弟君の言い分
言伝を聞いて父右大臣の部屋に引き返した父子は、兄たちを外に出し、少年の言い分を聴くことになった。
父を通じて承香殿の御方にまつわる因縁を知ったばかりではあるが、少将はこの弟君を疑う気にはまるでなれなかった。むしろ、急に自分がやったと言い出したのを不思議に思った。
「ごめんなさい、右大臣さま」
弟君は手をつき、深々と頭を下げた。
父右大臣は鷹揚に笑みを浮かべ、唐菓子の載った高坏を弟君の前に置いた。
「さあ、顔を上げなさい。おや、顔色が悪いな。薬湯を作って持って来てくれ」
女房に命じようとする右大臣に、弟君はか細い声で言った。
「どうぞ、僕なんかにおかまいなく……僕が全部悪いんです」
「そなたが全て企んだとでも言うのか、ん? そなたの姉は大層秀でた歌詠みであると聞いているが――」
「姉上は、関係ありません!」
弟君は右大臣の言葉にさっと青ざめ、悲鳴のような声で否定した。
「では、教えてくれるかな。この歌の心を」
「は」
「私に露と消えてしまえという、その理由をだよ。そなたがこの歌を詠んだというのなら、答えられるだろう」
右大臣はもう笑っていなかった。こんな少年にまで凄む父に恐怖を覚えつつも、少将は
「それは、引き裂く風を吹かせたから、です。そう書いてあるではありませんか、父上」
と助け船を出した。
「承香殿の御方さまは、誰ぞ想う人がおありになったのでは。それを無視して入内をすることになったのが右大臣家のせいなのでは――」
言ってみたものの、少将とてその憶測に確証は持てない。むしろ弟君の否定っぷりからして、怪しいのは承香殿の御方よりも姫君であろう。
弟君は姫君を庇っている――?
「彼らの母御のことはともかく、承香殿の御方にそのような事情があったとは聞いたこともない。のう、そなた、呪符を仕掛ける部屋を間違えたのではないのか?」
「何を仰る――」
少将の非難がましい声はやはり、無視された。
「本当の標的はこやつであろう?」
父右大臣は、少しも表情を変えることなく、少将を指した。
「私?」
青き下葉。青き葉。
「まさか」
常葉?
では――
「引き裂く風とは、私のことだと?」
存えて私たちを引き裂くのなら、いっそ消えてくれ、と。そう仰るのか。
「ち、違います! 誤解です、姉上は少将さまを呪詛などっ!」
言い募る弟君の声も耳に入らない。
「ならば別の理由を明快に示してくれんか。しかし私にはそれが真実のように思えるがの……こやつには風を吹かせた心当たりがあるようだし」
少将は硬く口を引き結び、父の部屋を後にした。父も女房も、彼を追っては来なかった。




