ」
人影は、相変わらずの口調で、一枚の書類を指で弾いた。何らかの魔術を使ったのか、一枚の紙は空気を滑る様にクルクル回りながら地面と平行に三メートルは飛び、初老の男の手元に落ちた。初老の男は闇の中、書類に目を落とし、驚愕した。
「……何と! グレゴリオ聖歌隊を総動員して『使った』大規模魔術の実行!? しかも、爆撃地は極東の島国だと!? 馬鹿な、そんな事、決して認められるものか! こんな事をすれば、ただでは済まされんぞ、ユダよ!」
「知った事か。テメェが認めようが認めまいが関係はない。ただその書類にサインをしろ、と言っている。……あまり、俺を待たせんなよ」
くつくつと嗤う人影に対し、初老の男は目尻をつり上げた。ビシリ、と広大な闇の空間に亀裂が走る。
通常ならば、たったそれだけで失神しそうな重圧。羽虫どころか、小動物程度ならば気死しかねない鋭い眼光、醸し出されるプレッシャー。その全てが、たった一つの人影めがけて密集した。
「誰にそんな口を利いているか、理解しておるのか、小僧!」
激昂する初老の男。それに対し、ユダと呼ばれた男は、
「知ってるよ。ローマ教皇だろ? ……ふぅん、で、だから何?」
欠片ほども響いた様子もなく、あらゆる者を平伏させるプレッシャーを、いとも簡単に斬り伏せた。先程と態度はまるで変えず、ただ、そこに悠々と佇むばかり。
「……言ったばかりだよな。邪魔をするなら潰す。……ジジイ、テメェ、俺に意見するつもりか?」
「イスカリオテのユダよ! 貴様の行動は目に余る! 常軌を逸脱している、早急に改めよ!」
「……うるせぇな、何度も言わせんな。『知った事か』。俺は俺の好きにやる。テメェにとやかく言われる筋合いはねぇ」
飄々と、堂々と。イスカリオテのユダ、ユリアは語る。初老の男の様な威圧感も重圧感もない人影は、故に、そういったものを全て『なかった事』にしている様に。
闇の中に浮かぶ双眸だけが、光を吸収する猫の眼の様に、爛々と焼け爛れて輝いていた。
「御託はいい。さっさとその書類にサインしろ。こっちは既に準備段階に入ってんだ、ローマ教皇サマ直々のお達しとあれば、もしかすると聖歌隊のチャージも早まるかも知れねぇしな」
「!? 準備段階……だと? 貴様、初めからそのつもりで――!?」
「考える時間くらいはくれてやるよ。その書類にサインして極東の地形を変えるか、それとも自分が愉快な死体に変わるか。どっちがいいか……グレゴリオ聖歌隊の準備が終わるまでに覚悟を決めておけ」
ユリアは立ち上がりながら、そう告げる。会話が成立している様で、全く噛み合っていない。そもそも彼は一方通行、他人の話なんか聞いていない。
「待て、ユダよ! この決断は早急すぎる! たかが一人の少年と吸血鬼の真祖を殺害する為に、多くの犠牲者を出す気か!?」
「目的はそれだけじゃあない……が、テメェに語ってやる義理はねぇ。テメェは何も考えず、さっさと書類にサインしろ」
「まだ話は終わっていない!」
「うるせぇっつってんだろうがクソジジイ!」
焦れたのか、ローマ教皇を相手に、ユリアは啖呵を切る様に叫び返した。今までユリアに向けられていた、ありとあらゆる威圧や重圧が、鏡に光が反射する様に逆巻いてローマ教皇を直撃した。
「ハッ、テメェこそ誰と口利いてるか分かってンのか? いいか、今からたった一つの真実を教えてやるからよぉく聞いとけ。……テメェはたかが、民衆の支持を受け、選挙に当選した『だけ』の人間に過ぎない。言い換えれば、『代わりはいくらでもいる』んだよ。……けどな、『俺に代わりはいない』って事を忘れた訳じゃねぇよな」
――その言葉は、何よりも恐ろしい殺傷力を以て、ローマ教皇の心臓を抉り、貫いた。
「ヒャハッ、俺に楯突くなよ。死に急いでんなら話は別だがなぁ。……お前は俺を疎んでいる以上に、羨んでいる。そもそも、十字教の行く末を神に認められたのは聖ペテロのみ、なら教皇なんざいらねぇだろ? テメェは所詮、そこ止まりだ。十字教の行く末を決めているんじゃなくて、十字教に関連ある事象を決めているに過ぎない。だからテメェには民衆の支持、選挙の紙切ればかりが集まる。元来、迫害され続けた十字教は多数決で言う少数派、だからお前は現状に満足していない」
さらりと、次から次に一撃必殺じみた剣が、容赦なくローマ教皇を穿っていく。ぐっ、と歯を食いしばってユリアの言葉に耐えたところで何もない。そのくせ、結局、何も言い返せない以上は堪え忍ぶしかない。
