Stage.11:『Resto(休息)』
[Fab-28.Tue/15:35]
「私はこの凍結地獄パフェで」
「……ブレンドで」
走った道を歩いて戻り、カナタの車で喫茶店まで移動した二人は、腰を落ち着けて話す事にした。……のだが、この女、休憩に立ち寄った喫茶店でパフェなんぞ頼みやがった。カナタにとって、女性と飲食店に入る事は一種のトラウマとなっていた。
なので、
「伝票は別でお願いします」
とか言ってみる。
「セコい……」
「ふん、何とでも言え」
「セコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコいセコ……」
「誰が『何度でも』と言ったか」
というか、話が進まない。カナタは早々に伝票の事は切り上げて、ミズホに説明する事にした。と言っても、アントニオとの経緯、アンデルの誘拐、そしてロンギヌスの槍というアキラから聞かされた見解をそのまま語っただけだ。が、ミズホは馬鹿にする事もなく神妙な表情で聞いてくれた。
「ロンギヌスの槍を行う裏の目的、ね。なるほど、奴らは性根が破綻してるどころの話じゃないか」
「は? どういう事だ?」
「そのアントニオって奴の封殺法剣の効果が本物なら、雨月はほんの一撃受けただけで消滅するでしょうね。アンタにしても、五秒もあれば二度は殺せるでしょう。今、極彩色は囚われの身なんでしょう? だったら任務の一つを果たしたって事で、わざわざ爆撃する必要がない。アントニオ一人で事足りる」
「あ、そうか」
よくよく考えれば、そうだ。何だかんだで、アントニオは順調に任務をこなしている。その場を離脱したのは爆撃から逃げる為としても、逆に言えば、爆撃さえなければ逃げ出す必要がないのだ。
この矛盾は一体、どういう意味だ?
「理由は簡単。ローマ十字教の上層部の目的は、アンタや雨月の殺害じゃない。――単純な話、アントニオを殺す事が目的なのよ。これを好機と見たからこそ、爆撃を決行しようとした」
「んなっ……!?」
馬鹿な話が、と続けたかったが、カナタには二の句が続けれない。それだけ、馬鹿げた話を、この少女の見解とアキラの見解が一致していたからだ。
「け、けど、そうだとしても、アントニオ相手じゃ意味がないんじゃないか? だって、アイツの霊装は『魔力を殺す』んだろ? だったら爆撃自体をなかった事にする事だって……」
「それが出来るなら、ソイツも逃げたりしないでしょ。確かに封殺法剣なら、ロンギヌスの槍を打ち消せる。けど、魔術が生み出す『爆熱』や『爆風』までは消せないわ。それは既に魔術じゃなくて、『魔術が生み出す余波』だもの」
「じゃ、じゃあ……奴らは本気で、仲間を殺す気なのか?」
ギシリと、カナタの拳が軋みを上げる。テーブルの上に置かれたカナタの右手は、血管を圧迫して真っ白になる程、強く硬く握り締められている事に、ミズホは気付いた。
――ああ。この少年は、本気で怒っている。
自分自身が狙われている事とか、そんな瑣末はどうでもいいと言わんばかりに怒っている。仲間を簡単に切り捨てようとするローマ十字教の上層部、そのせいで巻き添えを受けようとしているこの国の住民。それらを含めて、この少年は怒っているのだ。
だからこそ、ミズホは気付かないフリをして話を続けた。
「けど、ローマ十字教のみんながみんな、そういう奴ではないと言う事は分かったわね。最低でも一人、仲間の身を案じて警告してきた奴がいるんだし。むしろロンギヌスの槍を決行しようとしてる奴の方が異常なのよ」
「……」
少しは安堵したのか、表情を和らげて黙り込むカナタを前に、ミズホはふむと溜息を漏らす。どうも納得がいっていない様だ。
(……さぁて。上の連中がどう考えてるかは知らないけど、どういう事かしらね、そのロンギヌスの槍の意味は)
そう。確かに、ロンギヌスの槍であれば、アントニオを殺せる。魔術師部隊一個小隊くらいなら無傷で突破できるだろう、元・騎士団長を相手に大仰な事をしでかすのは当然かも知れないが、魔術殺しの魔術師が相手ならばそもそも騎士団に一任すればいいのだ。本来、その為の『対魔部隊』なのだから。
(勿論、相手が封殺法剣なら騎士団の戦闘術式も破壊するでしょうね。でも、それでも多勢に無勢。わざわざ自分の支配域から程遠いこの地で、犠牲を多く出してまで殺す理由にはならない。何を考えているのか……)
