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12.

またまた更新が遅れまして、読んでくださっている方に申し訳ないです。

仕事が繁忙期に入りまして、今後ちょっと更新が不定期になりそうです。

でも週に一回は必ず更新するので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

 三月。弦也は台所で夕食の仕度をしている。戦争が始まって時を経るにつれ、以前ほど贅沢はできなくなっていた。しかし弦也の実家は裕福な大地主であり、小夜子自身もその頃まではまだ気ままに小説を書き、売り、それなりの収入を得ていた。淳一郎からの援助もありまだそれほど食料に困ってもいなかった。弦也はその日、献立の全ての味付けをいつもより濃くした。そしてその濃い味の煮物や味噌汁に、小夜子の分だけカルモチンを粉にしたものを混ぜてやる。食卓に出してみると、小夜子は特に何も気づいていないように料理を食べ始める。弦也は薬を砕いていたとき、少しだけその粉を舌に乗せてみた。幼い頃に母の制止も聞かずにかじった渋柿とそっくりの味が舌を刺し、思わず唾を吐いた。味付けの濃い数々の料理に少しずつ混ぜたとて味でばれてしまうかと心配したが、小夜子はいつもと変わらない顔でもくもくと食べていた。小夜子は食べるのが遅い。食べ終わる頃には薬が効き始めたのか、もう眠そうな顔をしていた。

( 自分の眠気を不審に思ったりしないのだろうか )

 とろんとした目つきになっている小夜子を見ながら、弦也は思う。

「 先生、お疲れなんですね。今日は無理なさらず、もうお休みになってください 」

 弦也がそう声をかけると、小夜子は酒に酔っているかのようにふらりと立ち上がり、自室へと向う。思っていたよりも薬が効いているようで、弦也は念のためその小夜子の後についていく。小夜子はどうやら何とか自室に辿り着き、ついてきた弦也に気づいているのかいないのかぴしゃり、と障子を閉めた。すぐに中から布団をしいているらしき音がし、やがて静かになる。弦也は足音を忍ばせて台所に戻ると、食事の後片付けを手早く済ませ、自室に戻った。

( そろそろ頃合かな )

 弦也が小夜子の就寝を見届けてから、一時間ほど経過していた。弦也は目の粗い麻袋、手拭三本を押入れから出した。麻袋は三つを縦に縫い合わせ、人一人が入れる縦長の袋になるように加工したものだ。

 ―――それにしても、我ながらよくこんなことを思いつく―――

 弦也は用意したものを畳に並べ、物思いにふける。初めて小夜子の首を絞めたときから、そして「 そういうこと 」で小夜子に良い作品を書かせてやることができるのだと悟った日から、弦也は小夜子に対して実に色々な「 そういうこと 」をしてきた。これだけ色々思いつく脳があるのに、どうして僕自身はまともな小説一つ書けないんだろう、ふとそう感じた。しかし、すぐに首を振ってその思考を自身で否定する。これとてきっと芯から自分で思いついていることではないのだ。自分はただ、小説家としてのあの人が望むことをどこかで受け止めて実行しているに過ぎない。ともかくも今は、小夜子のところに行こう。薬が切れてしまっては元も子もない、と弦也は考えた。

