少将の才
高灯台の火がぼうっと照らし出しているが、それでも辺りは暗かった。しかし目を凝らすと、帳台の前に誰かが座っているようだ。ただその人影は、女人のようには見えないのだった。
「だ、誰だ」
誰何しながら近づいていくと、人影は面を上げ、こちらをはっきりと見た。何とも涼やかな美青年ではないか。
「ほう、そなた、私が目に映るか」
青年は面白がるような口調で言った。
「何を……」
少将は眉を顰めたが、はっとして青年を見つめる。
「もしや、あなたが姫君に憑いているという?」
「憑いて……か。そうだな。世人はそう申す」
青年――いや、物の怪の横顔は憂いを湛えているが、それが一層色気を与えているようだ。物の怪と知っても、典雅で高貴な雰囲気に飲まれてしまう。少将は呆けたように尋ねた。
「あなたは本当に、人ではないのですか」
「ああ。人に見えるか」
「はい。生きた人と寸分違わぬ御姿です」
「それはそなたの才が見せる幻であろう」
物の怪はくつくつと嗤う。
「さ、才? 私には、何の才もございませんが」
「気づいておらぬのか?」
私が見えるということは、そなたには見鬼の才があるのだろう、と物の怪は事も無げに告げた。
「見鬼、でございますか? そんなはずは……。私の縁者に陰陽道の家の血を引く者はおりませんし」
少将は目を白黒させる。
「ああいった力は必ずしも血筋で伝わるものでもないと聞くぞ」
「しかし、あなた以外の、その……人ならぬ御方が見えたこともありません」
「どうしてそう言える? 私が生きた人に見えると申したのはそなたであろう。そなたが生きた人だと思っている者の幾人かは鬼やもしれぬ」
「お、恐ろしいことを申されますな!」
俄に背筋が寒くなり抗議の声を上げると、物の怪は、「鬼の住処」に踏み込んできた割には、臆病なのだな、と可笑し気に言った。
「鬼の住処などと……姫君は鬼ではないし、あなたも……人を害するような物の怪には見えません」
物の怪は少将の言葉を曖昧な笑みで受け流した。
そして女の童が姿を見せた瞬間、物の怪は掻き消えた。
「観音さま? どうされたのです?」
息を弾ませて少女は言う。彼女は、歌を喰らう物の怪を目にしたことはないと言っていた。見たことはないが、恐ろしい姿に違いないと。
しかし少将の目に映った鬼は、あまりに美しかった。
「姫さまにお会いにならないの?」
女の童はひどく残念そうだ。
「会う、とは、その……そういう?」
「そりゃあ、そうです!」
少将は臆面もなく言い放つ女の童の幼さを前に、言い訳を並べる。
「いや、私はただ、せめてお声だけでもと……それにそもそも、三位の中将が無体なことをせぬよう追って来たまでで」
だんだん恥ずかしくなってくる。
「三位の中将さまには、無事に従者の方々とお帰りいただいたわ」
少女はしたり顔で言った。
「観音さまも、姫さまのことを想っておられるのでしょう? なぜお会いにならないのですか」
「それはその、物事には順序というものがあるだろう? 私はまだ文を取り交わし始めたばかりだ――」
「でも、もう姫さまの寝所まで来てしまわれたわ。あなたがここから出るところを見た人は、どう思われるでしょうね」
そうのたまうと、にっこりと腹黒い笑みを浮かべる。
「君、やっぱり怖いよ」
「何もない方が不名誉なことだと、お母さまがおっしゃっていたわ」
やはり大人たちに立ち混じって人に仕える子供は、耳年増になってしまうらしい。
――と、こほん、と咳払いが聞こえた。
「姫さま?」
女の童が几帳の裏に回り、すぐに戻って来た。
「姫さまが、直にお話するとおっしゃっているわ」
「あなたは下がっていなさい」
いつのまにやら女房が近くに控えている。
「小式部と申します。お側に控えておりますので、御用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ」
小式部は手をついて一礼した。そして少将を値踏みするような目で見上げる。
側に控えると言っても、男が主人に迫った場合どう対処するかは女房の思惑次第と言っていいだろう。「この男なら」と思えば、無体な真似にも目を瞑るものだと聞く。
勿論そんな真似をする気は毛頭なかったが。
「――ありがとう」




