Singularity-2:『Mistura:II(交錯2)』
[Fab-28.Tue/17:10]
「シオ! アンタ、なんでいつまでも、携帯の電源切ってたのよ!?」
バスターミナルに入るなり、ミズホは声高々に怒鳴り散らしながら一人の少年に駆け寄っていた。いや、その男が少年なのか青年なのかは判断しかねるが、身長一八〇センチはあろう男であっても油断は出来ない。何故なら、カナタには身長一九〇センチ以上はある中学生の知り合いが二人はいるのだから。
「――って、やっぱり天后だったのね、この魔力の源は。助かったわ。お陰で詩緒を補足できた」
その男より数歩外れた場所に立っている女性を見据えながらミズホは礼をし、次の瞬間には男の胸倉を掴みかからんばかりの形相で睨み付けていた。
「で!? 加えて、なんで電話に出ても通話をしない!? 電話という機械は、受話器を耳に当ててこそ初めて会話が可能になるっていう一般常識から叩き込む必要があるの!? アンタには!?」
男は、ミズホの言など端から聞いていない様にカナタを見ていた。……訂正しよう。完全に聞いていない。彼が持っているケータイは、未だ通話中のライトが点灯していた。コイツ、ミズホの電話口の怒号を完全に無視してたんだな。
「それよりも、そいつは?」
まくし立てるミズホなどアウトオブ眼中、男はカナタを見つめながら訊ねる。途端に落胆するミズホ。
男には悪いが、カナタは男と目が合った瞬間、心の中で何かが暴れ回った様な錯覚を覚えた。何だろう、この気分は。
カナタは滅多に人を嫌う事はない。黒髪長髪の某女史の様な、昔からの因縁のある人物は別として。
だがカナタと男は、初めて出会って、一言も話していない。ただ、その無感情な暗い双眸が、ゾクゾクとカナタの心臓を早鐘にさせる。
「はぁ……」
どのくらい時間が経っただろうか。おそらく、数十秒程度だろうが、カナタは男と目を合わせて、随分長い時間を感じた。ミズホのため息にハッと我に返る。
さっきから話を遠巻きに見ていたが、この二人、いつもこんな感じなのか? だとしたらご愁傷様だ、ミズホ。南無。心中で合掌するカナタ。
「……そうね。そうだわね。そうだったわね――アンタとまともに会話しようなんてコトを考えた私が愚かだったわ……」
うわ、怖っ! 何故か見える、ミズホの背中からどす黒い殺気が見える! 冗談ではない。カナタは、この女に問答無用で殺されかけた経緯がある。もしここで、あの時と同じ展開になるようであれば、全速力で逃げるしかあるまい。とりあえず、さり気なくミズホから身を離しながら、カナタはシオに向き直る。
……やっぱりダメだ。この男は気に食わない。
「……人に名前を訊ねるってんなら、先ず自分から名乗るのが礼儀なんじゃないの? シオ、とか言ったっけ?」
あからさまな喧嘩腰。周囲にはどう見えてるのか知らないが、カナタは決して怯む事なく、男と対峙する。
気に食わない。何が気に食わないのか分からないが、はっきり言おう。カナタはこの男が嫌いだ。本当に殴りあいになれば、カナタが勝てる様な相手ではない事は分かってる。でも、どうしてだか、この男には普通に接する事が出来そうにない。
「……なるほど」
しかし、男はカナタの態度に気分を害した訳でもなさそうに、ただそれだけを呟く。ますます気に入らない。嘲笑われた様な気分だ。
「何だよ?」
その、分かりきった様な態度が癪に障る。カナタは目尻を吊り上げながら、男に近付こうとして、
「――タンマ。これ以上、私の悩みの種を増やさないで」
カナタと男の間を、ミズホの声が遮った。先程の怒声はどこにいったのか、ミズホは冷静な目でカナタと男を交互に見比べ、ため息混じりに男に語り聞かせる。
「シオ。今のはアンタが悪い。カナタの言う通りよ」
烈火の怒り、ではなく流水の様に穏やかで優しい怒りを交えて。その視線は、男の無表情でゾッとする双眸を、真っ向から受け止めている。
そう、受け止めている。決して受け流すとか、カナタの様に跳ね返すとか、そういう事ではない。ミズホは男の事をある意味信頼していて、その性格も含めて、言い聞かせているのだ。果たして、仲がいいのか悪いのか分からない。
