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Stage.9:『Considerazione(考察)』

 まずは、アントニオの言動についての考察。

 アントニオは、カナタの殺害を目的の一つとしてこの国にやってきた。それがどうして、突然中止したのか。理由はいくつか考えられるが、ここで気になるのが『何者かとの交信』である。

 通信魔術にはいくつか制限がある。何より距離。中継地点があればまた事情は変わるが、基本的に通信魔術は効果範囲が著しく限定される。独立術式で長距離通信を行う事は不可能である、という仮定より。トランシーバーが、電波を受信出来る範囲が限られているのと同じだ。

 だが、アントニオは基本的に単独行動を好む。

この前提により、長距離通信を中継している他の魔術師の存在の可能性を排除。つまり、中継なしで何者かと通信を行ったものと考えられる。その場合、仮想領域(エリア)の縮小を行う必要があり、最も効果的な『魔術フィールド形成』は箱庭であると推測。通信元では大規模な箱庭を利用した術式(タクティクス)が行使されている可能性が高い。

 次に、通信魔術の制限として、触媒が挙げられる。通信魔術自体はそこまで複雑な術式を使用しないが、それが長距離であればある程、魔術の拡散を抑える為のプロテクトが必要になり、複雑化する。通信魔術の中には直接頭脳に働きかけるタイプも存在するが、複雑化した術式を直接頭脳に叩き込めば、その分だけ負荷がかかって受動者が危険である。その為の触媒である。これは、死霊操者(ネクロマンサー)であるルネィス=マクスレツィアが行った、自動書記(ヨハネのペン)という通信魔術を思い浮かべれば分かりやすいだろう。

 では何故、アントニオは触媒を使用しなかったのか。それは単純な話、彼にとっても予定外(イレギュラー)の事態だったと考えるのが一番辻褄が合う。触媒を使用しなかったのは、用意していなかったからだ。アントニオの『どこから覗いている』『大海越しの通信魔術なんて聞いた事がない』という発言からも安易に窺える。

 アントニオの不可解な戦線離脱ないし『ロンギヌスの槍』についての考察。

 カナタの殺害をあっさりと切り捨て、アンデルをさらったアントニオ。任務を放棄した理由、いや、任務を放棄しなければならなかった理由。それを推測させるキーワードは、アントニオが語った『殲滅魔術』『ロンギヌスの槍』である。

 二つのキーワード、アントニオの不可解な退避、予期しなかった通信魔術。内容は『殲滅魔術を行うから、退避せよ』という警告だったに違いない。それ以外に考えられない。ロンギヌスの槍の標的は、カナタかとも思うが、しかし疑問点が一つ浮上する。

 一刻も早く退避した理由、そして、どうして警告が必要だったのかという事実。警告する理由としては『当初の目的にない事態』に陥ったからであり、恐らく、通信を行った者と殲滅魔術を行使しようとしている者は別人であると予想。個人で計画出来る事ではない。島国とは言え、爆撃じみた事を行うのだ。ローマ教皇の意思が含まれているだろう。

 カナタの殺害、及び吸血鬼の排除を行うだけならアントニオ一人でも事足りる。極彩色(ランダムカラー)をさらった理由も気になる。そして、彼の計画にこの事態は含まれていなかった。これは、彼の意思に関係なく、上で決められたのだ。

 殲滅魔術、コードは『ロンギヌスの槍』。どういう理論か知れないが、もしかすると、街どころか都単位で吹き飛ぶかも知れない破壊の一撃。アントニオは『ロンギヌスの槍』から逃れる為に、退散したのだろう。

 以上を以て、考察を終了とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

[Fab-28.Tue/14:50]

 

 言葉はなかった。馬鹿げている、とカナタは心中に吐き捨てる。

 殲滅魔術? ロンギヌスの槍? ローマ教皇? ……出来すぎだ、と怒りより先に呆れて仕舞う。どこのどいつの仕業かは知らないが、何を考えているのか理解出来ない。

 自分を殺しに来たアントニオ。確かにカナタは、イスカリオテのアーダ……標的撃破(コールフォワード)を倒した。ローマ十字教にしてみれば、カナタみたいな一般人に面子を潰された様なものだ。だから、多少強引ながらも、殺害目標に指定されたのは分かる。

