Stage.17:『Una fine(決着)』
若くしてチュートン騎士の団長となった少年がいた。
当時の齢は実に一三歳。俺と同い年の少年。
「ゼ、ゼェ、ゼッ……!」
純白の鎧を纏った少年は地面に剣を突き刺し、剣に寄り掛かる様な体勢で膝を突いていた。俺とここまで互角に渡り合えた男は、コイツが始めてだった。
ただし、それは、チュートン騎士の小隊も含めて相手にした今の事を指す訳だが。
死屍累々とした戦場に、俺と騎士団長は対峙する。流石に一八人もの騎士団を相手に、俺も少なからずの手傷を負って仕舞った。特に騎士団長であるコイツの纏う鎧に刻まれた防御術式は硬い。俺の攻撃を悉く弾き返す様な卑怯者が相手では、分が悪い。
「退け、騎士団長。私は貴公と争う気はない。この街に棲み付いていた真祖を倒した手柄が欲しいのであれば、勝手に名乗るがいい。私はそんなものに興味はない」
「ふざ、けンな……ッ!!」
騎士団長の少年は立ち上がり、俺を睨み付けてくる。周囲に倒れた部下を一瞥し、元は村人だった灰の塊を悔しげに見つめ、最後に俺を睨み付けてくる。この街に巣食っていた吸血鬼・同属不浄の討伐という目的は同じ、村人を救ってやれなかった事実も同じ、そして全ての手柄を譲ると言っているのに、どうしてこの男は執拗に俺との戦いを続けようとするのか分からない。
「……貴公は何が目的だ。私が吸血鬼を殺したのがそんなに気に入らないのか? それとも、どうして村人を助けてやれなかった等と都合のいい詭弁を振り回したいのか? 手柄を横取りされた苛立ちか?」
俺はそう説きながら、ローブの中に仕舞っている矢の個数を確かめようとしたが……確かめる間でもなく、もはや一本たりとも残っていなかった。後は接近戦で片をつけるしかない訳だが、この男の防御術式を貫通出来る程の力が俺にはない。
地面に突き刺していた剣を引き抜き、俺に向けてくる少年。その双眸は血走っており、肩で息をする事すら忘れている様に、早口にまくし立ててきた。
「何が、目的か……? 知らねぇよ、分っかンねぇよ、そんな事! 吸血鬼を殺す事で世界が少しでも平和になるんなら、誰が殺したって構わねぇ! そんな手柄なんて誰が持ってても一緒だ、それで誰かが救われるって訳じゃねぇなら俺だっていらねぇよ! 村人の事だって……分かってる。俺やお前であっても、助ける事なんて出来なかった。分かってんだよ、魔術の世界が救いようのねぇクソッタレな世界だって!
だけど、何でか分からねぇケド、テメェはムカつく! どうして、テメェはそんだけ……俺の部隊を全滅させるくらい強いクセに、何で平気でいられる!? 吸血鬼の真祖を一人で殺せるくらい強くても誰も助けられなかった、この村には生存者が一人もいない、誰も助けられなかった……なのに、どうしてお前はそんなに冷静でいられるんだ! 力が及ばなかったと悔しそうな顔をしない!? 次こそはこんな悲劇を作らないと、堅く誓おうとしない!? どうしてお前は、そんなに平気で……元は人であった血溜りを、平然と歩いてられるんだよ! 悔しくないのか? 歯痒くないのか? お前はそんだけの力を持っていながら、誰も助けられなかったんだぞ!?」
彼の叫びは支離滅裂だった。勝手に一方的に、子供が駄々をこねている様な言い分でしかない。その言葉は、全く俺には響かない。何が言いたいのか分からない。
ああ、でも――、
「こういう時は、そういう顔をすればいいのか」
剣を俺に構えた少年は、泣いていた。子供の様にボロボロと、溢れる涙を拭う事もなく、一心に俺を睨め付けていた。
