少女は零れるような笑顔で、告げた
ツマラナイ。
結局、人形は逃げてしまった。
折角追い掛けてあげているのだから、良い加減捕まって壊されて欲しいものだわ。
頬に手を当てて、ふぅと溜め息をはく。
人形を壊そうとして、かれこれ四年。
あの事実に気付いてからそれを阻止するべく動いているつもりなのに、どうにも上手く事が運ばない。
為し得ははるだけの力はあるつもりなのに、中々為し得ることが出来ない。
……勿論力不足だなんて思いたくはない。
結局はまだ、何か迷いがあると言うことなのかしら。
自己矛盾。
しかし他の誰にも任せるつもりはない。
あの人形に引導を渡すのは、ドラシィル家の血統である自分の役目だと自負している。
そうあるべきだと思うし、そうあらねばならないと感じる。
手元のフォークを握り目の前の料理に突き刺した。
一口サイズの肉と鮮やかな彩りの野菜が、ハーブで包まれ蒸された料理。
肉を柔らかくさせる為とはいえ、果物を一緒にするのは許せないと個人的には思う。
そのまま口に運んで、ゆっくりと咀嚼する。
蒸した後にかけたと思われる、少し酸味の効いたソースが甘酸っぱく香り口の中を満たす。
思わず目を細めて、味わうように嚥下する。
「んー……美味しいわ」
思わず言葉を漏らす。
普段はあまり落ち着いて食事を取ることは無い。
人形は曾祖父に会うことを目的として常に移動するし、確りと目標物を固定捕捉して追い掛けなければ差が大きく開いてしまう。
相手と違って此方は休息も必要とする上、追い掛けるだけではいけない。
曾祖父と関わりのあった方々に出会い、接点も持つ必要がある。
偉大なる彼の跡を追い掛け歩むためには、決して蔑ろにしてはならない所だ。
実際に何人かの、曾祖父に継ぐような優秀な術式師と出会い、新たな術式を学んだ事も一度や二度ではないのだ。
空中を歩く、等と言う術式もその時に得た物だったりする。
まぁ本来は水面を歩くと言う術式だったのだが、少し独自改良を加えて空中を歩くという術式にした。
実際の原理は、空気中の水分であるよう源素を集めて固め更に空気自体をその下へ圧縮し体重を支えるというもの。
歩く毎に足元のみに効果が働く為に、空中に固められた水分が残ることもなく、自由に術式自体も解除が出来る。
風の源素のみを使えば身体を空中にて支えて、浮遊することも可能ではあるが……術式を使い続けなければならないのは正直、辛い。
もう少し応用力を身に付ければ、風の源素だけで自由に空を飛翔することが出来るかも知れない。
独自改良を行う為に必要な情報自体が不足しているので、やはり優秀な術式師と会う事は怠れないな。
二口目を口に入れて咀嚼しながら、思考を巡らせた。
「有り難うございます、フィノリアーナ嬢」
先程の料理の感想を受けて、酒場の娘が礼を述べてくる。
敢えてヒラヒラと手を振って応えた。
「無理を言って悪かったわね」
「いいえ、宿はお客様をお迎えしてこそ。
それも貴女の様な綺麗な方ならば尚更」
「お上手ね、此処が賑わっている意味がわかる気がするわ。
折角だし、何か良い葡萄酒があれば開けてくれるかしら?」
「勿論ございますよ、取って置きをお持ちしますね」
そう言って彼女は厨房へ消えた。
その後ろ姿を見送ってから、また目の前の料理へとフォークを伸ばす。
「……あのな」
横から何か声を掛けられた気がするが、無視。
隣に添えられた生野菜のスティックを指先で摘まみ上げ、口許に寄せる。
先端を啄むようにしながら、少しだけ視線を流す。
店内の視線が先程から気になる。
しかし特に何も言う気はないし、面倒なので関わらない様にしたいところだ。
「聞いてんのか」
「聞いてないわよ」
再度話しかけられ、仕方無く返答する。
聞いてるじゃねぇか、等と宣っている声が聞こえるが、今度はまた流す。
……しかし、宿を案内して貰った恩がある。
黙々と食事を続け、振る舞われた葡萄酒も飲み終わった後に改めて向き直った。
「何か聞きたいことでもあるの?」
恐らく相手が望むであろう答えを返した。
案の定、彼は木箱に座ったまま疑問を口に上らせる。
……しかしどうして椅子に腰かけないのか。
「何故、ユノを狙う」
つまらない男だ。
そんな下らない事しか聞くことがないなんて。
思わず口許の端を歪めて笑う。
するとそれをどう受け止めたのか、眉間に皺を寄せて少しだけ不愉快そうな面相をしてくる。
「あぁごめんなさいね。
別に悪気があって笑ったわけではないの」
笑みはそのままで、手を振りながら相手に謝罪する。
「貴方は、自分の世界に存在する異質を疎ましく思ったことはないかしら」
返答はないので、そのまま会話を続ける。
「私にとってはあの人形がそうよ」
昔へと思いを馳せる。
そう、あの存在と初めて出会った時の事を、思い出す。
「昔はとても大好きな、お姉ちゃんだった」
取り敢えずは大人しく話を聞いていた相手が、身じろぐ。
理由は……そう、解る。
「お姉ちゃん?」
やはりそこか。
ゆるゆると首を横に振ってから、続けた。
「そう、あの存在と初めて出会ったのは、私が七つの時よ」
曾祖父の所に遊びに行っていた。
祖父は曾祖父を疎ましく思っていたし、両親に関しては最早曾祖父の存在自体を抹消しようとしていた。
けれどフィアナは曾祖父がとても好きで、両親の目を盗んでは良く会いに行っていた。
曾祖父がフィアナをどの様に思い感じていたかは全く解らない。
けれど決して邪険にはしなかったし、フィアナが尋ねたことには必ず答えをくれた。
だからフィアナは曾祖父が好きで、両親よりも尊敬し敬愛していた。
そんな、曾祖父の家に。
あの時変化が起きた。
何時もよりかなり上機嫌な曾祖父は、フィアナに一人の少女を紹介してきた。
美しい白銀の髪に、紅玉の瞳。
その少女は零れるような笑顔で、幼いフィアナへ名前を告げた。
「私が曾祖父の所で出会ったユノは、既に今と同じ姿形だったわ」