Stage.13:『ConsiderazioneII(考察2)』
[Fab-28.Tue/16:40]
「……あんのド馬鹿。いつまで電源切ってるつもりだキング馬鹿」
「気持ちは分からないでもないがとりあえず落ち着け」
悪態混じりに携帯電話を閉じるミズホと、ハンドル片手に携帯電話をいじくるカナタ。お互い、相方が電源を切っているせいで全く電話に出ないのだ。どうなってやがりますかチクショウと、二人同時に内心でため息。どうでもいいが、運転中は通話は控えましょう。危ないから、マジで。
「ってかアンタ、一体いくつなのよ? どう頑張っても高校生にしか見えないんだけど、車なんか乗って。無免?」
「アメリカじゃ一六から免許取れるんだけどな……ほれ、免許証」
「……一九!? マジで!? 私より年上なの!?」
「あ、それ偽造。僕は立場的にちょっと特殊なんだ。本当は一六なんだけど、一応修学して、国に認められてはいる」
「……ふぅん。アンタも色々あるのね。あながちただの一般人って訳でもなさそうね」
少し考えればかなり異質なカナタの存在を、事も無げに理解したミズホ。何というか、魔術世界に携わる者はみんな飲み込みが早すぎる。特殊な環境に慣れているせいか、それとも深く考えない性質の奴が多いのか。
「とりあえず、当面はこうして街を散策して、歪んでる場所を探すしかないわね。占いでもいいけど、封殺法剣の影響か、どうも魔力の流れが歪つで正確に占えそうにないのよね」
「へぇ。占いって魔術師らしいな。今度僕の恋愛運でも占ってくれよ」
「気が向いたらね」
もしこの場にカナタの友人がいれば、口を揃えて
「お前にその必要はないだろう。もしくは女難の相が出てる」くらいは言うかも知れないが、そこはそれ、幻想黙殺の名を持ち、無自覚なのが逆に腹立つ時津カナタであるから仕方ない。
ふむ、とカナタはどうでもいい話題を切り替える為に咳払いを一つ。軽く流す様にドライブしながら、切り出す。
「ところで。喫茶店じゃアキラの話に夢中で忘れてたけど、質問いいか?」
「答えられる範囲で」
「アンデルが吸血鬼に囚われてたのが最悪のシナリオ、とか言ってたよな。どういう意味だ?」
「言葉通りよ。極彩色って言えば世界十指の魔術師。そんな奴が吸血鬼の手に渡るなんてトンデモない話だわ」
ミズホの言葉に違和感を覚え、すぐに解消する。アンデルが世界十指の魔術師だというのは魔術世界じゃ周知の事実らしいが、実際は表向きなのだと知っているのは、アントニオと対峙したカナタとアキラだけなのだ。まぁ、でしゃばって訂正するのも面倒なんで黙ってるケドも。
「そうね……『魔力』についてはどのくらい知ってる?」
「えっと、空気中に漂ってる魔力を体内で必要な形に精製するって話で合ってるか?」
つい先程、アキラに聞かされた話だ。流石に数時間で忘れる程、カナタの頭は悪くない。が、ミズホは「やっぱりその程度か」とでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「空気中に漠然と漂う『方向性のない魔力』を、体内で精製して方向性を持たせる。これが魔術の基礎なの。でも、そんなに無尽蔵に扱える訳でもないのよ。体内で精製するには、その為に自分の生命エネルギーも必要になる。このエネルギー総量となる許容量ばかりは、生まれた時から決まってるの。この辺は才能というしかないわね」
要するに、石油を精製してガソリンにする機械が人間で、その機械を動かす為には別の場所から電力を持ってこなくちゃいけない、という事だろうか。魔術だ魔法だと言ってる割りには、エネルギー保存の法則を守っている気がする。単なる超常現象という訳ではないのか。