恐らく、ローマ教皇の意思は介入しているが、統べる者としては反対した事だろう。自分の領土を侵攻した者を迎撃すればそれは『防衛』だが、他者の領土へ侵攻すればそれは立派な『謀略』だ。如何にローマ十字教と言えどWIKとまともにぶつかり合えばただでは済まない。例えWIKを退けたとしても、今度は世界各国から弱体したローマ十字教への侵略が始まる。まさに戦争だ。しかも、この戦争は『この国とあの国が戦うから、その国は安全だ』という理屈は通じない。宗教戦争の恐ろしいところは、国境に関係なく行われる『無差別性』なのだから。
第一、一般人も犠牲になるのであれば、科学側も黙っていない事だろう。特に、西東京の一部を切り開いて築かれた《科学都市》にも被害が及べば、それは世界中を巻き込む戦争の火種となる。
いや、もしかして、それが目的か。ミズホは馬鹿らしい自らの考えに嘆息を吐くが、残念ながら笑えない。科学側が勝利しようと魔術側が勝利しようと、一度戦争が起こって仕舞えば、きっと、世界が大きな被害を被る。つまり、この爆撃は成功させてはならない。タイムリミットがいつかは知らないが、今すぐという訳ではなかろう。それだけ大規模の儀式魔術を行うとなれば、最低半日はかかる。更にそこから射出、軌道を確保して落下に一時間ぐらいだろうか。その辺りは、『彼女』に占ってもらった方が早いだろう。
「さて、そっちの事情は理解したわ。こっちでも何とか対抗策を立ててみる。で、次は私の説明だけど、いいかしら?」
「お、おう」
沈黙を貫いていたカナタはハッとミズホに向き直り、言葉を待つ。さて、どこから話したもんかとミズホが口を開いた瞬間、
「おっ待たせしました〜ぁ♪」
ドカン、と。横合いから、パフェとコーヒーが出てきた。二人がそちらに目を向けると、やたらミニで無駄にフリルのついたスカートを穿いたウェイトレスがいた。髪は恐ろしい事に真紫のツインテール。黒縁眼鏡はあからさまに狙っているのか、レンズが入っていない。
「ああ、そう言えば、ここの喫茶店の名前はペイヴロウだったな……米軍版チヌークの姉妹機なんだが、ここは支店か?」
「は?」
嫌だなぁ。もしかして、別の街にはペイヴホークとかあるんじゃないだろうなと、全くもって無駄に危惧するカナタだった。というか、せめてアパッチとかコマンチとか、元ネタから引っ張って来いよと言いたいと言うか、軍事ネーミングセンスの被害はあの街に留まらず既に全国区なのかと心底からツッコませて頂きたい。いや、ここも一応首都なんだが、修学旅行で京都に行った時にこんな名前の店があったら、きっと立ち直れない。
[Fab-28.Tue/15:45]
「えー、コホン。では改めて、話すわよ」
シャクシャクと氷状イチゴとバニラアイスを器用に同時にすくって口に運びながら、ミズホは語る。
「事の発端は二日前。欧州からこの国に逃げ込んできた吸血鬼の爵級が原因。あ、吸血鬼の種別って分かるのかしら?」
「一応は。最強種の真祖、真祖劣化版の爵級、一般的なイメージに近い従者、それと異形に奇形する異端で合ってるか?」
「大まかには。爵級・魔装毒手の吸血鬼。触れるもの全てに、体表面の皮膚の一部を隆起させて硬質化し、刺して毒を放つという珍しく特殊能力を持つ爵級よ。厄介なのは、奴はそれが全身で行えるという事。体表面の皮膚をどこでも硬質化出来るという事はつまり、下手に攻撃すれば大抵の人間なら逆に殺されるという事。奴は今までにこの能力で数多の追っ手を振り切って、そしてこの街に侵入した」
「それが雨月って奴か?」
カナタは真剣な表情で訊くが、ミズホはあっさりと首を振った。
「魔装毒手がこの国に侵入したのが三日前。そして、雨月に殺された。同時期にローマ十字教の異端審問機関ラザフォードも、魔装毒手と共に壊滅。うち数名、雨月の従者と化した模様」
淡々と、まるでニュース原稿でも読み上げる様に抑揚のないミズホの声。機嫌でも悪いのかとカナタがミズホの顔を覗き込んでみると、ただ単に口の中が冷えたせいで上手く呂律が回ってないだけだった。
「で、アンタのさっきの話と、廃ビルでの戦闘の跡から推測すると、極彩色は既に雨月の手の内って事ね。……最悪のシナリオになってきたわね」
「え? 何だって雨月ってのがアンデルを攫うんだ?」
「元々、それが目的だからよ。雨月は極彩色を必要としていた。と言うのも、雨月は真祖としてはかなり実力の低い方で、武器や眷属を増やして身を固めるタイプなのよ。過去に同属不浄って吸血鬼がドイツにいたんだけど、能力はともかく性質が似てるのよ。個体としての能力が低い分、ヨソから補強していくんだけど、実はこういう手合いは厄介なのよね」
