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Singularity-1:『Mistura(交錯)』

「……まだ、三割ってトコか。……全快まで、あと四時間はかかるな」

 アントニオは自らの右手を開閉させながら、軋む筋肉に表情を強ばらせた。痛む。ギリギシと関節を動かす度に鈍い感覚が脳を貫く。クソッタレと吐き捨てる。

 現状、アントニオは行動を取れない。長距離に亘って縮地法を繰り返して肉体が破損しかけ、腹部を突き刺したアンデルの治癒に魔術を使ったせいで魔力は殆ど空になっていた。元より彼は魔術師ではない為に魔力の精製量が乏しい。治癒魔術と言っても『傷を癒す』のではなく『傷を塞ぐ』類の魔術だ。しかし治癒魔術(それ)も十字教では御法度であり、中途半端に学んで中途半端に打ち切ったのだ。

 孤高と孤独。その違いを知ってから学び、才能がなく挫折した汚名(レッテル)。だからこそ、彼は孤独だった。

「……ケケッ。何が、魔術師だ。俺には魔術の才能がない。魔術を殺すしか能がないのに魔術(この)世界にいる」

 所詮、無い物ねだりだ。同じ独りでも、魔術を使えない魔術師でも、独りで戦う者をアントニオは知っている。

 それが眩しくて。同じ独りでも、気高さと卑しさの違いを見せつけられて。

 ――自分では、アキラの様にはなれないと知った時の絶望から、魔術を学んだのだ。逃げ出す為に。

 魔術師を殺す封殺法剣(アトリビュート)を手にする前、かつてチュートン騎士に在籍していた頃の話。対魔術師としての霊装・封殺法剣(アトリビュート)を手にした今なら、アントニオが魔術殺しの名を冠するのも分かるだろう。が、実際には、彼が異端(イスカリオテ)に身を染める前から、彼は魔術殺しの異名を持っていた。

 抗魔耐性(カラーリングイグノーア)。彼は生まれつき、魔術に対する耐性が高い。幻術や操作に至ってはほぼ完全に無効化し、事、物理属性の攻撃魔術でさえ弾いて仕舞う事もある。

 それが特別だと思った。自分だけの誇り高い力、自分を孤独にする忌む力。

「……汝は、何を後悔しておるか」

 不意に聞こえた声に顔を上げる。ギチリ、と首の骨が非道い軋みを生む。視界が歪む中、浅黒い肌の女・アンデルが、身を起こしてアントニオを見つめていた。

「しぶといな。とっくにくたばったかと思ったぜ」

「抜かせ。余を治療したのは汝だろうに。……如何なる理由がありしに?」

「……知るかよ。ただの気紛れだ」

 フン、と鼻を鳴らすアントニオ。アンデルは後ろ手に回して親指を縛ってある。アントニオは捕縛魔術は使えないが、人を動けなくする術なら修得している。彼はこう見えても元・チュートン騎士団長だったのだから。

 だが、

「其はあくまで一般人相手、であらばこそ。余を侮るなかれ」

「魔術で引き千切るか」

「無論。たかが麻紐一本、たやす――ッ!?」

 不敵に笑いながら、アンデルが魔力を溜めた瞬間、

 がちゅり、と。不気味な感覚(いわかん)が頭を這いずり回り、胃袋の内容物が逆上した様にこみ上げ、ブチ撒けた。「おゴぉ、ッウげ!?」背骨が軋み、視界が反転し、全身の筋肉が虚脱した。まるで血液が弁を破壊し尽くして逆流している様だ。異臭漂う。

「クッ、ケケケケケッ! 腹に開いた穴は塞いだだけで、まだ癒えてはいないんだぜ! そんな状態で魔術を使う? バッカじゃねぇのかテメェは!」

「何、だと……」

「ケケッ。しっかし、そこまで拒絶反応を起こしたのはお前が初めてだよ。元から魔力容量(キャパシティ)が馬鹿みたいに莫大なのか……まぁ、お前の世界十指って評価は強ち間違いじゃなかったって事かなぁ!」

