表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貝合わせ異聞  作者: 柚木
10/43

姫君の返事と宴の夜


「清らかな渚には何がある」


 少将は、文とも呼べぬ書き付けを前に、首を捻っていた。これでは恋文ではなく、なぞなぞではないか。

 実を言うと、この書き付けを少将の許に持ってきたのは、二人の兄であった。

「お前、この手蹟に心当たりはないか?」

「兄上の部屋の高欄に置かれていたらしいんだ」

「女文字だが、恋文ではなさそうだからな。お前宛だろうと思ったんだ」

 長兄はさらりとそう言う。いかに温厚な少将でも、これは聞き捨てならない。

「それ、どういう意味ですかっ」

 鼻白んで声を荒げるも、次兄のへらりとした笑みに気勢を削がれる。

「恋文ではないとみえるが、例の想い人からじゃないのか?」

「へ?」

 確かに少将は姫君に『渚』を絡めた歌を贈ったが、これがその歌への返事だというのか? 少将は改めて書き付けを見つめる。

「まさか、お前、意味がわからないのか」

「姫君が可哀相になるなあ」

 二人は顔を見合わせて、それから揃って呆れ顔を作った。

 と、いうわけで、少将は今、なぞなぞと睨めっこする羽目に陥っているのであった。

「清らかな渚――。なぎさ――」

 歌に優れた姫君のこと、何か歌に引っ掛けたなぞなぞなのだろう、と、古今の歌を思い出しては諳んじてみるが、それらしい歌は思いつかない。

 今更兄たちに尋ねるのも癪で、少将はぎりぎりまで考え続けた。

 しかし。

「三の君さま! そろそろ御支度をなさいませ!」

 さすがに出仕の時間が来ては仕方がない。しかも今夜は中宮の宮が宴を催すとかで、兄たちが楽器やら舞人やらを任されていたのではなかったか――。

 こういった華々しい役がまるで回ってこないが故に、少将は常に気楽な心持ちでいられたのだが、周りは黙っていなかった。身内は、やれ三男坊は右大臣の子息だというのに不甲斐ない、と嘆く。世人は、やれ三男坊は兄と違って取柄のない子だ、と嗤う――だが、当の少将はというと、比較する相手が強敵すぎるのだ、ぐらいにしか思っていなかった。自分には何もないが、それでも十分に恵まれているのだ。何を嘆く必要がある?

 そうだ。例えあの姫君が自分に靡かなくとも、そんなのは、いつものことなのだ。少将は纏わりつく感情を払いのけるように頭を左右に振り、立ち上がった。

 

 今上帝の中宮は、「中宮の()」と呼ばれる通り、皇族の女性だった。少将たちの母とも、縁の深い御方である。中宮の宮主催の宴は、秋の月を愛でるという趣旨らしかった。

 少将はただただ目立たぬように縮こまって、供された酒肴をつつく。そうしていても、特に声をかけてくる者はいない。

 上席の方で

夜雲(やうん)収まり尽きて月の行くこと遅し」

などと唐の詩を高らかに吟ずる声が、夜気をはらんだ風に乗る。

 やがて中宮の宮がお付きの女房を介して声をかけ、少将の二人の兄が宴席のしつらえられた御殿の庭に現れた。緑青色の龍の面を被っていて顔は見えないのだが、若い女房たちが詰める御簾の内から、妙な熱気が迸る。

 顔を隠せば、二人は背格好も瓜二つ。熱を帯びた視線を浴びせる女たちのうち、幾人が二人の区別をつけられるだろうか。

 月明かりだけで舞うのは心許ないので、篝火が一つひとつ焚かれていく。夕闇の中、火が楽を奏する公達の顔を照らす。高麗笛を吹くのはあの三位の中将のようだ。

 納曾利(なそり)――双龍の舞が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