確かに、俺は吸血鬼を殺した。でもこの村の人を助ける事は出来なかった。が、特に感慨がある訳ではない。あの同属不浄を相手に、こんな小さな村一つの被害で済んだのなら安いものだと思っていた。特にどうとも思わない。ただ、同じ様な機会があるのならば、次こそはもう少し悲劇を減らそう、くらいにしか思っていなかった。
でも、……そうか。こういう時は、この少年の様な表情をすればいいのか。
この少年の様に、悔しそうな表情をすればいいのか。
白い鎧の上に白い外套を着た少年の表情を真似ようと、俺は自ら表情を歪めてみた。失敗した。彼の様に悔しそうな表情が作れない。
「……そうか。顔も名前も知らない他人でも、目の前で死んでいるのを見ると、悲しくなるものなのか」
――俺は『孤高』に生きてきた。彼の様に『孤独』ではない。孤高とは即ち、他人とは立っている高さが違うという事で、周囲に誰もいない事。一方で、孤独とは他人と肩を並べていながら、周囲に誰もいないだけの存在。
俺と彼は、決定的に、立っている場所が違っていた。だから、彼の憤りが分からない。
でも、……そうだ。もし、俺が誰かより高い場所に立っているというのであれば、
俺は、広い視野を以て、より多くの人々を救うべきなんじゃないか?
[Fab-28.Tue/19:40]
カナタの踵蹴りの衝撃を真っ向から側頭部に受けたアキラの巨体が宙を切り切り舞い、ズグシャア! とやたら怖い音を奏でて不時着した。
「ぐぉおッ!?」
そのショックで目が覚めたのか、アキラは蹴り飛ばされた側頭部を両手で押さえながら屋上の床の上で悶絶しだした。
「なっ!? まさか、本気で生きているなんて……!?」
「……まぁ、正直、僕も驚いてるんだけどな」
「って、テメェ、カナタ! 試しに俺を蹴り飛ばしやがったのかゴルァ!」
巨大な熊が冬眠から目覚めるが如く、アキラは勢いよく起き上がる。未だ首から大量の血を噴き出しながら、それでも今蹴られた側頭部の方がダメージが大きいと言わんばかりに、手を当てている。呼吸の度に口から血を吐いている。喉をやられている割にははっきりとした口調である。
「お前、後で覚えてろよ」
「いつも僕が一方的にやられてるんだ。弱ってる時くらいいいだろ」
「いい訳ねぇだろ」
アキラは折れた筈の頚骨をゴキゴキと鳴らして整骨しながら、顔に付着した大量の血液を袖で拭い、雨月に歩み寄る。アキラの顔に浮かんでいる凄惨な笑顔を見て、雨月は無意識の内に後ずさる。
「さて。これで、お互いに不意打ち一回ずつか。貸し借りナシって事で、さっきの事は水に流そう。……大体、俺は吸血殺しである前に、拳闘士なんだ。こっちも時間ねぇからカナタの制圧作戦に乗ってやったけど、やっぱ俺の性格じゃねーや」
アキラは右半身を前に、サウスポーの構えを取る。右の掌を空に向け、左手を貫き手の様な形で顔の前まで持ち上げ、腰を落とす。カナタはフェンスに背中を預ける様に移動しつつ、その光景をぼんやりと眺めていた。
手馴れた手つきで短機関銃の弾倉を取り外し、コッキングレバーを引いて薬室に入っていた薬莢を抜き、安全装置を親指で押し上げながら腰が砕けた様にフェンスに凭れ掛かって座り込む。雨月はそんなカナタの奇行を訝しげに見ていた。
「……ハッ。いいのかい、二人がかりじゃなくて。君達も知っているんだろう、一騎討ちじゃ、僕は倒せないって」
「ああ。こりゃ、前々から決めていた事なんだ。正確に言や、去年のクリスマス辺りから、な」
