証言
弟君は呪符を恐々確認し、すぐに手放した。
「誰のものかまではわかりませんが、確かに姉上のものとは違いますね……」
呪符を懐に戻す少将を、弟君は何やら奇怪なものを見るような目で見た。呪符を平然と持ち歩くなど、正気の沙汰ではないことはわかっている。
「……姫君に仕える誰かのものではないのか」
「それは――」
弟君が言いかけた時、優雅さに欠ける衣擦れの音と共に少女が現れた。
「若君さま、新しいお衣裳ですよ! 承香殿の御方さまがご用意下さったんです!」
嬉々とした様子で弟君に冬用の暖かそうな衣を差し出したのは、姫君の女の童だった。少将を認識するなり大きく目を見開く。
「あっ、観音さま――いえ、蔵人少将さま」
女の童は
「し、失礼しますっ」
と言って立ち去ろうとした。
「待って!」
引き止めたのは弟君だった。
「見てほしいものがあるんだ。さあ、少将さま」
促されるまま、呪符を女の童に見せる。
「この手蹟は誰のものかわかるかな」
「え……? ううん、わかりません。見覚えがないように思うわ」
少将はさらに二通の文を懐から出し、女の童の前に並べた。
「こっちは姫君の、こっちは君の手蹟じゃないかな?」
「そうです。姫さまが最初から返事をされるわけないでしょう」
やはり少将の読み通り、「忘れじの」は姫君の書いたもの、なぞなぞは女の童の代筆であった。
少将は静かに弟君に向き直った。
「正直に答えてくれ。君が呪詛をしたというのは、嘘なんだね?」
「じゅ、呪詛ですって?」
女の童は目を白黒させている。
「……はい」
弟君は観念したようにうなだれた。
「姫君がやったと思い込んで庇ったんだね?」
「そうです。少将さまのお兄さまが呪符の歌を読み上げた時に、歌の詠みぶりが似ている気がして……その時は手蹟を確認しなかったんです」
それだけでは、姫君の命で誰かが書いた可能性を否定できない。しかし、代筆は側に仕える女性だとしても、右大臣の寝所に忍び込み、呪符を埋めることまでできるだろうか。ただでさえ姫君の周辺には男手が少ないのだから。
「姫君に頼まれて君が呪符を埋めたわけでは――」
「違います」
弟君は、少将の言葉を最後まで聴かずにきっぱりと言い切った。
「ならばこの呪符は右大臣家の内部の者の仕業と考えた方がいいのかもしれない」
「そんなことが……?」
「まあ、あってもおかしくはないかな」
少将は苦笑交じりに呟く。
「二人共、ありがとう。後はこちらで調べるよ」
「もうお帰りになってしまうの? 姫君とお話されませんか」
「……で、でも」
尻込みする少将に、女の童は笑みを向けた。
「お昼ですもの。何も問題ないわ」
「姫君は私のことなど……」
不意に、女の童の顔から笑顔が消えた。
「もうっ! おやさしいのも大概になさって!」
「何を言い出すんだ、失礼だろう!」
弟君が女の童を制する。
「姫さまのお気持ちじゃなくて、少将さまご自身は、姫さまとお話したくないのですか」
「私は――」