というか、魔術と呼ぶにしては、HPとMPの垣根がない気がする。魔術行使に必要なのは魔力と生命エネルギーって、HPとMPを同時に消費しているようなものだし。何だって魔術師というのはこうも体育会系的な存在ばかりなんだろうか。
が、そんなどうでもいい事には耳を貸さず、ミズホは続ける。
「世界十指の魔術師・極彩色は召喚術師、広義で言うなら儀式術師の権威みたいなものなのよ。つまり、手っ取り早く言えば、それだけ『卓越した技術』がある。その技術が悪人の手に渡ったら大変でしょう?」
「まぁ。そりゃ、な」
「さて、ここで問題です。ただ単に悪の手先となった魔術師を倒すのは特に問題ありません。が、不老不死である爵級となった世界十指の魔術師の場合、どんな最悪な事態になるでしょう?」
「――あっ」
気付いた。ようやく気付いた。最悪な展開になりかねない事に気付いた。
そうだ。爵級の吸血鬼は不老不死。つまり死なない、生命エネルギーが無制限なのだ。それ即ち、世界十指に選ばれる程に優れた魔術が使い放題やり放題。打ちっぱなしじゃあるまいし、そんなの反則だろう。
「そう。つまり、彼女が吸血鬼になって仕舞えば、魔術炉の永久機関と化す。例えそれが表向きだとしても、曲がりなりにも世界で十本の指に選ばれた魔術師なんだから」
――やはり気付いてたのか。いやはや、ミズホの考察能力には舌を巻く。アキラと同等以上の頭の回転の良さだ。1ミリにも満たない様な疑問について仮定し、実際の問題と関連して辻褄を合わせる。凄まじい洞察力だ。
ミズホは再び携帯電話を取り出してどこかに連絡し、やはり繋がらないのか《パチンッ》と派手な音を立てて折り畳んだ。……気のせいか、今、音に紛れて舌打ちしなかったか?
「ハァ……占いが出来ない以上、アイツの能力に頼らなくちゃいけないのに……これはもう、私一人で戦う覚悟を決めなきゃ駄目かしらね」
などと聞いててビックリする様な事を口走った。
「時間は……まぁ、まだ大丈夫か。なら今の内に、雨月の能力を説明しとくわね」
「いやいや。さり気なくトンデモない事をサラッと流さないでくれ」
「聞く耳持たない。話を戻すわよ」
私の事はいいからアンタは自分の心配をしろ、と言外に語る様に、ミズホは話を巻き戻した。
「奴も真祖である以上は通常能力を持ってる。霧散、飛行、変態。この辺りはアンタも知ってる通りよ。けど、真祖にはそれぞれ個別に特徴があってね、アイツの場合は魅了の魔眼持ちなのよ」
「特徴……魅了……?」
反芻する様に呟くカナタ。うん、とミズホは頷きながら、携帯電話につけたストラップを指に巻き、クルクル振り回す。
「さっき話したでしょ。十二真祖の話。真祖には特徴となる姿、或いは特殊能力があって、戦闘能力も個別に変わる。現代じゃ『絶対に』増えない吸血鬼の最上位、真祖って言っても――これも言ったけど――雨月は個体能力値が低い分、集群戦術に特化した吸血鬼なの」
例えば、同系統の能力を持つ十二真祖の一人『同属不浄』は擬態の能力を持っていたという。要するにコイツの場合は、自分の従者を、殆ど身体能力値の変わらない自分の分身に変貌させる能力持ちなのだとか。どんなに取り繕っても従者である以上は真祖の三種の能力を使えないし、吸血鬼としての弱点も残るが、戦闘能力的には殆ど変わらないから厄介なのだとか。しかも見た目での判別が不明なので、分の悪い戦いの時は従者を犠牲に生き延びる『人並みの知能』も兼ね備えていたらしい。だが、この吸血鬼はもはや、アキラの手で葬られている。
