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Stage.2:『Colorante ricco(極彩色)』

[Fab-28.Tue/12:30]


「へぇ。アンデルってイタリア人なのか。にしては肌が焼けてるよな」

「余は中央(ローマ)の民ありなん。生まれは南部(ナポリ)、育ちは半島(シチリア)故に」

「ははぁ……海側の人だったのか。道理で。いや、納得」

 料理を完食したカナタとアンデルは優雅なティータイムに突入していた。学校をサボっておいて優雅も何もない訳だが。

「って事はヴェネツィアとか小旅行気分で行けるんだよな。羨ましいなぁ」

「むっ。聖バルバラのヴェネンツィアか。確かに観光地としては有名だが、北イタリアは真反対である為に余は赴いた事があらず。だが、生涯に一度はアドリアの海を目に焼き付けたいとは思案なり」

 そう語るアンデルに、そう言えばそうだろうなとカナタは漠然と考える。日本人だって遠く離れた地に旅行に行かない者だっているだろうし、しかも南イタリアから北イタリアまで遠征となれば東京から北海道くらいは離れているだろうし。自分の失言を思わず呪う。

「余は半島(シチリア)の民故、地元自慢を承知で語らうが、あの街は実に住み好い。(いや)、旅行者にとってイタリアは優しうはないが、然し、海は優美で木々は碧り、心地よい。特にオレンジの甘みは他国より別格なりし」

「オレンジ? イタリアってオレンジの名産地だっけ? 確か緯度的に北海道と変わらないから寒いんじゃないか?」

「是。半島(シチリア)は標高三三〇〇メートルのエトナ山が風を遮断し、寒暖の差が有り。故に引き締まった果肉を持たんオレンジが生まれし。塩分を多に含みし潮風に負けぬ実は甘味が強いタロッタを生み出しけり」

 タロッタとは、シチリアの特産品であるオレンジの名称で、果肉は深い赤を帯びている。その特徴から『血色のミカン(ブラッドオレンジ)』と呼ばれている。多く輸入している為に日本でも入手可能であり、とても濃厚な甘みのあるオレンジであり人気が高い。

 だが、海外旅行に慣れた者ならともかく、旅行初心者にとってイタリアはとても環境に厳しい。特に大都市はスリや強盗による事件が多発しているし、日本語の案内文が飾られた飲食店類に至ってはその八割がぼったくりと言っても過言ではない程だ。表記値段の五倍一〇倍なんて当たり前、気付けば有り金の殆どを奪われて帰国という事態に発展する事もある。

 カナタの知り合い(と言っても敵対した間柄だが)に、イタリアを中心に全国的に布教活動をしているローマ十字教の魔術師が二人もいる(片方は『元』がつくが)。彼女らは性格的には難ありな部分もあったが、しかし芯には正義の塊の様な一面も持っていた。戦った時はたまたま、カナタの信念とは噛み合わずに敵対する形となって仕舞ったが、形が変わればもしかしたら共闘していてもおかしくはなかっただろう。

 だが、現実はこれだ。イタリアは治安が悪く、犯罪発生率が欧州の中でも上位に位置している。友人曰く、ローマ十字教は異端を許さない為に物事を強行する性癖があるとの事だが、彼らにも彼らなりの正義はある筈だ。勿論、理想と現実は全く別物だ。そんな事が簡単にまかり通れば、日本だって苦労しない。

「ローマ十字教……か」

 苦虫を噛み潰した様な表情でアンデルが呻く。そう言えばアンデルもイタリア人である事を思い出したカナタは、慌てて両手を振りながら訂正した。

「いや、良い。ただ、余もイタリアの国民故、嘆かわしいと言うか……身内の恥を晒している様でな……」

「アンデルもローマ十字教徒なのか?」

「如何にも」

 カナタはアンデルの顔をじっと見つめる。まぁ、おかしな事ではない。イタリア・フランス・スペインと言えばカトリックの代表的な国だ。特にイタリアはその中心であり、ローマ十字教も『組織』である前に『宗教』である以上は一般人の受け入れもやっている事だろう。何せ彼らは世界中に六億人……カトリック『派』という存在も含めれば二〇億人もの信徒を集めている世界最大級の宗教なのだから。カナタにだってそのくらいの知識はある。

 だが……なぁ?と、思わず疑って仕舞うのは当然だろうと思う。何せ、カナタは今月に入って既に二回もローマ十字教関連の魔術師と関わっているのだ。無理もないだろう。

(……いや、ないな。あり得ねェ)

 ないな。ない。ない。まずあり得ない。

 少し、考えてほしい。去年のクリスマスに吸血鬼に出会い、翌年の冬休み最終日に陰陽師と出会った時津カナタだ。更に今月になって密度は増し、一〇日には魔剣使いやら死霊使いやら聖堂騎士、二〇日には石像使いに呪術師に人形使いと言った様に、実にファンタジックな人生を送っていた。まさか一月に三度はあり得ない、否、あり得て欲しくない。

「……何やら訝しみておるが、どうした?」

「いや、何でもない。ミスター駄フラグボーイこと時津カナタさんとは言え、魔術師なんかそうそう現れたりしませんとか考えてないともさ!」

 思考に耽っていたカナタは我に還るや思わず叫んで仕舞い、やっちまったと自己嫌悪する。初対面の一般人相手に魔術師とか……もう馬鹿かと阿呆かと。見よ、アンデルの表情を。怪訝そうに眉をひそめたままきょとんとしてらっしゃる。

