11.
二月。
( 道行く人がもし僕らを見たら、心中でもしようとしているように見えるだろうか )
その日は、未明から降り出した雪が朝になってもまだ降り続けていた。昼近くになってかなり勢いが弱くなったもの、今もなおちらちらと雪片が舞っている。その頃には、もうくるぶしの少し上まで積もっていた。執筆はしていたものの気が散りがちになっていた小夜子を、弦也は雪景色の中に連れ出した。山に入ろうとしたときには小夜子は少し渋ったものの、弦也が構わず歩き出すと仕方なさそうについてきた。弦也はそんな小夜子の手を引いて、雪の降る山道を歩いている。昼間だというのに、山の中は弦也さえ不安になる程静かで、二人の吐く息の音とざくざくと雪を踏みしめる音の他には、何も聞こえなかった。弦也には、それがまるで雪が音を吸ってしまったかのように思えた。ふと、小夜子が足を止める。
「 疲れてしまいましたか?」
弦也がそう尋ねても、小夜子は何も答えず何かをじっと見ている。弦也が小夜子の視線の先を探すと小夜子は
「足跡。消えてしまっているわ」
と呟いた。降り積もる雪によって、足跡はつけた端から消されていった。弦也は
「 大丈夫ですよ。ここらはね、子供の頃毎日遊んだ僕の庭みたいなもんです。足跡なんか雪で消えても、道を見失ったりしませんよ、僕はね 」
そう言うと、弦也はまた小夜子の手を引いて歩き始めた。
やがて二人は、その小山の頂上までやって来た。そこからは雪に覆われた街の景色を一望することができ、小夜子は白い息を吐きながらもその光景に見惚れている。
「 ふふ。普段は戦争臭くて見るのも嫌な街だけど、こうして雪に覆われてしまえば綺麗だわ。ね、弦也。……弦也? 」
小夜子は辺りを見回すが、傍にいたはずの弦也はいつの間にか姿を消していた。
「 弦也?ちょっと、ふざけてないで出て来て。私一人じゃ帰れないわ、弦也! 」
そう叫びながら辺りを見回すも、やはり弦也は姿を現さなかった。
一方、弦也は少し離れた藪の陰に身を潜めていた。小夜子が弦也を呼んでいる姿も、全てそこから見守っていた。しかし小夜子がどんなに呼んでも答えない。弦也がそのまま見ていると、やがて小夜子は危なげな足取りながら来た道を戻り始めた。しかし数歩行っては立ち止まり
「 ねえ、弦也。近くにいるんでしょう? 」
などと言っては辺りを見回す。実際、弦也は小夜子が歩き始めるに合わせ自分も移動してはいたが、しかしそのことが小夜子には知られぬよう、身を隠しながら動いていた。時間が経つにつれ、小夜子はもしや本気で置いていかれたのかと思い始めたのか、時折弦也を呼ぶ声に焦りのようなものが見え始めた。そしてその内、そうと気づかず来た道とは違う道に入り込んだ。後を歩く弦也は小夜子が道を誤ったことに気づくが、しかし何も言わずに相変わらず小夜子に悟られぬように見守った。
やがて、小夜子は疲れた様子で一本の樹の根元に腰を下ろした。息を整えながらも辺りを不安そうに見回す。その頭上の枝々は、その腕に雪をどっさりと抱えていた。弦也は足元の雪で握り拳大の雪玉を作ると、その小夜子の頭上の枝めがけて強く投げた。雪玉は弦也が狙った場所にみごとに当たり、小夜子の頭上の雪がどさっと落ちる。落ちてきた雪をもろに被った小夜子が小さく悲鳴をあげるが、弦也は続けていくつも雪玉を枝にぶつけどんどん樹上の雪を小夜子の体の上に落とさせた。次から次へと雪の塊を落とされ、今や小夜子の体はほとんど埋まってしまっていた。とはいえ自力で這い出せぬほどの量でもないように弦也には思えたが、驚いて動けなくなっているのか小夜子は出てこなかった。弦也はゆっくりと雪の塊のところに歩いていき、顔の辺りの雪だけ払ってやる。
「 どうです先生。この散歩で気分転換になりました?書けそうですか? 」
弦也がしゃがみこんでそう問うが、小夜子は雪の下から弦也の顔を見上げるばかりで何も答えない。
「 でしたら、もう少しそこでお休みになっていてください。僕は先に戻っています 」
弦也がそう言って立ち上がり踵を返すと、小夜子はようやく
「 待って…… 書くわ。帰ったら、書く 」
とうめくように言う。その言葉を聞いて、弦也は小夜子を雪の下から掘り出してやると、また二人で来た道に戻り、山を降りていった。