アキラの言葉に眉を顰め、首を傾げる雨月。が、その疑問に答えたのはカナタだった。
「そ。僕らは、見ての通り仲が悪くてウマが合わない。性格もそうだが、戦闘スタイル的にも、僕とアキラの相性は最悪だ。いや、僕は味方に当てる様なヘマしないんだけど、アキラは後ろから狙われてる事で緊張するらしい」
「当ったり前だ。お前なんかに預けられる程、俺の背中は安くないし、信用はしてるけど信頼は出来ねぇんでな。俺はやっぱ、アイツの言う通り、『孤高』みたいだ」
ジリジリと摺り足で雨月に近付きながら、アキラはニヤリと口嗤う。対する雨月は素手のままだ。さっきのカナタの銃撃で千切れた指はいつの間にか再生している様だが、確実に戦力的な低下は否めない。
「……く、クク! いいね、イイねぇこの緊張感! 蜘蛛切の四天王もそうだが、いつの時代も、僕の天敵ってのはいるみたいだ! アハハッ、しかも相手が殺戮狩人って言うんなら尚更、面白可笑しくて仕方がない!」
「へぇ、流石、俺らの数十倍生きてるだけあって、度胸は据わってるな。その様子じゃ、十二真祖の事も知ってそうだな」
「当たり前だ。最強種の真祖、その中でもたった一二体の頂点! 僕は真祖の中でも若造で、しばらく姿を消していたからね。僕の実力がどのくらいなのか知らないんだ」
「ふぅん、十二真祖ねぇ……。そいつらを片っ端からブッ潰してる俺から言わせりゃ、高望みはやめとけ、って事だけだな」
中国拳法の構えのままにじり寄るアキラの言葉に、
「……何?」
と。雨月は嘲笑をやめ、無表情にアキラを見つめた。
「テメェじゃ、アイツらには追い付けねぇよ。分かるだろ、分かってんだろ? 十二真祖入りとか世界征服とか、お前は自分で言う程、そんな幻想を抱いていない。あ、ちなみに、能力がどうとか言う気はねぇよ。お前の魅了の魔眼は十分すぎる効力を持っている。十二真祖にもお前より能力値的に劣る奴はいた。……ケド、お前は肝心なモンが足りねぇ」
――核心をついたのは、アキラの言葉のどれなのか。雨月は見るからに眉を歪めてアキラを睨み付け、魅了しようとする。が、いくらアキラと睨み合ったところで、吸血殺しのアキラを魅了する事は出来ない。
「いいか。今から、たった一つの真実を教えてやる。ようく、聞いとけ。
俺達みてぇな凡俗が速く走ったところで、天才には追い付けない。アイツらとはアンダーからトップまで何もかも違う」
ざらり、と。アキラは『吸血鬼の様な犬歯を剥き出し』に、獰猛に嗤う。その、あまりにも身の毛も弥立つアキラの姿を見て、雨月は驚愕に顔を青く染めた。
「殺戮狩人、吸血鬼の能力を無効化する狩人、吸血殺し……そう、か、お前は……お前の正体は……ッ!?」
雨月は後ろに飛び退きながら、床に落ちていた虚構革鞭を拾い上げる。
だが。
「――自我をコロせ、機能をコロせ、生命をコロせ、存在をコロせ、理性をコロせ。
――本能をイカせ、血液をイカせ、心臓をイカせ、自身をイカせ、野生をイカせ。
――何かを得る為には、何かを捨てろ。そうすれば、或いは、届くかも知れねぇぞォ! 雨月ゥゥゥううウ!!」
呪文の様に呟き、突如叫び、幼子の様な容姿の雨月に迫る弾丸。その姿はまさにケモノ。凡俗でありながら、ケモノと化したアキラが、牙を剥く。
月の明かりでテラテラと輝く、唾液に塗れた、吸血鬼の様な牙を。
「貴様、本当に、何も――」
叫ぶ暇はない。アキラはもう目の前まで迫っている。
退かなくては。
避けなくては。
逃げなくては、確実に殺される――!!
