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貝合わせ異聞  作者: 柚木
8/42

姫君の噂と二人の兄

「は?」

 少将は思いもよらぬ兄の発言に、素っ頓狂な声を上げる。

「憑かれているですって?」

「ああ」

 兄はおどろおどろしい口調で告げた。

「姫は、人の身で歌才に溢れすぎたために、人ならぬものを惹きつけてしまうのだよ」

「そ、そんな……確かにあの姫君は、素晴らしい歌をお詠みになりますが――」

「何?」

 兄はつと眉を上げる。

「あの姫は歌合に出ることもなく引き籠っている、知る人ぞ知る隠れた才女のはずだ。お前、一体姫とどのような……」

 そこまで言って、想像して悔しくなったのか、兄は勝手に押し黙った。

「とにかくだ、あの姫は歌の才を鼻にかけた気取った女だぞ。そもそもお前程度の頭では話にならんだろう」

「は、はあ」

 残念ながら、それは事実だった。かつて三兄弟で机を並べ、漢籍や歌詠みの手ほどきを受けていた時も、褒められるのは兄たちばかり。舞や、笛などの楽器にしても、少将が二人の兄より抜きん出ているものはなかったのである。

「早々に諦めるんだな。遊ばれているだけではないのか?」

 何せ、こんなに魅力溢れる俺にもなびかなかった女だからな、というのが透けて見え、少将はげんなりする。

「ご忠告、感謝致します」

「うむ」

 兄はぶっきらぼうに言い、釣殿を去っていった。


「はあ……」

 少将は一人座り込んで、兄たちが残していった酒を煽った。

「どうした、弟よ」

「ぶっ」

 思わず酒を噴き出しそうになる。次兄が形の良い眉を歪め、愁いを帯びた表情で少将を見つめていた。

「さては、恋の悩みか、ん?」

「兄上……聞いていたのですか? 上の兄上とのお話を」

「私はそんな無粋な真似はしないぞ。しかし図星か」

 彼は大袈裟にため息をついて、どっかりと少将の前に座った。

「辛気臭い顔をするな」

「元からそういう顔なんですよ」

 悔しいことに次兄も次兄で、上の兄と張り合う美青年なのである。

「そうか?」

 きょとんとした顔で言われ、少将は少し脱力した。自信満々な長男とは異なり、この兄は何となくとぼけた人で、どうにも掴みどころがない。

「心にかかるお人でもいるのか」

「まあ……そのようなところです」

「ほう、お前もそんな歳になったか、と言いたいところだが、兄上や私に比べれば遅いものだな」

「でしょうね。あなた方はむしろ、早熟すぎると言われていましたから」

「そんなのは、ただの巡り合わせだろう? 恋など、独りでは出来ぬものなのだから」

 不意に真面目な口調で、彼は言った。

「心にかかるお人がいるのならば、簡単に諦めるのではないぞ、弟」

 少将は口を尖らせる。

「上の兄上とは真逆のことを仰いますね」

「あの方が、諦めよと? それは珍しい。いつも私と二人でお前の恋路を案じておるというのに……」

「結構です!」

 案じているというが、面白がられているに決まっているのだ。

 次兄は少将の叫びもお構いなしで、はたと手を打った。

「まさかお前、兄上の想い人か何かに懸想したのではあるまいな?」

「滅相もございません!」

「ふむ……」

 お互いに少し張り合いがちであるとはいえ、弟のことに関しては仲良く茶化している兄たちのことだ。次兄に黙っていたところで、いずればれるだろう。

 考える素振りをする彼に、少将は意を決して言い放った。

「大納言家の妹姫をご存じですか」

「――何?」

「ご存じなのですね」

「……まあな」

 兄は重々しく頷いた。

「ただでさえ、後ろ盾のない姫君だ。その上、妖しき物たちまでをも魅了する、才色兼備の姫……正直、お前の手に負える相手とは思えんな」

「……そうですね」

「だが、お前にはその素直さがあるだろう?」

「は」

 少将はきょとんと兄を見返した。

「お前ならば、あるいは……あの姫君を救えるやもしれぬぞ」

 そう言うと、さっと立ち上がって釣殿を去っていく。

「あの姫君を、救う?」

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