勝負あり
女の童はその言葉を聞くと、深く頷いた。
「二の姫さま、三番目の州浜でございます」
州浜が置かれると同時に、皆が身を乗り出した。
「これは見事な」
大納言が思わず呟くのを聞き、少将は屏風の裏でほくそ笑んだ。
精巧に造られた少将の州浜は、まず、浦に打ち寄せる波がはっと目を引く。さらには波間に舟が浮かび、浦には金銀の蛤が散りばめられていた。貝を拾い集める人々まで細やかに配置されている。
「う、嘘でしょ……」
東の君は呻くように言った。北の方も大納言の手前、大人しくしていたようだが、ついに声を張り上げる。
「一体どんな卑怯な手を使われたのかしら、あなた方にこんな立派なものが用意できるはず――」
「何を申すか!」
大納言は北の方を上回る大音声で遮った。
「しかし殿……万一どこかから盗み出した物であったら、大変なことですわ」
「二の姫がそのようなことをするわけがない! 口を慎め」
「さあ、次は東の君の番でございますわよ」
小式部が怒りを抑え込んで口を挟むと、東の君は今にも泣き出しそうな声で
「もう嫌よ、お母さま! 中将さまにこんなみっともないところ、見せられないわ」
と母親に泣きつく。中将は東の君の婚約相手か何かだろうか?
「貝合は負けでいいわ。もう部屋に戻ります! 失礼致しますわ、お父さま」
「姫さま、お待ちくだされませ!」
嵐のように去っていく東の君を、女の童たちがどたどたと追いかけた。
「おやおや、これはどうしたことでしょうか」
品も何もかなぐり捨てて走り去る女君と童たちを涼しい顔で見送り、颯爽と場に現れたのは、またもや少将もよく知る男だった。三位の中将――少将の属する右大臣一族に、事あるごとに張り合ってくる、左大臣家の長男だ。少将の父右大臣などは、いつも穏やかにいなしているが、左大臣の方は息子ともども大人げないものだった。
「中将殿」
北の方の声が少し緊張を孕む。中将の方は苦笑いを隠せていない。
「貝合の遊びをなさると聞きましたが、勝負はついたのかな? おや、これは素晴らしい州浜じゃないか。この州浜はどちらの御方の?」
「二の姫の州浜ですよ。立派な物でしょう」
大納言が嬉しそうに応じた。
「ほう……二の姫の」
中将が整った眉を面白そうに上げるのが見えた。
「ええ。母を亡くし、弟と二人心細く暮らしておりまして。私も姫の行く末が気にかかって……」
中将は州浜をしげしげと眺めた。
「こがるる舟が、あだ浪に揉まれているようですが……あなたなら心を寄せる甲斐がありそうですね、姫君」
「中将殿」
北の方が焦って制するが、中将は気に留めず、几帳の裏に向かって呼びかける。
「二の姫、そちらにおられるのでしょう?」
姫君のさらに後方にいる少将は気が気ではなかった。こんな所で左大臣家の者に見つかりでもすれば大変なことになる。しかしそれよりも、中将が姫君を気にかけていることの方が問題だ。
と、姫君がおもむろに口を開く。
「聞いても避けよ 世の中は――」
少将は目を見張る。聞き覚えのある古歌の言い回しだ。確か、
「既にご存知でしょうけど、話を聞いても避けなさい。世の中というのは、風が吹いて波が立つどころか、逆に小さな波にも風が追い打ちをかけるように吹き荒れて、噂を大きくしてしまうのだから、いちいち構わない方がいいのです」
というような歌だったか。
「波の騒ぎに 風が吹くもの、か。何とつれないことを」
と言いつつ、中将は嬉しそうである。
「大納言殿、急用を思い出したので、おいとましよう」
知りにけむ 聞きてもいとへ 世の中は 浪の騒ぎに 風ぞしくめる
(古今和歌集 布留今道)