また、似た様な能力を持った真祖に死者洗礼というのがいた。コイツも『群れて強くなるタイプ』であり、蘇生の能力者でもあったんだとか。要するに『生きた人間を従者にする』という従来の吸血鬼と違い、『死者をグールに生まれ変わらせる』能力らしい。一度能力を発動させては街一つがバイオハザード状態になると訊いて、カナタは頭を痛めた。魔術世界の常識はもう、何と言うか、ごく一般的な脳を持つカナタには理解しがたいのだ。まぁコイツも殺されたらしいけどさ。
「まぁ、そう落ち込む事でもないわよ。今や十二真祖もたった三人な訳で、アンタのお友達はそこまで減らした張本人なんだから。今更、雨月如きに後れを取る事はないでしょうね」
「『如き』って……おいおい、いくらなんでもそれはナメすぎなんじゃないのか? その十二真祖ってのに選ばれなかったとは言え、相手は真祖って最強種なんだろ? 火事場の喧嘩だって、火ぃばっか気にしてたら相手にブン殴られるっつーの」
「あのね。殺戮狩人は、十二真祖の中でも単独能力最強の絶対領主を倒してるのよ。かつてない残酷な王、部下や民衆に絶対的な信頼を寄せられていた最悪の王の成れの果てを、倒してるのよ。雨月『如き』に負ける訳ないでしょ」
曰く、絶対領主とは、最強最悪にして『不死身』の真祖だったという。真祖は不老不死だが、頭や心臓を潰されては流石に生きていられない。が、困った事にこの絶対領主という吸血鬼、潰せる頭もなければ刺せる心臓、というかそもそも肉体を持たなかったという。
マントと無数の杭の亡霊。真祖としての能力をまるで持たず、思想思考もなく、ただ自分の城を守る様に君臨するだけの吸血鬼。身体がないので生殖能力は勿論だが、この吸血鬼、吸血する牙すらないので従者すら増やせないのだ。
ただ、それら全てを捨ててまで『攻撃性』に特化した吸血鬼と化し、攻撃を一切受けず(当然だ、何せ身体がないのだから、どこを攻撃しても無意味なのだ)、一切の防御を貫通させる杭の無限連射。最強種である真祖の中でも選ばれし十二真祖、更にその中でもトップに君臨する真祖ナンバー2・絶対領主。雨月とは格が違うとかそんなレベルをとうに超越し、まさしく『次元』の違う最強の真祖なのだ。
「これで雨月に負けたりしたら、世界中から笑い者にされるわよ、殺戮狩人」
どうなんだろう。そういうもんか?
何となく、喉に小骨が引っかかった様な違和感だが、まぁいいかとカナタは気にしない事にした。確かに、カナタにとってもアキラは無敵で、誰かに負けるというシチュエーションが思い浮かばないというのもある。
「そんな事より、話戻しましょうか。
雨月の能力・魅了の魔眼は、人を操る能力よ。正直に言うと、目を見たら死ぬ、くらいの心意気で対峙しないと話にはならないでしょうね。魔力耐性がないならなおさらね。何せ、この私も例外じゃないくらい、強力な魔眼だからね」
「目を見たら死ぬ、か。……馬鹿げてる」
要するに、魅了されればソイツはもう雨月にとって捨て駒扱いになる訳で、その場で殺すも従者にするも雨月の気分次第って話で、何だか相手にするのが馬鹿らしくなってきた。
「洗脳、催眠の類かしら。ははっ、連中、もう何でもアリね」
あっけらかんと笑うミズホ。しかし話を聞けば聞く程、カナタの方こそ真祖という存在を侮りすぎていたのかも知れない。えっと、擬態と蘇生だっけ? そして雨月は魅了……どうも、カナタが数回戦った魔術師と同列で考えていては命取りという事らしい。ふざけてるなチクショウ。
そして、ここにきてようやく、カナタは一つの疑問に思い至った。
吸血鬼の真祖には、基本とも言える三つの能力を有しているという。それはカナタも知っている。が、それぞれを特徴付ける個別に備わった能力があるのだとしたら、
果たして。カナタの知り合いの真祖は、一体どんな能力を持っているのだろうか?