 だが、どうして街ごと吹き飛ばそうと言う結論に至るのか。そこが理解出来ない。カナタを殺したいのなら、直接出向けばいいのに。

 だが、アキラは、更に予想外の事を語る。

「今、俺が言ったのは全て、可能性の話だ。それを踏まえて言うとだな……本当の目的は、お前じゃないのかも知れない」

「本当の目的?」

 カナタが問い返した瞬間、パッパーと、後ろから怒りに満ちたクラクションの音が聞こえた。信号は既に青に変わっている。ヤベ、と慌ててアクセルを踏み、カナタは車を発進させた。

 ――カナタとアキラは、今、いくらか離れた別の街に来ていた。アキラが言うにはアントニオの向かった先が、こちらの方面なのだと言う。ちなみにカナタはお国が内密に認めた偽造免許を所持していて、カナタ専用の自家用車(S15)に乗っている。専用機だが、残念ながら、カラーリングはシルバーである。

 この街はカナタに馴染みのない街だ。山を切り開き、都心とこの都市を結ぶ私鉄沿線が開通して十余年経ち、急速に発展している。その為、人口増加に伴って新築或いは建設中の住宅やマンションばかりが立ち並び、ベッドタウン化している傾向にあるのだ。つまり、人は多いが何もない街。ここには新しい物ばかりがあり、目新しい物が何もない。そのせいか、こちら方面では武装デモもなければテロ行為も全くと言っていい程に起こり得ず、平和な毎日が送られている事だろう。

 人がいるのに何も起こらない。これには幾つか理由があるのだが、最有力な意見として、子供同盟(チルドレンカウンター)にとって尤も危険な住居(ヤサ)割れが原因だろうと判断している。自分ちのご近所でデモ行進なんてすれば、すぐに足がつく。だからこそ、大規模なグループであればある程、遠くまで足を伸ばすのだ。中には平気で、隣接する県まで移動する奴らも珍しくはない。

「アントニオの剣……封殺法剣(アトリビュート)の性能は、『あらゆる魔術・魔力を無効化する』事だろう。俺は今、その軌跡を辿って奴を追っている」

 流れる景色を頬杖突いて眺めながら、アキラは語る。が、何か引っかかる事でもあるのか、どうも腑に落ちない、と言わんばかりの表情が、窓に写る顔から窺えた。

「あらゆる魔術・魔力を殺す? だって、あの剣、魔術なんだろ? 何かソレ、矛盾してないか?」

「あれはただの魔具じゃない。あれは霊装……奇跡(システム)の塊だ。それも、ローマ十字教の十式霊装(テスタメント)ともなれば、そのくらいはやってのけるだろう。……世界に、魔力が満ちているって話はした事があったか?」

「いや。知らない」

「なら簡単に説明してやるが、要するに魔力ってのは空気みたいなもんなんだ。そこら中に浮遊してる酸素とか窒素とか、そんな感じ。俺達魔術師は、それを呼吸で体内に取り込んで、中で必要な量や質に練り直して、放出する。これが魔術や呪術と言われる現象の正体。ま、これは簡単に説明しただけで、実際はもっと複雑なんだがな」

「ふぅん。要するに気体燃料(ガス)みたいなもんか。いや、どっちかって言うと、石油に近いな」

 ガソリンは石油の成分であるオクタンを、必要に応じて調合して精製している。暖まりたい時は灯油にして火をつけ、車に乗る時はガソリンにする。ガソリンにしても軽油やハイオクと種類はある。それもまた、必要に応じて使い分けるのだ。

「で、アントニオの封殺法剣(アトリビュート)は、そう言った空気中の魔力でさえ殺している。正確には分解している、って言った方が正しいか。そうだな……酸素(O2)は電気分解しやすく、でもすぐに再結合すると、今度は三つくっついてオゾン(O3)に変質する特性があるだろ。アイツのやってる事はまさにそれ。魔力を分解して、何にも使えない無害な『力』にしてるのさ」

「って事は、何か。アイツはスイッチの切り替えれない発信機を常にブラ下げてるって事か?」

「そう言う事。でも、これだけじゃ普通の魔術師には感知出来ない。普通の魔術師じゃ、自分の精製してる魔力が濃すぎて、そういう希薄な変化についていけない。余程、感性の敏感な奴か、俺みたいに『魔術を使わない魔術師』でない限りは、この変化に気付かないだろうさ」

