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13.

もうしばらく投稿のペースが乱れるかとは思います。申し訳ございませんが、よろしくお願い足します。

 四月。雨は終りかけた桜の花を容赦なく散らし、地面で泥にまみれさせる。その雨の音の中、弦也と小夜子は向かい合って夕食を摂っていた。弦也は時折、もくもくと食べる小夜子の顔を伺う。小夜子は最初はいつもと変わらない様子で食べていたが、やがて租借しながら時折顔をしかめた。食べ進めるうちに徐々にその回数が増え、ついに箸が止まった。

「 どうかなさいましたか 」

 弦也が声をかけると、小夜子はまじまじと弦也の顔を見る。

「 あんた熱でもあるんじゃないの。今日の料理の味付け、おかしいわよ 」

「 そうですか。どんなふうにおかしいんです? 」

「 なんだか …… 所々苦いのよ。灰汁を取り忘れたんじゃないの 」

「 いいえ。灰汁はちゃんと取りましたし、僕はいたって健康です 」

「 じゃあこの味は何なのよ 」

「 毒薬です 」

「 …… は? 」

「 大丈夫ですよ。死ぬほどの量じゃありません。結構辛いことになると思いますけど 」

 普通なら弦也の言葉は笑い飛ばされただろう。しかし、つい先月睡眠薬を盛られて麻袋に詰められた小夜子は一瞬顔色を失った。しかしすぐに平静な態度を取り戻し

「 嘘を言うならもうちょっと現実味のある嘘を仰い 」

 と言って鼻で笑う。弦也は黙って小夜子に、自分が持っていたまだ中身の残っている小鉢を突き出した。

「 何よ 」

「 盛ったのは本当のことですよ。勿論先生の分だけですから、僕の分は普通の味です。召し上がってみてください 」

 弦也の言葉に、小夜子は言われたとおり弦也の小皿から一口つまみ、咀嚼した。そして咀嚼するごとに段々と顔色が失せていく。

「 小説で毒薬を使われる以上、死なない程度に身を以ってその効果を知るのも大切かと存じまして。兄の友だちで薬学部の学生さんがいるものですから教えてもらいました。まだ出回ってない珍しい薬だそうですけど、取り寄せてみたら実験にはとても使えるしろものじゃなかったのでこっそり分けてくださいましてね。アブサキニンというそうですよ 」

「 …… 冗談よね? 」

 すっかり青くなった顔でそう言う小夜子の顔を、弦也はじっと見つめて答えた。

「 まずお味噌汁を一口。主菜とごはん。合間に副菜を一口。主菜とごはんを食べきってから残りの副菜。副菜が二品あればこってりしたものを先に、さっぱりしたものを後。意識されているのかわかりませんが、先生はいつもその順番で召し上がります。この薬は苦味が目立つのですが、効果を味わっていただくにはある程度の量を召し上がっていただく必要があります。そこで最初に召し上がるごはんと主菜には少なめに、苦味に慣れて違和感がなくなった頃に多めに混ぜた副菜を召し上がっていただく、という順番にすればお気づきにならないかと思ったんですけどね。意外に早くお気づきになって驚きました。やはり先生は舌が繊細でいらっしゃる 」

 そう言うと、小夜子が呆然と持ったままでいる自分の小鉢をその手からひょいと取り上げた。一口食べ、時間をかけて咀嚼し、飲み込む。それからまた話を続けた。

「 思ったより少ししか召し上がっていただけませんでしたけど、それだけでもまあちょっとした効果は出てくると思います。分けてくださった学生さんの話によると、まず段々動悸が激しくなってきます。それにつれて呼吸が苦しくなって、もう少し時間が経つと胃が痛み始める。それから嘔吐と下しが始まって、その頃になると腹痛もずいぶん酷いそうですよ。大抵の人がじっとしていられなくなって転げ回るとか。でも大丈夫です、死ぬほどの量は入れていませんから 」

 弦也が言い終わるか早いか、小夜子は音を立てて立ち上がり駆け出そうとした。しかしそれより早く弦也が小夜子を捕まえ、無理に椅子に座らせる。

「 だめですよ吐き出したりしちゃあ。せっかくの機会なんですから、じっくり効果を味わってください。そら、もうそろそろ心拍数が上がってきたんじゃないですか? 」

 そう言われて、小夜子は胸を押さえる。自身でも弦也の言うとおりに感じたのか、いよいよ吐き出しに行こうともがく。しかし弦也は小夜子を押さえつける手を緩めない。小夜子はますます暴れた。

「 だからだめですってば、ちゃんと冷静にして自分の体に起こることを見つめないと、あとで執筆するときに何にも覚えてないんじゃあ話になりませんよ? …… ほら、そろそろ呼吸がしづらくなってくる頃です 」

 小夜子の息は今やずいぶんと荒くなり、暴れて体力を使ったのか片手で弦也の袖を掴んだままずるずると崩れて、とうとう食卓に突っ伏した。

「 そろそろ胃が痛くなる頃だと思いますけど 」

 もう小夜子は暴れなくなったが、それでも弦也は小夜子をやんわりと押さえつけたままのんびりと言った。それから体を屈めて、小夜子の顔を覗き込む。

「 苦しいですか?」

 弦也が問うと、小夜子は声を出さずに小さく頷いた。

「 嘘ですよ? 」

 弦也の言葉の意味がわかりかねて、小夜子は汗を浮かべた顔で弦也の顔を見返す。

「 毒を盛ったなんて、嘘ですよ? 」

「 …… 嘘? 」

「 息苦しくなったのは先生が無駄に暴れられたからですよ 」

 小夜子のぽかんとした顔を見て、弦也はゆるゆると笑みを浮かべた。

「 僕が先生に本当に毒を盛ると思ったんですか。面白いなあ。苦味は、土手で摘んだニガヨモギです。すりつぶして混ぜ込みました。旬もだいぶ過ぎていますから、相当苦かったでしょう?薬の名前も僕が考えたでたらめです。で、まだ苦しいですか? 」

 ようやく事態を飲み込んだ小夜子が、顔を赤くして弦也を睨みつける。何か怒鳴りつけようと口を開くが、小夜子が声を出すより早く弦也は声を出した。

「 嘘をつかれて、怖かったですか? 」

 つい先ほどまで弦也の顔に浮かんでいた笑みは消えている。まっすぐに目を覗き込まれ、小夜子は怒鳴ろうと思っていた言葉が出ない。

「 ねえ、嘘をつかれて、怖かったですか? 」

 弦也は静かな声で、同じ問いを繰り返す。小夜子は何も答えない。弦也は小さくため息をついて

「 …… 怖かったんなら、さあ、その恐怖を原稿用紙にぶつけてください。締切は明日なんですよね?ほら、早く 」

 小夜子は相変わらず何も言葉を発さずに弦也を睨みつける。そして次の瞬間、台所に風船が割れるような音が響いた。小夜子は立ち上がり、足音荒く書斎へと去っていった。

 台所に残った弦也は、左の頬だけを赤く腫らしながら一人、小夜子の残した料理を食べる。時折舌を刺す苦味に、顔をしかめながら。


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