 ゲラゲラと口を裂かんばかりに歪つに嗤うアントニオは、鞘に収めた剣を突いて立ち上がり、這い蹲るアンデルの腹を爪先で蹴り上げた。濁音混じりの嗚咽がアンデルの喉から響く。

「……ご、れば……ダメ、えジだけが……問題で、はな、……いな」

「さぁてなぁ、どうでしょう弱者。……黙って潰れてろクソアマ。土産(オマエ)を持って帰らなけりゃ俺の立場がヤバいんだよ」

 バヂリ、バチバチと青白い火花が飛び散る様な『拒絶反応』に、アンデルは背筋を震わせる。腹の底から沸き上がる不快感、脳髄の中心から分泌する毒素にも似た成分。意識はあるものの、アンデルは再び指一本動かせない現状。

「貴、様ぁ……!!」

「ケケッ、吼えるなよ負け犬。いやぁ、よく考えりゃ俺も負け犬だったな。って事は、その(まけいぬ)に一瞬で負けたお前は何の役にも立たねぇ単細胞かぁ? クケハッ、みっともねぇなぁ!」

「しかしまぁ、その単細胞より役に立たないんじゃ、君は負け犬以下のクズって事かな?」




 

 呼吸が、止まった。息を呑む事さえ許さない。アントニオもアンデルも、身動き一つ取る事叶わない。尤も、アンデルは縛られていて動けないが。

「ん? あぁ、僕に構わずに話を続けていいよ。僕の用事は……そうだね、彼女が生きてさえいればいいからさ」

 足音なく。

 気配なく。

 背後から聞こえる声は、段々と近付いてくる。幼い少年の声。何らかのトラブルでもあったのか、建設途中で放置された状態の廃墟じみた建築物の一角に、突如現れた『何か』。

 そうだ、失念していた。時津カナタの殺害、極彩色(ランダムカラー)の回収、……あと一つ、アントニオは命令が重複していなかったか? この国の地理(マップ)に明るくないアントニオは、アンデルを抱えてがむしゃらに逃げた。まさか、逃げた先に――がいたとは思わなかったのだ。

「吸血鬼、」

 剣を鞘から抜き放ち、アントニオはゆらりと振り返る。使い古された、しかし何故か神々しくも凶々しい青いバンダナを頭に巻き、白いカッターの上に赤いベストを着た少年。首には不釣り合いに大きいヘッドフォンを引っかけている。

「――雨月(ピアジーア)!」

 仮名、イタリア語で『(ピアジーア)』と呼ばれる、この国に生まれ出でた特殊な吸血鬼、その最強種(しんそ)。どうも、この年端もいかない少年がそうらしい。言葉では表し難いが、肌をブスブスと突き刺す極太の威圧感(はり)がそれを明確に体現させている。




 

 ――刹那、煌めき、瞬きの次。

 骨を砕く様な轟音と共に、アントニオの巨体が吹き飛ばされた。




 

「初対面で呼び捨て? 不躾だなぁ、ここは『慎む国』だよ? まず君は礼節を知るべきだね、僕が教育してあげようか? (わっぱ)

 そう愉快げに語る雨月の右手には、鞭。

 柱に背中から叩きつけられたアントニオには、打たれた箇所より叩きつけられた背中の方がダメージが大きい事に気付いた。性能分析、特性解明、魔術理論を看破し正確に答えまで導き出す。

「聖マルタンの虚構革鞭(フーラフラウ)……なるほど、それをテメェが持ってるって事は、ルチアは死んだかぁ?」

「うん、殺された。この国にも独特の騎士と魔術師はいるからね。抑止力(それ)は何も、君らだけの特権じゃないんだよ」

「知ってるよ。ブシとオンミョウシって奴だろ? まぁ、ルチアに関しちゃ感謝してやろうじゃねぇか。俺の受けた命令は雨月(ピアジーア)の排除、障害があればそれら全てを滅殺……行方不明者が従者になっていようが人質になっていようがな」