「カナタ、ごめんなさい。コイツはこういう性格なのよ。悪いけど、今は勘弁してあげて。現状、何が一番大事な問題なのかを考えて頂戴。貴方ならできるでしょ? 私たちが対立することは、何の得も生み出さないわ」
「……そう言われると、何にも言えなくなるな……オーライ。解ったよ」
まぁ、何だ。本人ならまだしも、第三者からそんな事を言われては、どうも続ける気になれない。よくよく考えれば、この男は性格に難ありでもミズホの味方に違いないのだ。味方の味方は味方、という訳でもないが、少なくとも敵ではないし、悪でもなさそうだ。
「ありがとう」
ミズホは素直に礼を言いながら頭を下げる。緩やかなカールを描いた茶色の髪が、肩からサラリと流れる。
「コイツは渡辺詩緒。一応、私の相方よ。あ、変な誤解はしないで頂戴。あくまで陰陽師としてのパートナーよ」
ミズホは場を嗜めようと、努めて明るく男を紹介した。が、相方が紹介をしてくれている間も、渡辺シオとやらはカナタを見つめているだけだ。睨むでも見据えるでもなく、ただぼんやりと視線を合わせているだけ。
いや、そもそも。シオの視線が偶然にもカナタを捉えているだけで、全く別の考え事をしているのかも知れない。かと言って、死んだ魚の目、という性根の腐った感じは見受けられない。何を考えているかは知らないが、少なくとも、この男は絶対の意志を心に棲ませている。そんな気がする。
次にミズホはカナタに向き直り、シオに紹介しだした。
「で、詩緒。彼は時津カナタ君……そうね、今回の一件で最も頼りになるであろう助っ人の仲裁人よ」
「は? フィ、ぃだッ!?」
仲介人? と訊ねようとした瞬間。右足のつま先に衝撃が迸った。小指が折れるかと思わんばかりの強烈な一撃である。
カナタの肩に手を回して顔を近付け、ミズホは内緒話をする様な近さで、囁く。
「しっ! 余計な混乱を招かないように話を合わせなさい! コイツは融通が利かない偏屈者なのよ!」
……いや、ミズホさん。内緒話はもっと声量を落としましょうよ。
まぁ、何だ。とりあえず、カナタは了承する事にした。裏世界の住人なんてどいつもコイツもワケありの性格破綻者みたいのが多いし、人格と能力は別物だし。黙っておくのが一番というのなら、黙っていましょう。
と、そこまで考えて、カナタはふと疑問に思った。
「……で? シ、……渡辺も、やっぱり魔術師なのか?」
これから共同戦線を張るのだ。会話を成立させて、少しでも連携の取っ掛かりを作ろうという思惑もある。
だが、ミズホとシオには、これから魔術師殺しの魔術師と戦ってもらう事になるのだ。正直な話、シオとミズホの二人が魔術師である以上、アントニオには勝てない。そこが一番の疑問だった。
もし、シオが魔術師であった場合、それはアントニオにとって都合のよい出来レースでしかない。その時は、パーティメンバーの入れ替えを行う必要がある。
「いいえ。詩緒は滝口――『滝口の武士』よ」
しかし、答えたのは予想に反して――いや、むしろ予想通りに、ミズホだった。
「は? もののふ? もののふって、武士だよな? サムライってコトで理解して、いいんだよな?」
「そうよ」
カナタの問いに即答するミズホ。いやもう、何と言うか。魔術師の世界にはいい加減、慣れが生じてもおかしくない頃合なのに、どうしてもカナタは一般人の殻を打ち破れない様だ。
「え、――ええっ!?」
「アンタ、馬鹿? 日本人のクセに侍を知らないの? 侍がなんたるか、説明が必要?」
「イヤイヤイヤ! 知ってるからこそ、だろ!? そうよ、ってお前、幕府なんて機関もとっくになければ、廃刀令だって施行されて……って、いつの剣客浪漫譚の話だよ? コレ、舞台は現代ですよね?」
カナタの脳内をグルグル回る光景。秘剣の使い手とか、何か富士の樹海での殺し合いとか、必殺技を三回撃てる秘奥義とか、そんなのが想像されている。
「時雨沢巧、『灰色銀狼』――忍者もいるんなら、侍がいたって何の不思議もないでしょ?」
「え? あ、ああ。そ、そう言われれば、確かに……」
世の中って奴は恐ろしい。つくづくそう思うカナタである。
「助っ人っていうのはなんだ?」
ここにきてようやく、男が口を開く。思ったより、重圧的な印象は受けない。いや、シオが喋る度に、胸の奥がゾワゾワとかき乱される嫌悪感、らしき物を感じて仕舞うカナタだが、そこに威圧や敵意の様な負の要素はない。