 また、信号が赤になり、引っかかる。フン、と溜息だが鼻息だか判断しにくい息を漏らし、唐突に車のドアを開けた。

「お、おい、アキラ!?」

「埒が明かない。こっからは別行動だ。奴も縮地法(スライドウォーク)の使い過ぎでへばってるだろうし、何より気配が移動していない。この街にいる事は明白だ。お前は表通りを調べろ、俺は裏通りを行く。いいか、見つけても絶っ対に手を出すな。俺に連絡しろ。あれはお前が何とか出来る相手じゃない」

 車を降りながら、アキラは矢継ぎ早に言葉を連ね、カナタの返答を待つ事なくドアを閉め、ガードレールを垂直跳びで軽く跳び越え、歩道に出た。そのまま、人込みに紛れる様に、姿を見失う。

「ちょっ……」

 そもそも、アントニオの追跡(トレース)はアキラにしか出来ない。しかも傷付いたアンデルを抱えているのだ、どこかで身を休めるのなら人気のない場所しかなく、表通りをいくら探しても無駄だろうという不満を口にしようとしたところでアキラはもう居ず、詰まる話、どうしようもない。

「あ、のッ、クソ野郎ォ!」

 叫んだところでもう遅い。カナタは、つい先程までアキラがいたサイドシートの頭をブン殴る。同時に後ろからクラクションが聞こえ、ハッと我に返ると信号が青に変わっていた。

 クソッ、と吐き捨て、カナタは一度落ち着いて考えを纏める為に、とりあえず車を停められる場所を求めて車を発進させた。

「どっか……そうだな、コンビニがあれば助かるんだが」

 コンビニの駐車場なら落ち着いて考えられるし、渇いた喉を潤す事も出来る。相変わらずのアキラの長い説明を、ポカンと阿呆みたいに口を開いて聞き入っていたせいだ。

「お。お誂え向きにコンビニはっけーん。ちと一服しますかね」

 アキラはカナタに、表通りを探索する様に命じた。という事は少なからず、現れる可能性がない訳ではないのだ。体力を消耗しているという予想が正しければ、アンデルをどこかに軟禁した状態で、食料の補充に外に出るやも知れない。体力を消耗しているというアキラの予想が正しければ、ロンギヌスの槍の効果圏内から逃れる為にも一刻も早く体力を回復させ、再び動き出さねばならない。その為には多少の危険を省みてでも動かなければならないだろう。

 尤も、とカナタは駐車場にバックしながら、考える。アントニオがそんなヘマをするとは思えない、と。

 停車し、車を出る。コンビニでミネラルウォーターを購入し、車に寄りかかって一口飲む。アキラの言葉を思い出し、考えを整理しよう――として、気付いた事がある。

「……しまった。僕じゃ頭が足りてない」

 そう。カナタには、アキラの様に物事を整理・分析して推測・解答を弾き出す頭が足りていない。そもそもカナタには魔術世界側の知識はないし、アキラの様に頭脳明晰という事もなく、加えて魔力の残滓を追跡したり、ましてや魔術師と同格以上に戦う事なんて出来る筈もない。カナタには、決定的に致命的に、足りない物が多すぎる。

(……今のままじゃ、ダメなんだ。守る為……戦う為には、何もかもが足りていない)

 グシャリと。我知らず中身が入ったままのペットボトルを握り潰して仕舞い、中身が口から溢れてカナタの上着を濡らした。軽い悲鳴を上げながらカナタは飛び上がり、うわちゃあと額を叩いて落胆した。

 鍛錬も足りてねぇ、と心中で悪態吐きながら、カナタがハンカチで濡れた上着を拭こうとした瞬間、




 

 ――ぞくり、と。

 何か。人間の物ではない視線を感じた。




 

「……え?」

 辺りの喧噪の一切が聞こえなくなる様な緊張感が、背筋を凍り付かせる。それはケモノの眸。得体の知れない、しかし知らない訳ではない何かの眼。

 不意に振り返る。コンビニと背の低いビルの隙間。ほんの僅かな、しかし人が二人は並んで歩いても僅かながら余裕のある隙間。路地裏。思わず息を呑む。

「……『何か』……いる?」

 恐怖心と好奇心。秤が若干、好奇に偏る。

 ゆっくりと、後ろ手にズボンのベルトに挟んだ銃を掴みながら、路地裏に歩み寄る。呼吸が乱れてきた、修正、自力で整える。

 静かに。路地裏に近寄り、中を覗き込む。

 そして、




 

「貴方、吸血鬼の従者? 匂いがヒドいわよ」




 

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