三人の思惑
一方その頃、部屋から出るなと言われた三人は、女房が持ってきた唐菓子を囲んで、睨み合う格好になった。と言っても、表面上は和やかな会話が交わされる。あくまで、表面上は、だが。
「しかし奴もなかなか隅に置けぬな。大納言家に忍んでいくとは……姫の方はどうなのだ?」
長兄は大納言家の弟君の肩を馴れ馴れしく抱いた。何だかんだで彼はうだつが上がらない弟の行く末を一番思いやっているのかもしれない。
「姉上の御心はまだ、化け物に囚われたままです」
弟君は沈鬱な表情で言い、首を振る。
「けれど、僕――僕には、こちらの蔵人の少将さまは他の方々とは違うように思えるんです。あのお方なら、いつかは姉上を救って下さるような気がしているのです」
少年の言葉に、少将の兄二人は顔を見合わせる。
「お前も似たようなことを言っていたな」
長兄は買い被りだとでも言いたげに、むすっとした顔を作った。次兄はふっと笑みを零す。
「ええ。あの素直さとやさしさがあれば、思いもよらぬところから道が拓けるのではないかと」
「道が拓ける、か……それはそなたの道もか?」
この兄は、何気ないふうを装うのが本当に下手だなあ、と次兄は心中で呟く。兄上は本当におやさしい。
次兄は問いには答えず、立ち上がって部屋の隅に追いやられた呪符に近づいた。
「あまりまじまじと見るなよ。魅入られてしまうやもしれぬ」
「魅入られるのは慣れっこです」
兄の忠告に冗談めかして答えた次兄は、呪符に書かれた言葉を読み取るや首を捻り、残りの二人を振り返った。
「これは……呪詛、なのか? 二人もよく読むがいい」
「な」
「えっ」
二人は声を出したが、呪符を恐れてか近寄ってこない。次兄はやれやれとため息をつき、歌を読み上げた。
「存えて 引き裂く風を 吹かすなら 青き下葉の 露と消えゆけ」
長兄は不意に眉を顰め、立ち上がって呪符に近づき、自分の目で文字を確認した。
「兄上、どうなされた」
「いや……先程は浮足立っていてしっかりと見ていなかったが、そんなことが書かれていたのだなあ、と――引き裂く風とはどういう意味だ?」
「さあ、それは私にもよく……」
次兄が首を傾げる。父右大臣が引き裂く風を吹かせたことを糾弾し、これから先も吹かせるであろうことを示唆しているのだろうが、具体的な内容は次兄には見当がつかなかった。
露と消えゆけ、も父に対し「儚く散ってしまえ」という呪いの言葉と取れなくもないが、彼らが想像する呪詛とはもっとおどろおどろしいものだった。
「――くです」
唐突に、弱々しく震えた声が発された。
「ん?」
「僕、です、僕がそれを埋めました!」
大声で叫んだのは弟君であった。見れば声だけでなく体もがたがたと震えている。
「いきなり何を言い出すのだ」
「本当にごめんなさい! 僕を罰するなら罰して下さい! 僕がどうかしていたんです! だから、そんな呪符はさっさと燃やしてしまいましょう!」
「落ち着きなさい」
興奮する弟君を押さえつけ、次兄は右大臣付きの女房を呼んだ。
「父上たちを呼んで来てくれないか。自白が取れたと言えばすぐに来られるだろう」
女房に言伝を託す次兄の背中を、長兄は訝しげに見つめていた。
オリジナルですが、参考歌については今は述べません!