「さて、次に話すのは、雨月の持つ魔具だけど。これは大した攻撃力があるわけでもないから特に警戒する必要も――って、カナタ、ちゃんと聞きなさいよ!」
「うわぁ!? す、すまん、ちょっと考え事してた!」
上の空で話を聞いていた事がかなり気に入らなかったらしく、ミズホは運転中のカナタの頭めがけてチョップを振り下ろす。ぐきっ。……やたら嫌な音が首から聞こえてきた気がする。角度が悪かった。
「はぁ……全く。いい、雨月の持つ魔具はローマ十字教の術式を使った虚構革鞭! この鞭は『攻撃のベクトルを全て進行方向に集中させる』能力! 元々は戦力を分散させる事が目的の後方支援担当の武器だから、単独能力に長けた人間なら特に注意する必要なし! 分かった!?」
「分かったよ! 怖ぇえんだよさっきから! ってか運転中に茶々入れるのはよせ! 危ないからマジで!」
ぎゃーぎゃーと、相変わらずシリアスを欠片も感じられない空気だ。ミズホとしてはここはかなり真面目に話したかったらしく、殴る拳に力がこもっている。どうもこの男と居ると調子が狂う、と心中で悪態吐く。
「全く……少しはやる気になったかと思えば、この為体。いい、アンタの言葉をそっくりそのまま返すけど、相手は曲がりなりにも真祖なのよ。あんまりナメてかかってると死ぬわよ」
「うぐっ……」
言葉に詰まる。まぁ、何だ。彼女の言葉はご尤もであり、この件に関係のない事を考えてる暇などないのだ。急ぐ訳でもない疑問は、とりあえず忘れて、無事を確保した後で思い出せばいい。
――などど泣き寝入りするカナタさんではないわ! いいだろ別に、ちょっと思考が逸れたぐらい!
とか何とか、強気な反論は心の中で叫ぶだけに留めておくカナタだった。だって怒ると怖ぇえんだもん、コイツ。マジ怖ぇ。なまじ美人なだけに、怒ると妙な迫力があるのだ。
「ま、要約すると、雨月への警戒は、真祖としての基本性能と、魔眼だけに注意していればいいと思う。戦闘は殺戮狩人に任せるつもりなんでしょ? 見たところ貴方は一般人っぽい別の何者かってところでしょうけど、そこまで強くなさそうだから後方支援担当で――」
しょ、と。ミズホは最後まで言葉を紡がなかった。何かに気付いた様に、口元に手を当てて氷付けになったかの如く固まった。
「これ、まさか……晴歌……。いや、でもまだこれは現象であって、そこまで負担は……えぇ、十二神将が何の要素もない土地に急に出現したって事は……そこに、あの馬鹿がいる!」
手が霞む様な速度でスカートのポケットから携帯電話を取り出したミズホは、いくつか操作をした。数回のコール音の末、どうやら先方に繋がった様だ。
ようやく相方が捕まったのかな、などど、カナタが悠長に考えるよりも早く、
「ッの馬鹿! 携帯電話を携帯してるのは何の為よ! アンタが私の話を聞かないのはいつもの事だけど、せめて常に携帯電話の電源は入れてなさい! 何の為に携帯してんのよアンタはァ!」
怒涛の如き罵詈雑言が、ミズホの愛らしい唇からフルオートで速射された。それはもう、口から火球が飛び出さんばかりだ。
「大体、アンタはいつも一人で暴走爆走独走しまくって自滅するんだから、もっと周りの人間の苦労を考えなさい! 私がいなかったら何度死んでると思ってる訳!? カナタ、二つ目の信号を左折! ちょっとシオ、聞いてんの!? それにアンタ、私の占いとは真逆の方面を捜索するってどういう了見!? 失礼にも程があるっていうか、せめて私の目に付かない様に行動しなさいよね! 真っ直ぐ、四つ目の信号を右、あとは道なりに行って! 高校の前を通れば私が気付くに決まってるでしょ! 何考えてんのよアンタ! そんなに私の言葉が信じられないっていうの、ぇえ!?」
……いや、もう、何が恐ろしいかって、電話越しに一方的に怒り爆発させながら、キチンとカナタに進路を指示してる辺りが恐ろしい。っていうか、怖ぇ。隣で指示通りに運転するカナタの手が震えてる。怒りの矛先が自分でない分だけマシだ。こんな迫力が自分に向けられてみろ、並の男でも失禁騒ぎだぞ、本気で。
「――いい!? アンタの足取りと位置は掴んだからね! 絶ッ対ッにッ、そこを動くんじゃないわよ!?」
そう怒鳴り尽くしてミズホが通話を絶ったのは、実に五分後の事だった。