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Stage.1:『Dio l'omicida(神様殺し)』

[Fab-28.Tue/12:00]


 遅刻した。原因は寝坊。

 虚ろな表情を浮かべてフラフラと歩く少年の名は時津彼方(ときつ カナタ)。昨夜は夜通し同居人に対戦ゲームに付き合わされていた為に、ただでさえ朝に弱いカナタは遅刻し、こうして私服姿でブラブラと街を歩いていた。今更学校に行ったところで午後の授業しか受けられないからだ。面倒くさい。

「それにしても……暇だな」

 道行くサラリーマンやOL、散歩しているご年輩や中身のない不良などとすれ違いながら、カナタは呟く。二月末日という事もあり、あまり肌寒さを感じないのが救いかも知れない。

カナタは並木道の下に設置されたベンチに座り、道行く人々を眺める。仕事に明け暮れるサラリーマンに、目的もなくただ歩いている不良然とした少年少女らや、休みなのか知らないがただ歩いている大学生風の大人。今の時間帯ならば大抵、こんなもんかなとカナタは思う。尤も、自分もその中の一人に過ぎない訳だが。

「……小腹が空いた」

 唐突にカナタが呟く。寝坊した為に朝食をとる時間は遅かったが、そこはそれ、成長期真っ直中の健全な高校生であれば二時間もすれば腹が鳴る。カナタは座ったばかりのベンチから立ち上がり、とりあえず飯にありつける場所を探す事にした。

 時津カナタは、とある諸々の事情により、二人の居候を匿っている。片や純血西洋人女性、片や混血日系西洋人少年である。しかもこの二人、実はただの一般人ではなくビバオカルトな魔術世界の住人なのだ。

 思い返す事一年半……ぐらい経った気がする約三ヶ月前。カナタが通っている高校が冬休みに入った当日、二人が織りなす事件に自ら首を突っ込んでアバラを折り、冬休み全てを潰して入院治療する羽目となったのである。それ以降、カナタは少年が通う私立中学への学費を含め、二人の面倒を見ていた。

 と言うのも、カナタも一般人ではない。彼は非公式に設営した陸上自衛隊の特殊部隊員であり、1Km先の空き缶に百発百中で風穴を空けられる程の狙撃能力の持ち主でもある。そんな裏政世界の陰で知り合ったのが魔術世界の二人であり、女性は五〇〇年以上生きている吸血鬼の最強種(しんそ)、少年は吸血鬼を殺す事に長けた狩人である。何が凄いかと言われれば、普通に考えて他人に真似出来ない程の高等技術を持ったカナタが全然平凡で凄く見えなくなって仕舞う事である。おそるべし、真祖と狩人。

 そんな自虐的な思考がカナタの脳内に展開し始めた頃、最近行きつけになってきた喫茶店『チヌーク』に辿り着いていた。まぁ昼食を食べられる場所を散策しながら歩いていたのだからジャストタイミングで間違いないのだが。

「腹が減っちゃなんとやら。……まぁ何か戦争する訳じゃねぇけどな」

 そうそう戦争なんて起きてたまるか、とカナタは心中で悪態吐くが、有り得ないと断言出来ないのが何とも悔しいところである。実は彼、今月の短期間のうちに二回も魔術師絡みの事件と遭遇(エンカウント)していた。魔剣使いには左腕を二箇所貫かれ、呪術師には全身ボコボコにされ、炎使いには全身に極軽度の火傷を負わされたのだ。何だかこう語って仕舞えば笑い話の様に聞こえるが、事実なので仕方がない。

 二度ある事は三度あると言うが一ヶ月の間に三度は有り得ねぇだろ〜、と半ば祈る様にカナタは笑う。というか笑うしかない。リアル魔法使いな世界の方々と遭遇した高校生が世界中にどれだけいるのかはご存知ないが、カナタの様なケースは稀だろうとは思う。出来の悪いRPG並の遭遇(エンカウント)率に辟易しながら、カナタはドアベルを鳴らして喫茶店『チヌーク』に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませー」

 やたらハイテンションなウェイトレスがにっこり笑顔でカナタを迎え入れた。

最近行きつけになり始めたこの喫茶店は、一ヶ月前に店長が変わったという話を聞く。二〇代前後のルックスの良い男女を店員にし始め、しかもやたらファンシーで且つ動きづらそうな制服に移行しだし、もしや今の店長に洗脳されているんじゃなかろうかとカナタは密かに危惧していた。路線を外してそんな事になって仕舞えば一大事である……カナタの財布が。

「お一人様ですかー? 煙草は吸われますかー?」

「一人。禁煙で」

 畏まりましたー、と派手なピンクの髪をポニーテールにしたウェイトレスはカナタを禁煙席に案内する。昼時の混雑に達する寸前だった店内は、カナタが座った事で満席となった。四人掛けのテーブルしか残ってなかったのか、カナタ一人でこのテーブルは広すぎる。まぁ狭いよりかはマシだが。

 カナタは手短に『海のランチセット(海草サラダ+海鮮リゾット+スープ)』を注文し、のんびりした眠たげな目で外を見つめる。たまにはこうして、一人静かに食べるのもいいかも知れない。いつもは三馬鹿共(デルタフォース)やクラスメイトと騒がしくしている分どこか物足りないが、しかし充実した時間である気がする。ただ単純に暇なだけなのだが、それを考えたら負けな気がするので思考から除去しておく。

