青き下葉
「萩のですか?」
すぐには腑に落ちなかったが、姫君の説明を待つ。
「秋萩の 下葉色づく 今からは 寂しさの増す 独り寝の夜」
「古今の草子の歌ですね」
姫君が頷く気配がする。秋が深まって、萩の下葉が色づいてくる今の時期になると、独りでいる人は寂しさで眠りづらくなるだろうか、というような意味の歌である。
「萩の葉は色が変わります。花よりも先に……心変わりする」
「……」
「先程のその歌、存えて――の歌は、少将さまの記憶違いではないのですか? 何だか語感と感情が合っていないような気がするの」
姫君は思案気に言う。
「歌の最後は本当に露と消えゆけでしたか? 露と消えたいではなかったのかしら」
「心変わりする前に消えてしまいたい、と」
それではこの歌は全く呪詛ではなくなる。恋する気持ちは冷めていないから、心変わりする前に、この気持ちのままいっそ死んでしまいたい。
「歌をお詠みになったのが秋萩の姫だとしたら、そう詠まれるのではないかと思います」
「これを詠んだのが、彼女だと?」
「わかりませんが、この歌を聴いた時、私には悲愴な決意をした女人の姿が見えました」
呪符と思われていた歌が、今は亡き女人の作かもしれない。少将は頭を抱えた。混乱した頭では、まだ真相に辿り着くことはできそうもない。しかし、一つ解ったことは、姫君の歌心の遥かな高さ、もしくは底知れぬ深みだ。
「人の身で、何かの道を究めるためには……人ならざる力を頼ってもおかしくはありますまい。人の身の矩を超えた才を掴むために、物の怪に心を売り渡すことは……間違っているのでしょうか」
少将は絶句した。ただ人の彼には、高くとも深くとも、そこはあまりにも遠く感じられる。
彼女と秋萩の姫は明らかに共鳴している。同じく物の怪を望んだ者として。けれども彼女らを恐ろしいとは思わなかった。むしろ、その望みこそが人間らしさなのではないか。
「それ以外に、望むものなど何もない女が、唯一つ望んだものを、あなた方は断罪できるのですか」
姫君の声ははっきりと怒りを湛えていた。
が、少将は鋭いその切っ先を、のらりくらりとかわすでもなく、ふんわりと丸ごと包んでしまう。
「できませんね……誰にも」
あっさりとそう言われ、拍子抜けしてしまう。張りつめた空気が緩んでいく。この人は、何だか調子を狂わせる人だ。それを不快には思わなかったが。
「姫君はどのようにして常葉殿と出会ったのですか」
彼とてもう察しているだろう。
「ええ。私は彼を望みました。けれどもそれは――」
歌の道を究めるためではありませんでした。
秋萩の 下葉色づく 今よりや ひとりある人の いねがてにする
(古今和歌集 読人しらず)