むしろこれは――、親近感、の様な物か? まさか、とカナタは心中で自嘲する。この男と自分は、似ても似つかない。ただシオが人間的にいけ好かないだけで、そんな事がある筈がない。
シオとカナタの行動原理は近しい様で真逆だ。何故か、初対面である筈の男に、そんな感情を抱いて仕舞った。
「……アンタは反対かも知れないけど、天后が来てるってコトは、現状を把握してるでしょ? 雨月とロンギヌスの槍。そのどちらもを排除するには、アンタと私だけじゃ残念ならがら確実性に欠けるわ」
何を考えているか分からないシオ、全く別の事を考えていたカナタ。その二人を中継し仲介する様に、ミズホは会話を切り出してきた。その口調は、シオもロンギヌスの槍の事を知っている事を前提に。
そこに、浮世絵の様な儚く繊細なイメージの浮かぶ美女は、ルネィスの様に情報収集に長けた魔術師なのだろうか?
「それなら問題ない」
「ああ、ああ! 煩い! 俺一人で十分だ、なんて、何の根拠もないセリフは受け付けないわよ!」
何か、現代版狼少年みたいな扱いである。ミズホはかなり強引に話を自分のペースに持って行こうとしてるが……いや、それは無駄だミズホ、その手の人間は誰の意見も聞かない。カナタは身を以て知っている。
「違う。雨月の件は、ある男に任せた」
だが、どういう事か。シオは、初対面のカナタでさえ予想外の事を口走った。
「は? ある男? アンタ、雨月は曲がりなりにも真祖よ!? 何処の誰においそれ任せたなんて、なんて無責任なコトを! アンタ、頭でもぶつけた? いつもなら何が何でも自分でやらないと気が済まないくせに、今回に限って何を勝手な! こっちはね! 必死の思いで『殺戮狩人』の仲裁人を見付けて来たのよ!」
何気に非道い事を言うミズホ。味方は多いに越した事はないが、いや、あのアキラが協調性など持つ筈もあるまい。でも何も言わない、怖いから。
「ああ。その殺戮狩人に一任した」
……………………………………………………………………………………………ホワイ? 今、この男、何つった?
「「は?」」
重なるミズホとカナタの声。
「……アンタ何言ってるの? 殺戮狩人って十二真祖を――」
「十二真祖云々(うんぬん)は知らないが、殺戮狩人なら知っている。アイツだろう?」
硬直しながらも訊ねるミズホに、シオは目線だけでバスターミナルの外を一瞥した。釣られて外を見ると、そこには、
「テメェ! 渡辺! 何が一発は一発で首刎ねでもして欲しかったか? だァ!? しっかり一撃くれてるじゃねぇか! お陰でおにゅーの携帯がお釈迦だ! 友人に連絡つけられねぇだろ! とっとと弁償しやがれ!」
一般人なら酔っ払ったヤクザ屋さんが少年のグループに絡んでいる、と本気で通報しそうな勢いで、先程(一方的に)別れた相方が、闖入してきた。完全に頭に血が上っていて、手にした壊れたケータイを握り締めている。はっははは、それ、つい最近お前に買ってやったケータイじゃねぇかクソッタレが、とカナタは思う。思うが、そんな事より、どうしてシオとアキラが知り合いかの方がよっぽど重要なので、ここは大人しく混乱しておく。
「回避できなかったお前の責任だ。俺には関係ない」
詰め寄るアキラに対し、シオは全く動じずに淡々と答える。シオは日本人にしては割と大柄な方だが(全体的に細いので、大柄というイメージでもないが)、近くにアキラがいると長身に感じれない不思議。
「……オーケイ、今度の俺はハンパなくバイオレンスですよ? ――って、カナタ? 何だってお前、こんなトコにいるんだ?」
それが、勝手に路中で車を降りてさっさと消えて言った男のセリフだった。
「何でって……お前、そりゃこっちのセリフだ。僕はコイツを相方の元まで連れてきただけだ」
まぁ、言いたい事とか、二〜三発ブン殴りたいとか、そんな些末な事は今は措いといて(あくまでも『今』は)、カナタはここに来た理由とも言えるミズホを指差しつつ答えた。
「え? って事は……何? このヤクザ面が殺戮狩人って事?」
ビキ、と。アキラのこめかみから、そんな恐怖の音が聞こえてきた。ミズホは驚愕しつつアキラを指差している。人を指差すな、さっきお前、シオに礼儀がどうとか言ってなかったか?