よく分からない単語とかが出てきてカナタは困惑気味だが、とりあえず雨月は『群れる事で強くなるタイプ』という事はよく分かった。アンデル……極彩色が世界で十本の指に入る魔術師だと言うのなら、血を吸って同属に仕立て上げているかもしれない。
となれば、今すぐにでも動かなければならない。カナタは上着を引っ掴み、立ち上がろうとする。
「待ちなさい、まだ話は終わってないっての」
が、立ち上がろうとした瞬間にカナタは足を引っ掛けられて椅子から転げ落ちる。周囲から奇異の視線が向けられるが、ミズホは笑顔で手を振って「どうぞお気になさらずオホホホホ」と場を宥めた。
「何すんだよオマエ!」
涙目で抗議するカナタ。
「だから、まだ話は終わってないのよ。極彩色はまだ吸血鬼になっていないから」
「な、何でそう言い切れるんだよ……」
「勘。……って言いたいところだけど、少なくとも陽が昇ってるうちは大丈夫。雨月を狙ってるのは私達だけじゃないし、彼女を今すぐに眷属にして能力を制限するよりかは、人間のまま操ってこの街を離れた方が戦力的に安全でしょ。手元にある限りはいつでも血を吸えるんだし、多分、今はどこかに隠れて夜になるのを待ってるんだと思う」
ミズホはそう断言しておきながら、どこか納得いかない表情だ。カナタはとりあえず従ってみるが、カナタもカナタで納得がいっていない。ミズホの話は何だかんだで、決め手に欠けるのだ。
ふぅ、と溜息を吐いて、ミズホは凍結地獄パフェをガツガツと食べ始めた。氷が微妙に溶け出していて、グラスの端っこから少しずつ垂れ始めている。
「はい。アンタも協力しなさい」
そう悪態吐きながら、ミズホはカナタにもう一つのスプーンを差し出した。店員さんがカナタ達を見て気を利かせたのかも知れないが、かなり余計なお世話である。第一、カナタは甘い物が苦手だったりする。
というか、どうでもいいけど、コイツさっきから『貴方』じゃなくて『アンタ』って呼んでないか?
「とりあえず、私達の勝利条件を確認するわよ。残酷を承知で言うけど、怒らないでよ?
一つ、ロンギヌスの槍を阻止。どうするかは明確には決めていないけど、その為にアントニオの封殺法剣を奪うのは一つの手として考慮しておく。こっちでも出来る限りは迎撃術式を組めないかやってみるけどね。
二つ、極彩色の救出。それも、理想としては雨月の従者になる前に。吸血鬼になって仕舞えばもう元には戻せないしね。
三つ、アントニオと雨月の撃破。これは正直、一番後回しでいい。倒せるなら倒す、無理そうなら先に言った方を優先する。雨月はともかく、アントニオはローマ十字教の面子もあるし、出来るなら戦いたくないんだけど、まぁ無理でしょうね。
こんなところだけど、今の話に意見はあるかしら?」
「……いや。魔術師の事情なら、確実にアンタの方が詳しいからな。今はアンタを全面的に信頼する事にする」
カナタは凍結地獄パフェ越しにミズホを見ながら答える。よろしい、とミズホは満足気に頷きながら、食べるのを再開した。本当に、パフェがシリアスを全面的に台無しにしている気がする。
「次は役割分担ね。アンタとお友達は何が出来るの?」
「僕は何も出来ないけど、役割分担って言うんなら雨月は僕らが対処する。吸血鬼と戦った事はあるし、何よりアイツは吸血鬼退治の専門らしいし」
「へぇ……今時、吸血鬼退治なんて流行んない事やってるんだ、アンタの友達。ふぅん。『あの』殺戮狩人の真似事もいいけど、専門家だって言うなら私達より心得はありそうだし、頼もうかしら」
「いや、ソイツだよ」
「は? 何が?」
「だから、殺戮狩人。それが、僕の友達の通り名」
……確実に、ミズホは微動すらせずに固まった。恐らく今の表面温度は目の前のパフェより冷たいに違いない。目は点で、ポカンと開けた口から氷状のバナナが落ちた。気のせいか、今までの会話で納得していない箇所は多かったが、この事実が一番納得していない感じだ。ロンギヌスの槍より重大か殺戮狩人は。
「……え? ちょい、待ち。ストップ。……殺戮狩人? え、あの殺戮狩人?」
「あの、ってのが何を指してるのか知らないけど、アイツは何か、『吸血鬼のみを殺す力』を持ってるって言ってたな」
カナタの言葉を聞いた瞬間、ミズホは椅子を蹴り飛ばし、テーブルを叩いて立ち上がった。カロン、とスプーンがテーブルの上を跳ねる。
「ちょ、本気!? マジ!? 命賭けれる!?」
「お前は子供か。ま、まぁ、本当だけど」
「だ、だって殺戮狩人って言ったら――!!」
ミズホは興奮した様子で、語り出す。どうしてこう、魔術師って奴は説明スキルが無駄に異常に高いんだと、カナタは内心で嘆息吐いた。