 やがて弦也は用意したものを脇に抱え、小夜子の部屋へと向う。いつもの癖で、障子を開ける前に中の小夜子の様子を伺う。軽く、くくう、というような音の鼾をかいていた。よく眠っているようだ。念のため「 先生 」と声をかけてみるが、鼾の調子もまったく変わらなかった。障子を開け中に入る。小夜子はこちらを向いて、胎児のように体を丸めて眠っていた。その小夜子の体を仰向けにし、まずは両手首を腹の上で縛り、両足首も縛った。起きる気配はない様なので、弦也はいくぶん大胆な気持ちになる。寝かせた状態のままで小夜子の足から袋に入れ、首から上だけを出した状態にする。その状態でまずは手拭で小夜子に目隠しをした。次に弦也は猿轡用に縦半分に裂いてあった手拭を手に取り、一瞬考えてから小走りで台所に行きその手拭を濡らして戻ってきた。口が渇きすぎては苦しいだろうと考えたのだ。湿した手拭をねじって紙縒り状にし、小夜子の口に掛けようとしたが、寝たまま状態では口がうまく開かない。歯まで開かせて上あごと下あごの間に食い込ませなくては意味がない。試行錯誤の末、いったん抱き起こすと頭が後に倒れ、自然に顎が開いた。弦也はほっとして、そこに猿轡をかけた。猿轡を掛け終わると、弦也は袋の口を閉じて小夜子を庭へと担ぎ出す。もっと重いと覚悟していたが案外普通に抱え上げることができたのは、弦也が自身で思っていたよりもこの家に来てから成長したためだろう。

 庭に出ると、春の宵の甘やかな夜風が弦也の頬を撫でる。月は少し欠けてはいるものの満月に近く、柔かい光を真夜中の庭に注いでいた。弦也は小夜子を地面にそっと置くと、自室へ読みかけの本を取りに行き、戻ってくると小夜子の入った麻袋の傍らの地面に腰を下ろす。

( これだけ月が明るければ、灯りを用意しなくても本が読めそうだ )

 弦也は満足そうに微笑み、本を開いた。

 弦也が本に没頭し始めた頃、麻袋が突如ばたばたと動き出し中からくぐもった声が聞こえた。弦也は読んでいたページに指を挟んで閉じると麻袋をぽんと片手で叩いた。麻袋はその手に驚いたのかびくんと体を震わせる。弦也はそこにそっと声をかけた。

「 先生、お静かになさってください。今夜はとても月の綺麗な夜です…… まあ見えないでしょうけど。先生、次回作の構想が浮かばないって仰ってたでしょう。いつもとは違う静かな場所にお連れいたしました。そこで存分に構想を練ってください 」

 その言葉に納得したのかあるいは足掻いても無駄と悟ったのか、麻袋はもうもがかない。それからしばらく、静かに横たわる麻袋と読書を再開した弦也を春の月が照らしている光景が続いた。

 弦也が少し夜更けの寒さを感じ始めた頃、麻袋の中から再びくぐもった声が聞こえごそごそと動いた。弦也が黙って見ていると、くぐもった声に若干の怯えが混ざる。中にいる小夜子は、自分が置かれた場所が自宅の庭であることも知らない。どこかに置き去りにされたものと思ったのか、だんだんと声が震え始めた。弦也がさらに黙って見ていると、くぐもった声はいよいよ狼狽の色を濃くし、じたばたともがいて体を起そうとしているようだった。

「 どうなさったんですか、先生 」

 弦也が声をかけると、袋の動きが静まる。代わりに、先ほどよりは落ち着きを取り戻したくぐもった声がした。猿轡のために声は言葉にはならないが、弦也は言わんとすることを察した。

「 ああ、お手洗いですか? 」

 弦也がそう言うと、袋の口に近い部分がこくん、と動く。

「 あ、じゃあ僕、少し離れますね。大丈夫です、お声の届く範囲にはいますから 」

 麻袋は、弦也のその言葉をいまいち分かりかねたように静止する。

「 いや、こういう経験も作品に真実味を添えるかと思うんです。誘拐した人間は、人質のそんなことにまで気を遣わないでしょうから 」

 麻袋は弦也の足元で、心なしか震える。しかし弦也はそれに構わず言葉を続けた。

「 僕、先生が作品の中で美しさと容赦のない真実味を同居させているところ、本当に尊敬しています。それでは、どうぞごゆっくり 」

 そう言うと、弦也はその場から去った。ぽつんと残された麻袋は、月の光に照らされてただただ静かに震え続けていた。

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