カナタもアキラとの初対面では、崇高で別次元の高貴な人間だと思っていたので、その気持ちは痛い程よく分かる。噂とは、真実以上にイメージを伝染させるウィルスみたいなもんだとカナタは再認識する。こうして、殺戮狩人のイメージはアキラとは真逆の方向性を内包するのだ。
「カナタ。何だこの失礼極まりない女は」
「ミズホ。陰陽師。協力者。頭いい。甘味好き。ってかかなり容赦ねぇ。出会い頭に殺されかけた」
思いつく限りのミズホイメージを、アキラに伝える。
「ワケ分からんが、渡辺の知り合いか?」
そうは言うが、支離滅裂な説明であろうと、アキラはそれなりに噛み砕いて自分の中でイメージと情報を再構築する。顔に似合わず、実はインテリというのが、ますます『アキラ』というイメージから遠ざかる。
(って、アレ? それ、ようするに、殺戮狩人(ハウンドプレッシャ−)のイメージがアキラから遠のいてるんじゃなくて、アキラから殺戮狩人を遠ざけてるんじゃ……?)
いや、今はどうでもいいか。カナタはとりあえず思考を中断し、アキラの新しいケータイは小遣いから差っ引こう、分割でいくらぐらいかなとしょうもない事を考え始めた。今の優先順位としては、槍>雨月>ケータイ>アントニオである。本人が聞いたら、洋剣片手に一日中追い駆けられそうな気がする。
「まぁ、一応。さっきの怒鳴り声を聞いた限りじゃ、あの馬鹿が何かしでかしたみたいね。携帯がどうとか」
「応。殺し合ったぞ」
髪をいじりながら聞いてきたミズホに、ニヤリと笑いながら答えるアキラ。どっちも不謹慎すぎるだろとカナタは思う。口には出さない出せない出したくない三段活用。この二人を敵に回して、生き延びれるとは思えないのだ1パーセントすら。
「……あら、そう。貴方、意外とシオとウマが合うんじゃないの?」
「冗談キツイ。あれは無理。男の無口キャラはうぜぇだけだ」
「は?」
「いや。忘れてくれ。忘却の空まで」
軽々しくも、和やかな会話が続く。……と、周囲に人がいれば、そう誤解しただろう。だがしかし、二人に挟まれる形で会話を聞いているカナタには、そんな穏やかな状況でない事が痛い程分かる。
さっきから火花がビシバシ飛んでいるのだ。戦闘や戦争とは、何も傷つけあう事ばかりを指すのではない。ソ連とアメリカを思い出せ、これはもはや冷戦である。
「で、ところでアンタ、どこまで理解してる?」
「さあ? 貴方が理解しているコトは理解しているんじゃないかしら?」
アキラの問いに、笑いながらミズホが答える。腹の探り合い、例え協力者であろうと、一つでも多くの情報を得て、状況を自分の理想通りにコントロールしようという、魔術師同士の戦いだ。殴る蹴る放つ屠るだけが魔術師の本質ではないのだ。
魔術師の戦いとは、チェスや将棋、囲碁やオセロに近い。敵対する存在だけでなく、状況を網羅し、敵の裏の裏の裏の裏の裏をかく。幾重にも罠を張り巡らせ、自分に有利な状況を作り出す。これが魔術師の戦いの本質なのだ。
……が、
「くだらないな。互いが信用できないなら、自分の意思で勝手に動けばいい」
何を血迷ったか、シオがそんな事をのたまいながら刀を背負い直した。話の『ツメ』に入ろうとしていたミズホの脳髄から≪ブチチィ!≫と何かがキレる音が聞こえて気がしたが、気のせいだろう。マジでそう思いたい。