曰く。ケモノとは、比喩でしかない。
無駄な機能の排除。野性とは常にそういうものであり、天才と呼ばれる存在であり続ける要素の一つは欠落した何かが必要となる。
いや、欠落というのは正しくない。即ち、それは燃焼機関なのだ。不必要な機能を糧に、必要な機能を得る。幻痛にも似た、『不必要な機能を排除し、新たな機能を得る機能』こそ、才気と呼ぶ。
凡俗にはそれがない。だから、天才にはなれない。
だったら、どうすれば追い付けるのか。どんなに人間が速く走ってもケモノには追い付けない。それは、スピードの意味が違う。
曰く。ケモノとは、比喩であり、
それを淘汰するには、同じく、何かを捨てる事になる。
ドクドクゾクゾク、全身を駆け巡る血液を感じながら速く速く速く何より速く駆けて駈けて一気にトップスピードまで翔けて視界に映るモノを壊し舐り嘲り潰し噛み砕き愉悦に浸り遠吠えをあげ腐れ爛れる心臓を奮いもっと速くと頭脳を駆逐し神経を淘汰し筋肉を凌駕し全身に命令し獲物をひたすら食い続ける事でケモノと成り果て骨の軋みを忘れ隈なく隙なく牙を突き立て爪で斬り付け数百度に渡る侮辱屈辱陵辱を繰り返しそれでもまだ飽き足らぬと殺害殺傷殺戮殺生を何度も何度も引き裂き千切り折って割って捻ってひしゃげる様をゲラゲラ嗤い殲滅し尽くし狂った様に道徳を破り全て暗く黒く止み病み闇を体現する様に一心不乱に無我夢中で破滅破壊破砕破邪破損破瓜破裂に酔い痴れのらりくらり踊り廻り謳い叫び目を見開いて懇願する姿を嘲笑冷笑苦笑爆笑しながら冷酷冷徹冷静冷血冷然冷淡熱情熱中熱血熱望熱烈熱狂の笑顔を浮かべたまま蹴り飛ばしてゲラゲラ嗤い世界が赤く紅く朱く緋く染まる全てを俺を凌駕し超越した感覚感性感情が後押しして罪悪と興奮と塗り潰して楽しく愉しく愉快と愉悦に溺れ残虐で残酷で残忍な行為を行う姿を客観的に考えられない血の味が香ばしい何かが可笑しいはちきれんばかりの嗤いが木霊する宵空を血飛沫が汚く撒き散らし汚し犯し埋め尽くし俺はゲラゲラ哂う駄目だ止まらない肉の感触が脳内麻薬を増幅させる興奮物質が大量に満ち溢れ零れ落ちる様にグチャグチャと世界が歪み淀み濁り終焉の時を迎える。
[Fab-28.Tue/19:50]
「は、ははぁは、はぁ、はぁ……痛ゥ!」
過剰活動しすぎた全身が悲鳴を上げる様に痛む。その激痛で目が醒めた様に、アキラは眼下に広がる惨状を、客観的に見つめ直す事が出来た。
非道い有様だった。屋上の床が抉れて捲れ返り、フェンスは半分以上が吹き飛び、血痕と呼ぶのも躊躇われる血溜まりが、屋上の半分を濡らしていた。
その血溜まりの中央に、居た――いや、在った――襤褸切れの様な、爆発にでも巻き込まれた様に右半身が欠けた少年が、悶え苦しむ様に倒れていた。その顔に貼り付けられた、真っ赤に染め上げられた仮面の様な笑顔が不気味だった。
「は、はは……ははは! まさか、この僕が、たかが十数年しか生きていない様な、小童に負けるとはね! はは、ゲボ、ははははははははははははは! 獅子の子も獅子と言う事か! いや、全く、大したものだ!」
今にも死のうとしている身体で、尚も笑い続ける血溜まりの少年というのも気味が悪い。それでも、少年は笑顔を絶やさない。そこに、死の恐怖というものは見当たらない。
「……随分と、余裕そうだな、お前」
「まぁね。吸血鬼であろうと、何百年も生きていると、覚悟が決まる。人が老衰で死ぬところを何度も見ていると、ああ、自分は何で死なないんだろう、ってね」