 ゲームかマンガの話として切り抜けるのがベストかも知れない。というかそれ以外はどんな言葉を使おうとただの変な人だ。よし、まずは笑いながら出鼻を挫いて――。

「ふむ。何ぞ、汝は見たまま素人と存じていたが、違いたるか」

 ――逆に、カナタが出鼻を挫かれた。馬鹿笑いすべく後頭部に手を当てたまま口を『あ』の形に大きく開けたまま固まっていた。

 何と言うか、嫌な予感がした。アンデルの表情はみるみる怪訝から弛緩に変わっていくのが分かる。

 やがて、アンデルは語る。

「余は魔術師であるが、汝は(こちら)の世界に近しきか?」

 ……オウ、ジーザス。

 神様、どうして僕を放っておいてくれなかった。カナタは心中で呟きながら、テーブルに突っ伏した。









[Fab-28.Tue/12:45]


 かったりィ、と少年は心中で呟きながら、取り出したタバコに火を付けた。周囲の人々が迷惑そうな視線を訴えてくるが、その容姿を見るや否や誰もが視線を逸らすか早足で走り去るかのどちらかだった。

 全体的に短い金髪だが襟足だけは肩に届く程長く、眉は殆ど剃られていて面影は残っておらず、何より身長一九〇強(未だ成長期なんだ、とは本人の談)はあろう人間に近付きたい奴はなかなかいないだろう。

 ただし、少年はとある有名私立中学の制服(ブレザー)を着崩していた。見かけによらず頭は頗る良いらしい。

(……妙な気配がする)

 少年・秋良(アキラ) ヒルベルドは、タバコの火種をぼんやり眺めながら、ため息を吐く。ユラユラと立ち上る紫煙は空気と混ざり合う様に溶けていく。

 とある少年の家に居候している身でありながら家主を置き去りに学校に向かったアキラは、途中で抜け出して街を歩いていた。普段から授業をサボったりしているので、学校の連中は特に不審がってはいないだろう。彼の通う中学はエスカレーター式でありもうじき進級試験が行われる筈なのだが、アキラはとある少女と首席を争う優等生なので問題はない。

 が、今回、彼が無断早退したのは単にサボりたかったからではない。どうも先日から、この街全域を覆い尽くす様な違和感を感じていた。

 初めは魔術師が攻めてきたのかと警戒してかかっていたが、どうも様子がおかしい。どう表現すればいいものか……例えば、離れた場所から常に監視されている様な、言い知れぬ不安感や違和感がどうしても拭えないでいる。

(クソッ、一体、この街で何が起こってやがる)

 恐らく、この事に気付いている人間は、一部の中でもほんのひと摘みだろう。様々な組織に所属する魔術師が多いこの街だが、アキラの予想で言うと、彼らは気付いていないと思う。感知能力に長けた極一部だけが、ほんの僅かに違和感に気付いている『かも知れない』というささやかで致命的な感覚。

 魔術を行使する魔術師は、自らの魔力に慣れているせいで微細な変化に気付けない事が多い。が、アキラの様に『魔術を使わない魔術師』であればそう言う微細な感覚を関知する事が出来るものだ。薄い味付けに慣れた人が些細な味の変化に敏感になる様に、濃い味付けに慣れた人は僅かな変化に気付けなくなる様に。

「ケケッ。先に見つけちまっちゃア予定を変更するしかねぇよなァ」

 ――不意に、背後からの声。アキラは慌てて振り返る。

「――テメェ、は……ッ!?」

「ヤァハッハ! 久しいな吸血殺し(ハウンドプレッシャー)! ケケッ、会うのは何年ぶりだぁ?」

「チュートン騎士、アントニオ!?」

 アキラの目の前には、ギターケースを肩に担いだモヒカンの様な髪型をした少年、アントニオ・ゲルリンツォーニがいた。ニタリと不気味な笑みを浮かべ、行き交う人々の中に悠然と佇んでいる。

「ケケッ。苦労したぜぇ、テメェを探すのにさぁ」

「……ハッ。イタリアに引きこもってばっかのテメェがこんな場所に何の用だ? 随分と遠征したんだ、大層なカミサマのご命令がある事だろうなぁ」

「……言ってくれんじゃねぇか、ケケッ。まぁ、部下の後始末に来ただけだ、そう勘ぐるんじゃねぇよ」

 アキラとアントニオ。

 二人は旧知の仲である。

 アキラは無所属(フリー)の吸血鬼殺し、そしてアントニオの所属するローマ十字教は吸血鬼を始めとするあらゆる魔物や異端を殺す事を主な目的としている。同業者であるアキラはローマ十字教と間接的に繋がりがある為に、半月前にこの街に来た追跡不可(トレースオフ)の情報を家主の少年に提供出来たのだ。

 アントニオはギターケースを担ぎ直し、改めてアキラを見据える。ゾッとする様な視線にアキラは思わず後ずさる。

「この国に来たついでだ。お前に話があるんだが、嫌とは言わねぇよな」

 告げながら、アントニオはちらりと周囲を見渡す。そこには『関係のない一般人』が、あたかも忙しそうに行き交っている普段通りの光景。チッ、とアキラは舌打ちする。

 どのみち、拒否権はない様だ。

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