「それはまた、想像以上に性根が破綻してるんだね、君達は」

 それきり、会話は打ち切られた。生憎、二人とも時間に余裕はないし、何より『興味のない話題』に花を咲かせる様な仲でもない。アントニオは剣を、雨月は鞭を構える。ただそれだけのやり取りで、お互いに敵だと認識した。

 雨月の目的は召喚師(アンデル)であり、アントニオの目的は極彩色(アンデル)を連れてイタリアに帰還する。交わした言葉は少なくとも、二人の目的の中心には一人の女性がいる事は理解した。

 極彩色(ランダムカラー)、アンデル=ランダンデル。

「悪いな真祖。あんまり長く遊んでる時間はねぇんだ、手短に済ませるぞ。なぁに、心配すんな、俺の封殺法剣(アトリビュート)ならスグ終わる」

「そう言うなよ。まだ空は高いんだ、ゆっくり遊ぼうじゃないか。(わっぱ)はそのくらい元気な方が、見ていて楽しい。それに……その規格破りの剣は流石の僕も恐ろしい」

 あっけなくも、戦いの火蓋は下ろされ――









 ――戦いの終焉も、実にあっけなく訪れた。

「ちっ、イ……!」

「ははっ……全く、不愉快だね!」

 肩で息をする二人。互いの距離は一〇メートル弱。

 縮地法で身体を酷使しすぎたアントニオには、一撃必殺の剣という破壊の化身があっても機動力に欠け、

 白昼で吸血鬼の基本能力をかなり制限された雨月は、唯一の武器が虚構革鞭(フーラフラウ)だけという攻撃力がなくとも人間規格(アスリート)程度の機動力はあった。

 制限を受け、戦闘能力が均衡した二人の戦いを決するのは戦闘技術という事になるが、それもまた均衡した。剣という『直線』の要素を持つ近接攻撃と、鞭という『曲線』の要素を持つ遠隔攻撃による戦いだ。

 アントニオの剣は直線故に攻撃自体がとにかく早く、如何に雨月と言えど捉えられれば避けきれない。しかし逆に言えば、懐に入られさえしなければ問題はない。

 雨月の攻撃は曲線故に攻撃の始動が遅く、しかしアントニオは死角からの攻撃に耐えながら接近しなくてはならない。鞭の有効射程は2〜3メートル。つまり2メートル以内に入られては攻撃出来ず、下手を打つと自滅の恐れさえある。

 加えて、アントニオの剣は魔術殺しの霊装。雨月の鞭に触れた瞬間に魔術を無効化する神様殺しの剣だ。だからこそ、雨月はがむしゃらに鞭を振る訳にもいかず、アントニオの死角を突く様な攻撃に限定されるのだ。

「……それに、さっきから攻撃の合間に本命を織り交ぜているんだが、君はちっとも効かないんだね。元から耐魔力の素質があるのかな?」

「……魅了(テンプテーション)の魔眼か。ケケッ、残念だったなぁ。いくらテメェの十八番でも、魔眼(そんなもん)じゃ、夜だって効きゃしねぇよ」

「そうかい。なら君を魅了するのは諦めるけど、――これならどうだい?」

 ゆらりと。両手を後ろに縛られていた筈のアンデルが、いつの間にか縄を解いて立ち上がっていた。驚く事に、手首から先の関節が外れている。垂れているのは指だけではなく、真っ赤な血液も滴っている。

「……チッ」

 やはり、意識を絶てなかったのは失敗だった。全く、今日は予定外の出来事ばかりだと悪態吐くアントニオ。

「さぁて……決着でもつけようか、魔術師泣かせの騎士」

 正気を失った虚ろな双眸で、雨月から視線を逸らさないアンデル。既に視線はアントニオに固定したままの雨月は、ニヤリと口を歪めて嗤った。アンデルを人質として使うつもりだろうか?

 だとすれば、雨月に勝ち目はない。そもそもアントニオにとってアンデル相手では、人質として機能しない。その価値がない。




 

「ドイツも、コイツも……寄ってたかって俺を怒らせたいみたいだなぁ!

 上等だ! 雨月(ピアジーア)! 来い! 何もかも、血みどろに全てを喰い潰してやるよ!」

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