昔語り
「承香殿の……女御さまは、大納言殿のご子息の、同腹の姉君で……あれ?」
大納言殿は東の君を一の姫、姫君を二の姫と呼んでいた。では、女御さまは? 少将の疑問を察したように父は告げる。
「大納言殿はその当時大納言ですらなかったからのう。長女を主上に差し上げる際、養女に出したのだよ。ご子息も言っていただろう? 雲の上のお方、と。もっとも養父となった関白太政大臣も亡くなられ、実の母もとうに亡く、母方の後ろ盾も望めぬ有様だ」
少将は黙り込む。それでも、主上の御寵愛さえあれば運命を変えることもできた筈だ。しかし、摂関家の姫たちをものともせず、主上を最も魅了したのは、皇族の姫宮だった。
「年寄りの昔語りになるが」
と前置きして父は話し始めた。
「今の主上の父院—―その頃の主上は、とある美貌の姫君に想いを寄せておられてな。だがその姫は、主上に釣り合う家柄の出ではなかった。かと言って、更衣として後宮に上がるのに不足はなかったし、内侍として出仕する選択肢も大いに有り得た。ただそうなれば主上が――彼女を寵愛し、彼女の家を厚遇することは目に見えていた。そこで摂関家の者が先に手を打ったわけだ」
「右大臣家も関わっていたのですか」
「まあな。当時は私の父の代だが、いつも争っていた左大臣家と結託し、件の姫を早々に嫁がせてしまった」
「何と……まさか」
少将ははっと目を見開いた。
「その姫と添うたのが、今の大納言殿でのう。二人の姫を産み、あのご子息を産んだ時に身罷ったが……主上は随分とお嘆きであったようだ」
「それで、せめてもの慰めに姫の娘とご自分の若宮を?」
「父院はそう考えたのかもしれぬが、息子からすれば自分には何の因果もない女だからな。時めくこともなく今に至ってしまった」
きっと、男女の間とはこういったものなのだろうし、権力者の気まぐれで起こることとしてもありふれているのだろうな、と少将は思った。けれども、姫君の姉のことと考えるとどうにも割り切れない感情が渦巻いてしまう。
そう言えば貝合の折も、姫君は父である大納言殿に冷たい態度をとっていた。姫君が元来淡白な人柄であることを差し引いても、妙に頑なに見えたのは気のせいではないだろう。あれは、姉を権力者に差し出した父親を恨んでのことだったのだろうか。
「しかし父上、その禍根が原因だとするなら、呪詛の相手は右大臣家に留まらぬことになります。あのような幼い子が全て企てているとはとても……」
「まあ、首謀者は別にいるだろうな。例えば、承香殿の女御ご自身か、あるいは」
父の顔に一層深い皺が刻まれる。
「その妹君、か」




