蓼食う松虫の君 二
ゆっくりと意識が浮上してくると、何だか、背中が痛いことに気がついた。がばっと身を起こした少将は思わず身震いする。寒い。風が吹いているわけではなく、空気が冷えているのだ。どれぐらいの時間かわからないが、板張りの渡殿に直接横たわっていたようだ。
「ん? ここは……」
腹の辺りに目をやると、衾が一枚被せられている。
「う……ん」
隣で誰かが身じろぎをした。
「え」
そうだ。このひととぶつかって、それから――何故か急に押し倒されたような。思い出して赤面する。
姫の方は衾を何枚も重ねてぬくぬくとしているようには見えるが、いつまでもこんなところに寝かせておくのは忍びない。
「……姫、姫っ。起きて下さい」
少将が呼び掛けながら揺り起こすと、
「ふえ?」
姫は覇気の欠片もない声を上げて目を覚ました。
「あ……少将殿。急に気を失ってしまわれたから、どこかにお運びしたかったのだけど、重くて無理だったの。女房を呼ぶのも気が引けて……。お風邪を召されてないと良いのだけど」
気を失ったのはあなたのせいですが、姫。
「ということは、何もなかったのですね」
「え?」
姫はきょとんとしている。
「い、いえ、別に。あ、これ。お気遣いいただきありがとうございます」
少将は畳んだ衾を姫に手渡した。
「お帰りになるの? こんな真夜中に」
「暗いうちに出て行かなければ、姫に迷惑が掛かりますから」
「あら、掛けていただいて構わないのよ」
妙に妖艶な笑みを向けられ、少将はどぎまぎしてしまう。
「帰ります!」
「なら、これをお持ちになって。まさかこれきりにするおつもりじゃないわよね?」
姫が扇を差し出してくる。押し付けられるようにして扇を受け取った。
「し、失礼しますっ」
少将は振り返りもせず脱兎のごとく従者の許へ走り去った。
「誰の訪れ 待つ虫の声……か」
牛車の中で扇を開いてみると、草の上で鳴く松虫の絵が描かれている。
「松虫……我を待つ虫……」
何もなかったとはいえ、こちらから文を遣わすのが礼儀というものであろう。少将は帰る道すがら、必死に頭を絞り始めた。
「あら、三の君さま。妙な時間にお帰りですこと」
家人に気づかれずに帰宅したいところだったが、案の定、自室の前で例の古参女房に捕まってしまった。
「左大臣家においででしたの? まさか今まで宴が続いていたわけではありますまい」
とあからさまに何かを期待した様子である。
「……筆と紙を」
気恥ずかしい少将は、女房と目を合わさずに頼んだ。
「まあ、かしこまりましたわ!」
衾……掛け布団