「少なくとも、俺はそうさせてもらう」
淡々と、シオはそう告げるだけだ。
「――それでは渡辺様」
「ああ」
今まで沈黙を保っていた天后が言う。シオは無表情に頷くと、彼女は深々とお辞儀し、四人に背を向ける様に歩き出した。
「……俺は殺戮狩人に雨月討伐を任せた。だから、ロンギヌス阻止に全力を注ぐだけだ」
シオの言葉を背に、天后は納得した様な表情をした。晴れ晴れとした、絶対の信頼を胸に抱いた表情である。彼女は式神という話だが、もしかするとその表情の意味は、術者とリンクしているのかも知れない。そんな気がした。
天后がカナタの横を通り過ぎる。チラリと、何気なく、カナタは彼女を横目で追いかけた。
その時カナタが見た、達観した様な微笑は、まるで年上のお姉さんに「頑張って」と言われた様な、そんな一種の安心感を抱いて仕舞った。
……あぁ、そうか。
「――そうだな」
ぽつりと、今まで会話に参加していなかったカナタが、ここにきてようやく口を開く。
「僕も――僕もそう思う。アンデルを救いつつ、ロンギヌスを阻止する。それには僕たちが協力するのが一番だと思うし、少なくともミズホは信用に値すると思う。アキラ、お前はどうなんだ? 渡辺は信用できないか?」
そう。魔術師の事情とか、上の勢力差とか、現実的じゃないとか、協力するしないとか、ここで仲間割れをしていたら何も上手くいかないとか、そんな下らない事はどうだっていい。
要するに、今大切な事は、
「言い方を変えるぞ、アキラ。お前は、この街や、国のみんなを、救いたくはないのか? お前がやらないってんなら、僕は一人でも雨月を倒して、無限術式って悪夢を殺してみせる」
はっきりと、断言した。カナタの眼を見て、アキラはため息混じりに両手を軽く挙げた。お手上げのポーズである。
こうなったカナタは止まらない。止まらないからこそ、わざわざこの街まで移動する事になり、アンデルなんつークソアマを助ける羽目になったのだ。頑固とか、ワガママとか、そういう話ではない。
これは、紛れもない強い正義だ。この男は、誰の為でもなく、ただ『誰かが不幸になる』から、みんなを幸福にする為に、動くのだ。この男の意味など、その程度しかない。
その程度しかないからこそ、たった一つしかないからこそ、誰にも負けない確固たる正義を持ち続けていられるのだ。
「……ハッ、ハハ、ハ! 分ぁったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ! おい、陰陽師! 渡辺!」
「……ハイハイ、ったく、熱っ苦しいわねぇ」
アキラはシオとミズホ、最後にカナタを見て、語る。
「ドイツもコイツも、必要なモンはさっさと掬って、大切なモンをとっとと救って、いらねぇモンをぱっぱと潰すぞ!」
「ふふ、了解」
ここにきてようやく、ミズホが、本心からの笑顔を見せた。何というか、楽しそうだ。
四人の有志による、分担作戦、同時攻略。最終目標は、殲滅魔術の阻止、及び無限術式の悪夢の阻止。どちらも、失敗は許されない。どちらかの失敗は即ち、世界のバランスの崩壊を意味する。
「くっだらねぇ」
「下らない」
それを思い、カナタとシオは、同時に呟く。
「そんなくっだらねぇ神様の悪夢は――この僕が、ブチ殺す!」
「渡辺シオ。――その悪夢を殺す人間の名だ」