願いの代理遂行
地下室は暗くて、手探りしながら進まねばならなかった。
「そういえば、松明は消えたんだったな」
手で押さえている胸からは生温かい血液が湧き出す。
妹は死んだ。もう天涯孤独で、愛するものもいない。
この出血では自分の命も長くないだろう。
「別にいいさ」
もともと惜しくない命。
しかし、その時疑問が頭をもたげた。
命は妹にあげたはずだ。何故、生きているんだ?
悪魔はまだいた。そしてだるそうに言った。
「待ちくたびれたよ。いつ帰してくれるんだ?」
「すまない。すっかり忘れていた」
怒るかと思いきや。
「思いだしたならいいだろう。許す。さあ、送還の儀を行うがよい」
怒ってはいないみたいだった。ただ、疑問の答えを聞かないことには帰せない。
「その前に質問に答えてくれ」
「質問?」
「ああ。僕の命は妹にやったはずだが僕は生きている。それは何故だ」
悪魔は驚いた顔をして言う。
「ああ、確かに。何故だろうな」
「そんな、お前にもわからないのか」
「しかし、それで分かったこともある」
悪魔は人差し指をぴんと立てた。
そして自分には関係ないというふうに気楽そうに言った。
「貴様は不老不死になったということ」
「嘘をつくな」
悪魔の漫言に騙されてはいけない。
しかし悪魔は真剣な表情で告げる。
「本当さ。魂を売った者は老化しない。残された体は、魂を失った時から時が止まる。悪魔と契約した者は、ほとんどの場合不老が目につく前に、死ぬ」
「じゃあ、不死である理由は?」
悪魔が頰を掻いた。少し考えて、言う。
「貴様はすでに致死量の失血をしている。だが生きている」
「そんなの分からないじゃないか。まだ助かるくらいにしか失血していないかもしれないだろう」
「いいや、もう助からないはずだ。心臓を刺されたのだからな」
「それだけで不死だと判断するのはおかしい」
ドルトは強い口調で反論した。
だが悪魔はあっさりと返す。
「分からない。命が無くても生きているんだから不死の体なのだろう。いいじゃないか、不死。世界中の暇な奴らが血眼で求めているんだぜ」
ドルトは怒りを覚えて、しかしそれを抑えながら送還の儀を始めた。
「もういい。帰れ」
呪文を唱え、送還が始まった。
「さようなら。もう会うことは無いだろう。貴様の魂は前菜として食べることにしよう。あと、我を恨んでもいいことはない。不老不死になったのは自業自得だということを覚えておくがいい」
悪魔は消えた。
どこから来て、どこへ帰るのかは本当のところ、わからない。
ある本には、悪魔の住む魔境だと、ある噂では地獄だとか、諸説はある。
だけど、どうでもいいことだ。少なくとも、ドルトにとっては。
「不老不死…になってしまったのか…?」
妹の言葉が蘇る。
『若さを保ったまま永遠に生き続ける、それが私の願いよ』
皮肉なことにそれを望まないドルトが叶えてしまった。
「今すぐにでも死んでしまいたいのに。なんて残酷な」
ドルトはハッとした。
いつの間にか悪魔の言葉を信じている。
不老不死なわけがない。たとえそうだとしてもそれを覆す方法があるはずだ。
そう言い聞かせ、方法を探して本を読み漁る日々が始まった。
「分からない」が「わからない」になったりするけど、気にしないでください。別にどっちを使えばいいかわからなくなったわけじゃないですよ。使い分けているだけですよ!……お分かり?