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8.

連載がしばらく止まってしまっていて申し訳ございません。今後はまた近々に更新の予定ですのでよろしくお願いいたします。

十一月。

弦也が庭に積もる落ち葉をほうきで掃き集めていると、小夜子が書斎の前の縁側に出てきて

「 やめて 」

と言った。後でこの落ち葉で芋でも焼こうと考えていた弦也は、訝しげに小夜子の顔を見る。すると小夜子は

「 そのほうきの音。今日はやけに耳につくの。明日してくれればいいから今日はやめてちょうだい 」

と続けた。弦也が 「 わかりました 」 と小さく答えて片づけを始めると、小夜子はふらふらと書斎へ戻っていった。その小夜子の様子に、弦也は小夜子が今までなかった不調に陥っていることを感じた。締切前に書けなくなるのはもはや小夜子の恒例行事のようになっていたが、弦也のする家事の音にまで神経を苛立たせるのは初めてのことだ。今回の不調はいつもと比べ物にならない様子だった。

掃除用具を片付けて、弦也は手早く茶を淹れて書斎に向う。障子を開けると、小夜子の周りは書損じの原稿用紙が至るところに投げ散らかされていた。中には派手に破かれて投げ捨てられているものもあり、かなり苛立ってもいることがわかる。何気なくどのくらい進んだのかを聞いたとき、小夜子が小声で唸るように言ったその枚数に弦也は度肝を抜かれた。

「 えっ、一枚も、書けてないんですか? 」

弦也がそう言っても小夜子は苦々しげな顔で何も答えない。

「 締切は明日ですよね? 」

そのときに小夜子が取り掛かっていた仕事は、今回の依頼で初めて組んだ出版社だった。

( いくら先生が売れているからって初めての依頼で締切破ってるようじゃ、あの会社ではもう書かせてもらえなくなる )

弦也はじっと考え込んだ。

( たしか、今回の依頼は )

小説ではなく、エッセイだった。小夜子は今までエッセイを書いたことはなかったが、弦也は他の仕事に紛れ込ませて小夜子に仕事を請ける承諾を取ってしまった。ふだんエログロナンセンスなど読まないような読者もエッセイを読むことで少し興味を持つかもしれないと考えてのことだった。テーマは 「 これから作家を目指す君たちへ 」というものだ。枚数は七枚半。雑誌に載せるものとしては少し多めの分量だが、筆がのればすぐに終る量のはずだった。

「 どう、なさったんです?思うところを素直に書いてしまえばいいようなテーマだと思いますけれど …… 」

「 素直に?そんなことしたら大変なことになるわよ 」

弦也の言葉に、小夜子はキッと目つきを鋭くする。しかし、睨まれたところで何故大変なのか弦也にはわからなかった。

「 大変なことにって …… 」

 弦也がそう言うと、小夜子は鼻をふん、と鳴らして

「 私がそんな若者に言ってやりたいことなんてね、弦也。『 作家になって私の人気を脅かすようなもの書かれたらたまらないから今すぐ原稿用紙も万年筆も捨ててまっとうな職業に就きなさい 』 この一言に尽きるわ。いっそ本当にそのまま書いてやろうかと思ったけど、それにしたって七枚半になんか膨らまないのよ。ったく、あの担当、何を考えているのかしら 」

 いくら身内の自分相手とはいえ随分あっさりと、すごい本音を言ってくれると弦也は苦笑した。

「 まあ、そう仰らず。そのコーナーの連載十回記念とかで、いつもより多く枠を割いたそうですよ。あの担当さんが先生のファンだそうで、その記念すべき回に是非と仰ってくれているんですから 」

 弦也がなだめるようにそう言っても、小夜子は渋面で黙っているきりだった。そこで弦也は

「 そうだ、その記事を読む相手を僕だと思って書いてみてはいかがです。僕への助言ということで 」

 と言ってみた。

「 あんたに? 」

「 はい。だってほら、僕もこれから作家を目指す若者なわけですし。弟子として、師匠からお言葉をいただきたいと思います」

 弦也は自分でこう言いながらわくわくしていた。弟子としてこの家に入りながら、小夜子に指導らしい指導をされたのは数えるほどしかない。小夜子と共にその担当から仕事の依頼をされたときも、弦也は内心、小夜子が書いたその記事を早く読みたいとわくわくしていた。小夜子は数秒黙って弦也の顔を見つめていたが、白く細い指先で弦也の眉間を指差すとこう言った。