ローマ教皇は押し黙る。ユリアがまくし立て、耐えに耐えて景品なしでは割に合わないが、彼にしてみればそんな事はまさに『知った事じゃない』ので、遠慮はいらない。
「羨ましいんだろ、この俺が。憎み蔑み嘲り嗤い妬み狂っても、それでも何をしても、『票数に関係なく選ばれた』俺が、テメェは羨ましいんだ。贅沢な悩みだな。その椅子に座る為に血涙を流した奴を差し置いて、頂点に君臨しているクセに。まぁ、頂点って事は山のてっぺんだ、『そこから先』はねぇって事だけど」
「……調子に、乗るなよ小僧めが」
「……なかなか愉快な口を利けてんじゃねぇか。そのナメた舌ごと、頭蓋ぶっ飛ばしてやろうか」
威圧や重圧の代わりに注がれる、凶悪なまでの殺気――いや、殺意。確かにユリアにしてみれば、初老の男は『大多数の人間の一人』でしかない。彼が気まぐれで思うだけで、この場の命が一つ、消える。早くて一ヶ月後には、代用品が郵便で届く様な気軽さで、新たな人物が席に着く。その程度の認識でしかない。
彼は。誰にも止められない。止める為には、空襲でも行って摂氏一八〇〇の業火で焼き滅ぼすしかないが、同盟や連盟により均衡した世界ではそれも叶わず、結果、彼は止まらない。誰にも止められない。
「……忌々しい。何と忌々しい事か」
「そうかぃ。どうでもいい。テメェがやるべき事は、さっさとその書類にサインする事だけだ。……グレゴリオ聖歌隊の準備が終わるまでにサインしてなかったら、絞り出してでも血判を押させるつもりだからヨロシク♪」
「……こんな強硬手段を執れば、左方が黙ってないぞ」
「……何度も言わせんな、『知った事か』」
それを捨て台詞に、ユリアは広大な空間を堂々と歩き、きちんとドアを開けて退出した。後に残されたのはローマ教皇と、
爆撃許可の申請書。
まだ時期尚早だ、と内心で悪態吐く。だが、声に出そうと心に秘めようと、あの男に届く事はない。もどかしい。
第一、この爆撃にどんな意味があるのか。たかが子供一人、吸血鬼一匹を殺すだけならば、聖堂騎士一個大隊でも差し向ければ余裕でお釣りが来る。何か、別の目的があるに違いない。
だが、それを探っても仕方がない。書類にサインをしようとしまいと、あの男は爆撃を決行する。この問題は、書類にサインの有無ではなく、教皇の生死をかけた景品なしの度胸試し(ゲーム)に近い。
「……忌々しい。おのれ、『神の右』め」
その名は、歴史を遡っても、たった一人にしか与えられなかった称号だ。現ヴァチカン領を築いた聖人・ペテロ(ピエトロ)でさえ敵わない存在。かつて、一二の弟子を伴って、あらゆる救済を行った聖人にのみ与えられた、『神の右』という称号。
故に。
あの男は、誰にも止められない。
突然ですが、読者の皆様にお願いがあります。
突発的に思いついた話ですが、世界の狭間ってキャラがやたら多いと思いません?狭間1〜4、ハザマシリーズだけで、どれだけいるのやら…。
そこで僕は考えました。どのキャラが一番人気あるのかなぁ、と。
誠にありがたい事に、今まで世界の狭間は、沢山の読者様に見守られ、陰ながらひっそりと生きてきました。本当に感謝の極みです。ノミの心臓の僕は恐縮しっ放しです。
で、ここいらでちょっくら、人気投票でもしてみようかと思います。抽選で豪華商品が当たったりはしませんが、もしかしたら、上位に輝いたキャラを主人公に、何か脇道的な話を書くかも知れません。その辺はまだ未定です。
もしよろしければ、皆様のお気に入りのキャラを投票してみて下さい。ルールは以下に記載します。
1.投票は「必ず」メッセージ機能をお使い下さい。評価欄への感想への投票などは、申し訳ありませんが、即刻削除させて頂きますので、ご了承下さい。
2.投票では、男性キャラ2名、女性キャラ2名の計4名までとします。これは、キャラ票が偏らない為の配慮です。もし2人もいないよ、という場合は、1名でも構いません。
3.期限は、Stage10掲載までとさせて頂きます。毎度御馴染みの後書きにて、投票結果をお知らせします。
4.投票するキャラは誰でも構いません。今までに登場したキャラであれば、敵味方問わず受け付けております。
5.「今までメッセージ機能使ったことない!」「俺(私)、読み専門なんだけど」という方も、遠慮なく容赦なくドンドン送って下されば、大変な励みになります。
僕なんぞと一緒にコラボを書いて下さった世木さんにすら何の相談もなく始めた企画ですが、もしよろしければ、投票していって下さい。皆様からの応募(って言うのかコレは?)をお待ちしております。