プロローグ
前作から一年も時間が空いてしまいました。読者の皆様には大変、申し訳なく思っております。
異境の地。東洋の神秘術の原点とも言える日本(Giappone)。
イルミネーションやネオンが夜空を塗り潰し、排気ガスやダイオキシンが大気を焼き尽くし、夜にも拘わらず忙しなく歩き回る人々が大地を蠢く醜い国。それが少年の第一印象だった。
尤も、少年はこの感じが嫌いではない。彼の祖国とは似ても似つかないが、どうもこの汚い不夜の国には共感が持てる。
或いは、この国こそ彼の幻影なのかも知れないとほくそ笑む。
彼の名はアントニオ=ゲルリンツォーニ。自然な金の髪をセンターを伸ばしたままサイドを短くしたモヒカンヘアや、英語ともやや発音が違う名前から分かる通り、イタリア人である。身長一八〇半ばはあろう西洋人特有の長身の左肩にはギターかベースのケースが掛けられており、それだけでパンクな印象を与える。
「……ケケッ。任務は三つか。下っ端共の尻拭いってのが気に入らねぇが……まぁ、たまには動かないと腕が鈍っちまうしなぁ。さぁって、どれからこなしていくかなっと」
アントニオはジャケットのポケットから三枚の写真を取り出し、トランプの手札の様に片手に広げて眺める。そこには、三人の人間が撮されていた。
一人は寝癖の様にボサボサの黒髪に、眠たそうな表情をした小柄な少年。
一人は金の短い髪に襟足だけが長い、眉を剃った人相の悪い日系欧州人の少年。
一人は銀の短いウルフヘッドに、感情の起伏に乏しい表情の褐色肌の女性。
この三人こそがアントニオの標的であり、同時に彼が『とある霊装』を持ってまで日本出張した原因でもある。ケケッ、と餓えたハイエナの様な笑みを浮かべ、アントニオは写真を楽しそうに眺める。
ガチャリ、と。ズレたストラップを肩に担ぎ直すと、ケースの中の『物』が奇妙な音を立てた。それはまるで、刀の鍔鳴りに似た雑音。
「まずは……やっぱコイツから、だな。ケケッ、生け捕りってのが気に入らねぇけど、……まぁ嘆いたって仕方がねぇか」
神様からの命令だからな、とアントニオは笑い、二枚の写真をジャケットのポケットに仕舞う。残りの一枚は、丁寧に裏ポケットに収める。
その時、後方から走り抜ける車のライトが、今まさに仕舞わんとしていた写真を照らし、露わになる。
褐色肌の、銀髪の女性の姿が――。
「ケケッ、世界最強クラスの魔術師、アンデル=ランダンデル……第八枢機課『ロムシュタル』の異端審問、極彩色か」
蜻蛉の羽ばたきの様に小さな呟きは、街の雑踏や車のエンジン音に掻き消され、空気に溶けて沈んだ。