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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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こんな人形と一緒にしないで

 流石に何時までも抱き締めている訳にはいかない。

 腕を緩めると、ユノは軽やかに二歩前に出た。


「フィノリアーナ」


 真剣な顔、真摯な眼差しで少女は声を出した。

 その様子を忌々しそうな表情で見返す、フィアナ。

 舌打ちまで聞こえてきそうな――あ、舌打ちしてたわ普通にあの女。

 ジークルトは手持ち無沙汰になった両腕を、何とも無しに組んでみた。


 どうもこの二人には何か因縁? 良く分からないものが有るらしい。

 しかし、フィアナは大体二十を越えた位に見えるしユノとの接点は何なのだろうか。


 完全に部外者ではあるのだが、今さらそそくさと立ち去る訳にもいかないだろう。

 これも縁だと考えてその場にとどまる事とする。

 ……でもどちらからも全く眼中無しで話を進められると、少し……ほんの少しだけ悲しくも感じる。

 涙が零れそうにになったら上を見よう……お天道様はいつも空に輝いているから。

 そんな馬鹿な事を考えているジークルトを無視して二人の会話は進んでいた。


「私を壊すのは構わない。

 けれど、その前にどうしても私はユングに会いたい」


 小さな両手を胸の前で組み、ユノは願いを伝える。

 主に祈りを捧げる修道女の様でもあり、静謐さを保っていた。

 そこらの金銭勘定が得意でケチな商人であっても、この少女に頼られたら最高級の葡萄酒だって喜んで差し出すだろう。


「お願い、どうかユングに会うまでは――」

「会いたい? おじい様に会いたい、って?」


 祈りを捧げ懇願する少女に向かって、フィアナは……鼻で笑い飛ばして天を仰ぐ。

 口元には残忍な笑みすら浮かべて少女の願いを一刀両断に切り捨てる。


「貴女、自分の存在を正しく理解しているのかしら。

 そんな醜い姿形で、おじい様に会おうなんて、身の程を知りなさい」


 忌々しく吐き棄てる様に、言い放つフィアナ。

 ユノは哀しそうな表情で俯いた。


 そんなやり取りをしている二人を見ながら、ジークルトは居心地悪く独り言ちる。


「二人共綺麗だし、醜い姿形って……」


 本当に何気なく呟いた。

 ……だってちょっと寂しかったから。

 少しだけ茶目っ気でも出して、場を和ませられないかなと思ってみたり……後付けの言い訳だけど。


 そのジークルトの僅かな呟きを、フィアナはしっかりと聞き咎めたらしい。


「こんな、こんな人形(マリアーネ)と一緒にしないで!」


 空気が変わった。


 先程までは笑顔を基本として話していたフィアナの表情に、憤怒が見えた。

 彼女はユノを指差しながら此方にそう吐き捨てると、わなわなと震える唇を開いて言葉を紡ぐ。

 その仕種はとても幼く可愛らしく……先程まで身に纏っていた僅かな妖艶ささえも霧散した。


「私はおじい様の様になりたい魔女(ソーシエラ)だもん、一緒にしないで!」


 まるで駄々を捏ねる子供の様に、美麗な顔を歪めて泣きそうになっている。

 漆黒の瞳は濡れ、今にも涙が零れ落ちそうだ。


 まさか褒めたつもりに近いあの独り言で、ここまで過剰反応されるなんて思わなかった。

 いやいやをするようにフィアナは首を左右に振る。

 少し遅れてふんわりと、長い髪が少し大きく左右に揺れた。


 すっくと立ち上がるとフィアナはヒールの踵を強く踏み鳴らす。


 パリンッ、という硝子が砕け散るような音を立てて、フィアナの足元の凍った何かが割れた。

 地面から1メートル程の高さに立っていた彼女が、地面に降り立つ。

 軽やかに地面に着地した後に、フィアナはジークルトを睨み付けた。


「フィアナ」


 そんな彼女に声を掛ける、ユノ。


「ジークルトは何も知らない。

 それなのに彼に怒っては、貴女の――」

「五月蠅い説教すんな人形(マリアーネ)

 愛称で呼ぶなっつってんでしょうが!」


 叫びながら、フィアナは右手を天に掲げた。


 その右手の周りに、何か一瞬だけ靄が見えた。

 注視しようとするとすぐ霧散して消えたものの、同時にぞわっと。

 全身に鳥肌が立った。


「なっ」


 思わずユノに腕を伸ばすが、その腕を叩き落とされた。

 目を見開くジークルトへにっこりと穏やかな笑顔を向けるユノ。


 初めてちゃんと笑った顔を見た。

 でもその笑顔は儚げで繊細で……それでいてとても綺麗だ。


 唇だけを動かし、此方へ何かを伝えようとしている。

 一瞬、ほんの僅か一瞬。

 その言葉を理解しようとして思考を廻らせたその刹那。


 フィアナは指を鳴らした。

 ユノは街とは反対方向へ駆け出した。

 ジークルトは両足の力が抜けて地面へへたり込んだ。


 身体の力が抜け全身が弛緩し思わず頭を垂れる。

 再び顔を上げた時、人形と呼ばれた少女は何処にも居なかった。


 そして辺り一面が、火の海と化していた。


「……はぁっ?!」


 何が起こったのか理解出来なかった。


 え、と言うより何これ?

 平和な野だった筈なのに、完全に炎に呑まれているんだけど。


 肌に心地良い爽やかな風が四肢を撫でるなどは最早幻想の産物で、今はチリチリとした熱風が頬を叩く。

 辺り一面の炎が、ジークルトの退路を塞ぐ。

 鮮やかな青の空の下で何故か、地獄が繰り広げられていた。


 何とも言えない心持ちで頭を抱えると、そんなジークルトの真上から笑い声が降って来た。

 何で何時も上からなんだ、馬鹿なのか全く。

 上を見る。そして直ぐに下を見た。


 だから、見えてるから!

 頼むから、位置を考えろっての!


「逃げちゃったわね、お人形(マリアネッタ)ちゃん」


 フィアナが可笑しそうに囁いている。

 その声を聞きながら、ジークルトはつい先程のユノの言葉を思い出していた。




『またね、ジークルト』

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