人を食った様な笑顔で、雨月は笑う。立ち上がるどころか、指先一本だって動かせない状況で、月明かりをバックに見下すアキラを紅い隻眼が見つめ続ける。右半身が吹き飛んだ際に神経でもやられたのか、右目は動いていなかった。
「極彩色は連れて行け。もはや、僕が持っていても仕方がない宝だからね。まさに宝の持ち腐れって奴だ。……と言っても、今の奴は使い物にならないが」
「どういう事だ?」
「あの、西洋の剣客の仕業だ。あの魔術師殺しは、傷を負わせた者の魔術回路を、強制的に遮断する機能を持つみたいだ」
チッ、とアキラは舌打ちする。やはりそうかと口の中で呟きながら、アキラはいけ好かない陰陽師の事を思い浮かべる。無事だといいのだが、と。
いや、まぁ、問題ないだろうとアキラは考え直す様に頭を振った。あの剣士の『鬼』は、人工的な奇跡そのものだ。あれを倒せる存在がいるとすれば、それこそ天使クラスの至上の存在が相手でないと無理だ。自分だって、あれは『梃子摺る』。
「向こうは、うまくやってんのかな……?」
と、いつの間に傍らにいたのか、アンデルの縄を解いて背負ったカナタが、不安げに呟いた。
「心配すんな、あっちは大丈夫だ」
「……お前は、アントニオを過小評価しすぎなんじゃないか? アイツは、強いよ。間違いなく」
そんな事は、言われなくても分かっている。カナタ以上に、アキラがそれを知っている。
あの男は、間違いなく強い。ただ、脆いだけなんだと。だから、何かにしがみ付いていないと生きていけない。自分が壊れない様に、いくつも逃げ道を用意して、身代わりとなる何かを用意して、自己を保っているだけなのだと。
だが。
あの剣士は、『それ』を、容易く壊すだろう。
「……はぁ。ここでこうしてても仕方ない。俺らも戻るぞ、カナタ」
「あ、あぁ」
踵を返すアキラの後ろを、カナタはアンデルを背負ったままついていく。最期に一度だけ雨月を振り返ると、首だけを動かして、左目だけでカナタを見つめていた。一瞬、目が合って仕舞った事に背筋を凍らせたカナタだが、魅了の魔眼は発動しなかった。そんな力すら残っていないのだろう。
「……トドメは、刺さなくても、いいのかい?」
「……この物語は、お前とアキラのものだ。アイツがそうしたのなら、わざわざ僕が手を下す必要はない」
カナタがそう答えると、雨月は、今までに見た事もない穏やかな表情を浮かべて、
「そうか」
とだけ呟いた。
パタン、と閉じる鉄の扉。屋上が惨状になっていながら、扉がほぼ無傷で残っている事が不思議な程だ。
雨月は動かない身体を無理に起こし、宵の空を見上げる。右半身から、徐々に空気に溶ける様に、消えていく。灰になっていく。
「やれやれ……手厳しい。これでようやく、あっちに行けると思ったんだがなぁ」
吸血鬼は、首を刎ねるか、心臓を突き刺すかでもしない限り、死なない。アキラの攻撃は全て『吸血鬼の賦活能力に抵抗を生む』という概念武装とでも言うべき『呪い』の類であるらしく、雨月の傷は塞がるどころか、見る見るうちに消えていっている。
それでも、こんな事じゃ死なない。死ねない。
ここまで重症を負っておきながら、それは致命傷にはなり得ない。これでは、向こうに行けない。
「ま、これも一つの開幕か」
疲れた様に倒れ込みながら、雨月は左手で頭に巻いたバンダナを掴む。
そしてそれは、終幕でもあった。