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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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何を寝ぼけた事を

 フィアナの顔は見なかった。

 そんな必要もないと思ったから、ジークルトは目の前の女にだけ視線を向ける。


 女は口元に薄っすらと笑みを浮かべて、僅かに小首を傾げている。

 様子を伺っているのか、それとも余裕の表れなのか?

 どちらにせよ不愉快である事には変わらず。


 身を半分引いて、剣先を女に向ける。


「……どうしてでしょうね」


 ふと女が口を開いた。


 とても不思議そうに、けれど面白がっている声音で。

 さながら日中の庭園で親しい人間で集まってお茶でもしているような気軽さで。

 僅かに甘さを含んだその囁きが、ジークルトの耳を擽る。


「貴方には全く、関係のない話だと思いますよ。

 何故そうまでフィノリアーナや、ユノに執着するのでしょう」


 執着。

 確かにこの気持ちはそこから来ているのだろう。

 頭の片隅で、脳の奥を震わせるような音が聞こえた気がした。

 何時までも妄執に囚われ過ぎないで、と。

 そう誰かが言ったような、そんな気がした。


 鼻の奥がつんとした。

 喉を鉄錆のような苦い味が伝い、胃に落ちる。

 胃ではじんわりと異物が広がりそのまま、体内に浸透する。


 誰しも、思い出したくない記憶というものがある。

 けれど不思議なもので、どうしても何かを手に入れたり失ったりした時に。

 心の奥底に封印していた何かに抵触した際に、頭でも心でもなく身体が反応する。

 記憶を封印して噛み砕いて嚥下して体の奥底に隠してしまったとしても、きっかけさえあれば其れは形を成す。


「この場に貴方は決して望まれてはいませんよ。

 今なら忘れてあげますから、お帰りになられた方が良いのではないでしょうか」


 聖母のような微笑を浮かべて、淫魔のような言葉を投げ掛ける。

 女の悪戯な微笑みを見て、ジークルトは小さく鼻を鳴らした。


「何を寝ぼけた事を」


 僅かに女の片眉が上がる。


「滅茶苦茶良い女二人見捨てて、何処に帰れと言うんだよ」


 凶悪に見えるように笑いつつ、剣を構えた腕を目線にあわせて水平に持ち上げる。

 突き出した腕はそのままに剣をそのまま振り下ろした。


「今回の任務(ミッション)として、二人を無事に連れ帰る」


 宣言すると、周りの空気が変わった。

 相変わらず源素の気配は感じない、感じないのだが――


 下ろした剣で、逆袈裟懸けに斬る。

 何かの手ごたえを感じたが、相変わらず何も見えない。


(――炎を斬った時の手応えに似ている)


 アレッサが使用した術式で、炎の蛇があった。

 それをなぎ払った時に近いその感覚で、理解した。

 どうやら相手はこちらに向けて、炎の術式を放ったのだろう。


 術韻も聞こえなかったので、それが本当に正しいかはわからないが……しかしそうとしか考えられない。


 目線を持ち上げて観察すると相変わらず女の周りにはふわふわと、六つの円月輪が漂っていた。

 それぞれは六色の色を纏って、呼応した術式を具現しようとしているらしい。

 ふと、唐突に黄の色が一瞬だけ濃さを増した。


 やばい。

 もうそれは、ジークルトの経験からくる本能の警告だったのかも知れない。

 地面を強く蹴って、背後に飛びずさる。


 彼が立っていた筈の場所には、次の瞬間に焼け焦げた黒い跡が残っていた。


 先程から既に二回、訳もわからぬままに術式での攻撃を食らっている。

 通常の術式師とは違って、あの女は術韻すら口に出さない。

 相変わらずの微笑を浮かべたままに、女は再度口を開いた。


「お見事です、一定の修練を積まれて腕前に多少なり覚えがある方なのですね」


 賞賛の後に更に続ける。


「けれど術式についての知識は皆無ですね。

 貴方に用はありません、そして二人は貴方の所有物でもありません。

 どうかお帰り頂けませんか?」

「断る」

「そうですか。

 とても残念ですね……、僅かにでも会話を交わした方と永遠のお別れをせねばならないとは」


 そう言うと再び、今度は緑の色が濃くなる。

 両腕を顔の前に交差させて直ぐに、その腕を疾風が切り裂いていった。


 赤と青、黄と緑はジークルトでも何と無く何を意味するのかが解る。

 昔に親しく――否、生き方を教えてくれた師に該当する男が、術式師と対峙した時の対応として教えてくれた。

 源素の色は六色と言われているが、白と黒はもう殆ど使用者がいないとされている。

 だから基本的には四色に対応できれば不備はなく、また問題ないと言われた。


 実際に四色の対応さえ出来ていれば、一般の術式師に騎士や武道家などの剣術に体術を扱う場合は遅れをとらない。

 寧ろ前へ出て術式師と組み合う事によって、術式師が術式陣を組み上げて術韻を唱える一連の流れを阻害する事が出来る。

 その為、最低限四色に対する対応さえ覚えておけば、そうそうやり込められるなんて有り得ない。


 女が笑うと、今度は黒の色が弾けた。


 ――黒?


 ガシャリ、と大きな音を立てて腕に持っていた剣が、地面に落ちた。

 ほんの瞬間的に剣を持っていた手に掛かったアレは。

 僅かにでもそちらに気をとられてしまった。


 彼が落とした剣を反射的に拾おうと手を伸ばした時、丁度頭上に氷の槍が出現した。


「イース・ブローラ・ハーヌ・メルディダ・スティルディラ」


 早口で紡がれる術韻が、風に乗って耳に届く。

 同時に僅かに俯き加減となっていた頭上で、何かが割れる音が響いた。

 ジークルトが目線をあげると、青の光が二つ、弾けて消えた。


 振り返って声の主を確認すると、唇を引き結んだままではあるが濡れた瞳でジークルトに視線を投げてきている。


「あんなのに立ち向かうなんて……無茶だって解らないの」


 相変わらずフィアナの唇は震えていて、青い。

 しかし表情には少しだけ色が灯ってきたように感じた。


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