貝合
「北の方と東の君が参られましたわ!」
小式部が叫んだ。北の方とは正妻のことなので、つまりは東の君の母親だろう。東の君は母親が住む北の対とは別に、東の対を丸々与えられているとみえる。
「ごきげんよう。今日の勝負、勝たせていただくわよ」
東の君とは別な声が聞こえた。如何にも意地悪な継母、といったところだ。
「当然よ、お母さま。やるまでもないじゃない? お母上のいない二の姫と一の君だけで、何ができるのよ。誰も味方につかないわ」
東の君の声が、馬鹿にしたように響く。
東の君と北の方の衣装は見えないが、相手方の女の童たちもお揃いの汗衫を身に付けているようだ。
「姫さま……」
小式部は声に悔しさを滲ませるが、案の定、姫君は黙ったままだった。
するとそこへ、堂々たる風格の男が登場した。少将も見知った顔である。
(なるほど……大納言殿の姫君だったのか)
「お父さま!」
東の君の声が弾んだ。
「一の姫か。息災で何より。二の姫と一の君はどうだ、困ることはないか? よく気の付く小式部がいるとはいえ、力の及ばぬことも多いだろう」
おや、と少将は思った。継子物語では父親も北の方に肩入れし、一緒になって姫を虐めるというのがお決まりだが、大納言家はそうではないらしい。
「いいえ、ございませぬ。お気遣い、いたみいります」
小式部が口を開くより早く、姫君が応じた。
「そうか……何か不自由があればすぐに言うのだぞ」
「はい」
ほとんど遮るような口調で言う姫君の横顔は険しかった。
「お父さま、中将さまはまだおいでにならないの?」
東の君が甲高い声でせっつく。
(中将さま?)
少将は、はてと首を捻った。中将と呼ばれる男は何人もいるが、さて、どの中将が招かれているのだろう。
「中将殿は後から参られるそうだ。姫や、先に始めて良いぞ」
「まあ、残念なこと。あまり遅くなられたら、先に勝負がついてしまいますわ」
北の方が聞こえよがしに言った。
「始めましょう」
姫君が凛とした声で言うと、姫君側の女の童たちが第一の州浜を持って現れた。そしてうやうやしく大納言の前に置く。
「うむ」
姫君方の第一の州浜は、海に見立てて広げられた、紺碧の織物の上に置かれた。錦の海に鎮座するその様子は、浜辺というよりも、さながら浮島のような風情である。
続いて、東の君方の最初の州浜が出されたようだが、少将の所からは良く見えなかった。
「ほう……」
と周囲から感嘆の声が漏れる。大納言も含めて、貝の良し悪しの議論が始まった。しかしこういった合物ではよくあることだが、一向に勝ち負けが決まらない。
「お父さま、二番目の州浜に移りましょう」
東の君の声は少し焦っていた。圧勝だと思っていたのに、姫君方の州浜も想像以上だったのだろう。
「そうしてくれ」
しかし、これも勝負はつかなかった。
姫君方の女の童が、几帳の裏手に回ってきた。少将を手引きした子だ。
「姫さま、あの州浜を出しますよ」
「……そうね」
姫君は、呟くように言った。