「 私の世話がおろそかにならない程度に、私の売上を超えない程度に精進しなさい 」

 弦也が黙っていると、小夜子は眉間を差す指を下ろし、真面目くさった顔で

「 以上」

 と締めくくった。弦也は泣きたいのか笑いたいのか一瞬わからなくなったが、やはり笑った。目に涙が滲むほど笑った。それを見て、小夜子は憮然としながら

「 ちょっと、笑い事じゃないでしょう。まったく、あんた宛のことなんか尚更書けるわけないでしょう。他に何か案はないわけ 」

 と眉間にしわをよせる。

「 ああ、えーと …… 」

 小夜子の言った内容自体は弦也の予想通りではあったが、まさかここまで身も蓋もない本音を言ってくるとは思っていなかった。弦也が考え込んでいると、小夜子は拗ねたような顔で

「 もう。役に立たないわねえ 」

 と口走る。その言葉に弦也はぱっと顔を上げると

「 そうですか。僕でお役に立てないのなら担当さんに相談しなきゃですね 」

 とさらりと言った。

「 相談って、何をどう相談するのよ。一枚も書けてないなんて私の口からとても言えないわよ 」

「 いや、僕が言ってあげますよ。先生は追い詰められないと書けないので追い詰めてあげてください、僕のやり方では今回はだめなようなので、って 」

「 ちょっと、何言っているの?そんなこと、本気で言うつもり? 」

「 でも先生の一大危機でしょう。やっぱりこういうことは担当さんに相談してみないといけないんじゃないですか 」

「 だって、そんなこと言ったら 」

 小夜子が口ごもる。

「 そんなことって? 」

 弦也は間髪入れずに聞き返す。すると

「 あんたが相談しようとしていることに決まっているでしょう! 」

 と小夜子がトーンを上げた。しかし弦也は淡々と

「 だから、具体的にどんなことが担当さんに知られてしまったら困るんです。はっきり仰ってみてくださいよ 」

 と表情を変えずに返す。弦也のその態度に対抗するように、小夜子も声にぐっと威圧を込めて言い返した。

「 弦也、とぼけるのもいい加減にしなさいよ。他人に知られたら、あんただって困るはずよ 」

「 何のことを仰っているのかわかりませんが、たとえどんな秘密が他人に漏れてしまったとしても、僕にとって先生が書けなくなる以上に困ることなんか何もありませんよ。このままだと、先生は書けないのでしょう? 」

 弦也がそう言うと、小夜子は顔を紅潮させて目をそらした。そして、小声で唸るように何かを言った。弦也には小夜子の言おうとしている内容は察することはできたが、しかし言葉は聞き取れなかったので

「 ん、今何か仰ってました? 」

 と言った。すると小夜子は癇癪を起こしたように

「 書くって言ったのよ!集中するから出て行って! 」

 そう言うと、弦也の背中をぐいぐいと押して書斎を追い出し、ぴしゃりと障子を閉めてしまった。

 書斎から追い出されてしまった弦也は、廊下を歩きながら

 ( 本気なんだけどなあ )

 と思った。弦也は始めはたしかに、秘密が他人に知られることを恐れていた。そのことで自分が他人から嗜虐趣味のある変質者という烙印を押されることを恐れた。けれど今はそれもあまり恐れてはいない。小夜子が小説を書けるのなら、自分が他人にどんな風に言われようとかまわないような気持になっていた。とはいえ、どれだけ思っていても今は手を出さない方がよさそうなので、弦也はなるべく音を立てないように夕食の仕度を始めることにした。

 その後、小夜子はどうにか締切を破らずに原稿を書き上げた。後で弦也が読んでみると 「 弟子入りする先を選ぶときはご注意を 」 という題で、無難かつ少し笑えるようなエピソードを交えて、弦也との日々を語っていた。その記事が掲載された雑誌は、他の小夜子の小説と同じように大切に弦也の本棚に納められた。

一話あたりの分量が多いように感じましたので、今回から減らしました。

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