 ふぁあ、と欠伸混じりにカナタが窓の外を眺めていると、失礼します、と先程のウェイトレスが断ってきた。カナタがそっちを振り返ると、派手なピンクのポニーテールウェイトレスの隣に、一人の女性がいた。身長は一七〇半ばで、欧州系の顔立ちだが肌は浅褐色だ。染めた訳ではないのだろう銀色(アッシュ)のウルフヘッドが非常に似合っている。

「只今、店内は満席でして……もしお客様さえよろしければ、相席させて頂きたいのですが……」

「別にいいッスよ」

 カナタは考える暇もなく答えた。あまりの軽さに驚いたのは、むしろウェイトレスと外人女性だった。目を丸くしている。

 カナタとしては、特に問題ない。むしろカナタ一人に対するこのテーブルの広さに困っていたところだ。相席する事で誰かが満足するのであれば、それに越した事はない。

 ウェイトレスは何度も頭を下げながら、奥へ引っ込んでいった。

「どうぞ〜」

 とカナタは向かい側へ促す。言って、英語の方が良かったかなでもウェイトレスも日本語だったしこの人も日本語喋れるのかもな〜、とか考えていると外人女性が口を開く。カナタの考え通り、その言葉は日本語だった。





「義と恩に着させて頂こう。感謝の意を此処に委ねん、少年」





 ……おい、とカナタは心中でツッコむ。いくら何でもそれはないだろう、と。

 真正面に座る銀髪の外人女性をまじまじと見つめながら、カナタは怪訝な表情を浮かべる。もしかして彼女は時代劇で言葉を覚えたのだろうか。百歩譲って古語と考えても、文法も何もなかった。何というか、個性的と表現するのも躊躇われる。

「……如何した、少年?」

「……いや。別に、何でもないッスよ」

 まぁ、いいか。言葉遣いはともかく意味の疎通は出来ているのだから、特に問題もあるまい。

「ふむ、ならばよい。……っと、給仕! 余にも少年と同じ物を」

 青髪ウェイトレスを呼び止めた褐色肌の女の一人称にお冷やを飲もうとしていたカナタが盛大に吹き出しかけ、液体が誤って食道ではなく気管支を一気に嚥下していって大きく噎せる。飛沫の様に唾液が飛ぶ。とっさに下を向きながら手で口を覆ったので大惨事には至らなかった。

 相席した女は満足げにお冷やを半分まで飲み、カナタに向き直る。

 サンストーンの如き澄んだ茶色の双眸を真っ向から受けたカナタはドキリとする。彼のクラスメイトにドミノという日本国籍しか持たない純仏国人がいるが、彼女の様な幼さを残した美しさとは違う妖艶な雰囲気を醸し出している。追跡不可という二つ名を持つレミーナというかつての敵と同じ類の美しさだ。尤も、浅褐色の肌を持つ目の前の女性は、レミーナより鋭さを持っている気がする。何のこっちゃ。

「ところで、少年。汝は学業はよいのか? 拝見した頃、小学生の様だが」

「……高校生だよ」

 ヒクク、とカナタは頬をひきつらせたまま答えた。女は『む。其は失礼した。いや、余の知り合いに一九〇センチオーバーの中学生が居なりて』とどこかで聞いた事がある様な事を語る。

「失礼した。……で、汝よ、学業は行わんでよいのか?」

「サボり。寝坊して、完全に遅刻だったからな」

「無類なり。世には学ぼうとも叶わぬ人が多く居たるに」

「そんな『ご覧なさい、あの高校生は甲子園で頑張ってるのに貴方はどうして何もしないの』みたいな事を言われたところで易々と反省する時津カナタさんではないわゴルァ!」

 両手を振り挙げるカナタは、盛大にツッコんでから、仕舞ったなぁと思う。いつもの癖で初対面の人間に、つい普通にツッコんで仕舞った。見よ、この外国人女性の点になった目を。

褐色肌の女性は口を半開きに、ポカンとカナタを見ていた。が、次の瞬間には笑顔に変わっていた。

「……プッ。は、ハッハッハッハッハッ! 誠、おかしき者よ!余の知り合いにそっくりだ!」

 笑い方まで時代劇風だった。銀色のウルフヘアをブンブンと横に振るって揺らし、腹を抱えて高笑いする様は、初対面での落ち着いたイメージを粉々に砕いた。

「……っつか、笑い過ぎだろアンタ」

「ヒィ……くくく、ハッハッハッ! いや……いや、忝ない。そんなつもりはないのだがプククク……」

 こんなに笑った姿は奴にも見せた事はない、と女性は語る。彼女の言う『知り合い』と言うのが何者かは知らないが、可哀想な奴もいたものだとカナタは未だ見ぬ『知り合い』とやらに内心で哀悼した。こんな不幸な奴に似るとは不幸なり……あ、やべ、感染った。

 二人が楽しく談笑(実は一方的に女性が笑っているだけだが)していると、料理が運ばれてきた。前菜からメインディッシュを客の具合を見ながら順に持ってくる訳ではなく、全てがところ狭しとテーブルに並ぶ。こういった不作法に比例せず料理はボリュームがあり且つ美味く、しかし値段は若干安い。至れり尽くせりだ。

「さも至れば、まだ互いに自己紹介がまだだったな。少年、名は?」

「あぁ、そう言やそうだよな。僕は時津カナタ。よろしく」

「ふむ、時津カナタか。余はアンデル=ランダンデルなり。見知りおかれば幸い」

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