少将の仮説
と宣ったものの、少将とて何ら確信を持てているわけではない。けれども、思いついた仮説をぶつけてみれば、誰かが反応を見せるだろうという勝算はあった。
少将は姫君の弟君に使いを遣り、長兄は次兄を呼びにいった。そうして四人が少将の部屋に集まることになった。
皆、不安げな顔つきで少将が話し出すのを待っている。
「私の話などのために時間を作ってくださって、ありがとうございます。お集まりいただいたのは他でもない、呪符の件にございますが――」
少将はいかにも落ち着き払った様子で、文机の上から料紙と筆を取った。内心は視線――主に兄二人の――が突き刺さり、戦々恐々である。
「一つひとつ解きほぐして参りましょう。まず、父上の寝所の床下に埋まっていた呪符、これが一つ目の呪符です」
「一つ目……だと?」
長兄が驚きの声を上げるのを尻目に、少将は手元の紙の端に「以」の文字を書いた。そして中程に「つゆ」の字も記す。
「父上の部屋で呪符を見た時、露という文字が入った歌が書かれていることに気づきました。父上は兄上たちや大納言家のご子息を疑われていたし、兄上たちは三位の中将殿を疑っておられましたが、私には女人の手蹟に見えました。恐らく皆、それに気づかぬ筈はない……そうですよね、兄上」
少将は長兄を見据えた。
「……」
「兄上はあの歌を読み、呪詛が誰の仕業であったかお気づきになられた。そしてその者を庇うために、歌を大幅に書き換えた上で呪符をすり替えた。これが二つ目の呪符だ」
少将は二枚目の紙を取り、「呂」と書きつけ、「以」の紙と入れ替える。長兄は何か言いたげに口を開けたが、少将は無視をして続けた。
「しかし、父上が私の部屋に行き、三人が父上の部屋に残された時、あの部屋にあったのは、三つ目の呪符でした」
そう言って三枚目の紙に「波」と「つゆ」の文字をしたため、「呂」と入れ替えた。
「兄上は混乱し慌てた筈です。三枚目は一枚目によく似ていて、露が読み込まれた歌だった。二枚目と三枚目を入れ替えた者が誰かはわからないけれど、これではまた、自分が庇おうとした者が疑われてしまう……しかしそうはならなかった。大納言家のご子息が名乗り出てしまったからです」
ここで少将は言葉を切り、弟君の方を向いた。
「君は、姫君……大納言家の二の姫さまの仕業だと思い、名乗り出た」
「……はい」
弟君は首を縦に振った。
「露と消えゆけという言葉の強さが、姉上らしい詠みぶりに思えたのです。歌を聴いて、すぐに承香殿の御方さまのことが過りました」
「彼がそう思うのも無理はありません。承香殿の御方さまの件で、御方さまも、妹である二の姫さまも、そして彼自身も、父上を恨んでいた、それは事実でしょう。ただし、それとこれとは話が別なのです。彼は三枚目を見て勘違いをしましたが、姫君は潔白です」
少将は息をつき、今度は長兄に向き直る。
「そして、兄上が庇おうとしている方も潔白です。だから……兄上がお持ちの一枚目を皆に見せていただけますか」
長兄はしばらく逡巡した後、
「……わかった」
と長く息を吐き出した。




