呪詛
翌朝の右大臣邸は物々しい気配に包まれていた。少将たちの父・右大臣の寝所の床下から、呪符が見つかったのである。
「ほう……これは」
当の右大臣は至って冷静に事を受け止めた。真っ先に声を荒げたのは長兄であった。
「呪符ではないか! 誰がこんなことを……まさか三位の……」
「軽はずみなことを仰るな、兄上」
「しかし」
他に誰が、とでも言いたげに息巻く兄を、次兄は諫める。
「何の証拠もなく、無闇に罪を押し付けるものではありません。まあ、三位の中将殿に限らず、左大臣家の縁の者という可能性は大いにありますが」
「検非違使に調べさせましょう、父上」
「……いや」
右大臣は息子の言葉にかぶりを振った。
「あまり事を大きくするのも得策ではなかろう。まずは内々に、衛士共を動かす」
「まさか父上、邸内の者の仕業とお考えなのですか?」
長兄は目を剥く。
「誰が呪符の埋まった邸で安穏と暮らせると言うのです。外部の者に決まっておりましょう」
次兄も冷静な口調ではあったが、眉を顰めた。
そこに寝ぼけ眼で現れた三男坊に、長兄は胡乱な目を向けた。
「お、おはようございます……」
「三の君さまはまだおねむのようだな。家の一大事だというのに、暢気なものだ」
「申し訳ありません」
右大臣が、掘り出されて布の上に置かれた呪符を指し示す。
「そなた、この呪符に見覚えは」
呪符には何やら長々と流麗な手蹟が残されているようだ。少将はじっくり見ようとしゃがみこんだ。すると次兄が声を上げる。随分慌てたような口調だった。
「おい、あまり不用意に近づくな」
「そうは言っても、遠目ではあまりよくわかりません」
少将が反論したところで、
「恐れながら! 怪しげな者が門の辺りをうろついておりました!」
と衛士の一人が報告に現れた。
「すぐに連れて参れ」
長兄が命じる。
衛士たちに羽交い絞めにされて姿を見せたのは、まだ年端もゆかぬ子供であった。しかし、身なりは整っており、下仕えの男の童には見えない。
「お前が呪符を埋めたのか」
「違います、僕は扇をお返ししに来ただけで!」
詰問する長兄を泣きそうな目で見上げたその顔は、姫君の弟君ではないか。
「な……君は」
少将が思わず声を漏らすと、皆が少将に視線を注いだ。
「何だ、お前の知り合いか」
「え、ええ、まあ」
「どうした、なぜ濁すのだ?」
父に問われ、
「あの、大納言家のご子息です……」
と答えると、二人の兄はああ、と納得した表情になったが、父は不審そうに重ねて尋ねる。
「大納言殿のご子息が、なぜわざわざ参った? 物を届けるにしても下人に頼めばすむことだろう」
「母上が身罷ってから、うちには、こういうことに割く人手はほとんどないのです。それに、扇の持ち主がよくわからなかったから……」
「ふむ……そなた、承香殿の御方の弟か」
右大臣の顔に憐れむような色が浮かんだ。弟君はくっと唇を引き結ぶ。
「今はもう、雲の上のお方ですから」
「……して、大納言殿の邸に扇を落としてきたのはお前なのか」
右大臣は少将をひたと見据えた。
「え、っと……はい」
「少し話がある。ついて来い」
続いて兄たちの方を見遣る。
「お前たち二人は、この子を丁重にもてなせ。私の女房に頼んで唐菓子を持って来させなさい。ただし私が戻るまで、三人共、この部屋から出ぬように」
そう言い渡すと、踵を返して部屋を出て行く。少将は慌てて父の後を追った。




