姫君
「こちらの姫さまと、東の姫さまが、明日貝合をなさるの。ひと月も前からいっぱい貝を集めていらっしゃって、あちらの姫さまなんか、大輔の君と侍従の君に触れまわらせて、もう必死なのよ。でもね、こちらの姫さまは弟君しか頼れなくて。もうすぐその弟君が、上の姉君のところから戻っていらっしゃる頃だわ。もう行ってもいいかしら」
「ふうん。その二人のお姫さまのくつろいでらっしゃるところを、ほんの少しでいいから見せてもらえないかな? 格子の隙間からでいいんだ」
「まあ! 人にお話しにでもなったら、お母さまに叱られてしまうわ。駄目よ」
「私はそんなお喋りじゃないよ。ただ、姫さまを勝たせて差し上げるか差し上げないかは、私の心一つにかかっているんだからね」
少将が強気なのは、右大臣家の力を当てにしているからだが、実際この頃の彼らには、珍しい貝の調達など造作もないことだった。
「じゃあ、絶対人に言わないでね。隠れる場所を作るから、一緒に来て、さあ、みんなが起き出す前に」
女の童は少将の手を掴むと、西の妻戸の辺りの、畳まれて寄せられた屏風の裏側に引き入れた。そして、
「ここなら大丈夫よ。じゃ、あたしは行くわよ」
と言うと、女の童は瑠璃の壺を大切そうに抱えて小走りで行ってしまった。
(何だか妙なことになってきたなあ……あんな小さい子をあてにして隠れたはいいけど、見つかったらかなり気まずいぞ)
しかし、もともと人のよい少将のこと、かわいそうな姫君を放り出して帰るわけにはいかない、と思い直した。
屏風の隙間から覗くと、十四、五歳の女の子たちと、先刻の女の童のような小さい女の子たちがわらわらといた。皆、貝を小箱に入れたりして、その箱を持って行ったり来たりしている。
そのような中に、立ち騒ぐ少女たちを、一人、ぼんやりと眺めているだけのひとがいた。
(あれが……姫君か)
美女というよりは、まだまだあどけなさの残る美少女だ。しかし悲しげな面持ちで頬杖をついている姿はなかなかに妖艶で、少将の胸をざわめかせるには充分だった。姫君は几帳の裾を持ち上げ、少し身を乗り出すようにして女の童たちを眺めていた。
(あんなに落ち込んでいらっしゃるということは、やっぱり貝合は劣勢ということか)
「姉上!」
不意に、十歳ばかりの男の子が姫君のそばに寄ってきた。幼さが抜け切らぬ顔つきながら、利発そうな子供である。
(ああ、さっきの女の童が言っていた弟君だな)
弟君は、従者の男の童に持たせた紫檀の小箱を見せながら言いつのる。
「思いつくところは全部回ったんです。承香殿の女御さまはこれをくださいましたが、噂を聞きましたよ。向こうの女房は藤壺のお方さまから貝をたくさんいただいたとか。あちらの北の方は、内大臣の北の方にまで貝を頼みに使いをやったとも言っていました。ああ、母上が生きていたら――」
「そう、ごくろうさま」
遮るように発せられた、初めて耳にする姫君の声は、思いのほか冷淡だった。少将は意外に思いながら姫君の憂いを帯びた横顔を見つめた。
「姉上、随分と余裕綽々でいらっしゃいますね」
「余裕などと……興味がないだけよ」
「皆があなたのためにこんなに立ち働いているのに、あなたというひとは」
「私は頼んでいない」
「姉上!」
「負け戦に、どうしてそんなに必死になれるのでしょうね」
「あら、もう諦めておいでなの?」
甲高い声が割って入る。
几帳……可動式のカーテンのようなもの




