本来なら存在する訳がない
――何か、違う。
話に聞いた曾祖母は、こんな印象だっただろうか。
曾祖父はともかくとして、祖母が語る曾祖母はこんな人物だっただろうか。
フィアナが生まれた時、既に彼女はこの世には存命していなかった。
だからフィアナは曾祖母を肖像画でしか見た事がないし、また話しか聞いた事が無かった。
家に仕える高齢の使用人達は彼女を天女の如く評価し讃えていた。
優しく語る祖母も、とても曾祖母を愛しているのが伝わっていた。
術式に興味がないと言う母ですら、母にとって義理の祖母に当たる曾祖母を認めているらしい。
そんな何処からも愛されていたと言う曾祖母は、本当にこんな女性だったのだろうか。
妙な引っ掛かりを覚える。
うっかりとボタンを掛け違えてしまったかのような。
中身の見えない瓶を傾けたら、予想もしていなかったものが出てきたような。
後ろから知人だと思って抱き付いたら実は全く関係のない他人だったというような。
極々些細な違和感ではあるが、どうしても理解が出来ないそんな程度での疑問を感じる。
そう感じて、まじまじと人形を見る。
まるで作り物のように整ったその輪郭が、一瞬ぶれた。
瞬きを繰り返しながら改めて確認するが、やはり輪郭がぶれている。
源素世界での眼で見てみると、その体内に渦巻くのは六色の源素。
辺りの空気よりも遥かに多いその源素は、人形の身体の中に溢れんばかりに押し込められていた。
何かの形を模るかのように渦巻き続けるその源素は、本来ならば有り得ない異形すぎて怖いと感じる。
フィアナの胸中を知らず、ジークルトは人形に詰め寄る。
「人一人に対して、その物言いはどうなんだ」
「何か可笑しい事を言いましたか?
けれどユノが私にとっての器である事は事実です。
事実を事実として受け入れる事が、先ずは必要な事ですよ」
「そもそもその器と言うのをやめろ。
ユノはユノだ、個人は個人で成り立っている、あんたの為の存在じゃない」
「それこそ何をおっしゃるのですか?
人は誰かの為に生きています、ユノにとってはそれが私だったと言う話です」
「そのふざけた口を閉じろ!」
苛立ちが、ジークルトの体内から溢れる。
彼の体内源素は赤が増えて、外からもどんどん赤の源素が侵入している。
怒りに呼応するように、赤の源素が彼の周りを取り巻く。
開いた眼でそこまで確認してから、気付いた。
(体内源素が、ある……?)
再度人形の身体を視る。
濃い色が所狭しと密集しているその小さな少女の体内源素。
六色全ての源素が、彼女の身体を占領していた。
――いつもいつでも、ユノの体内は無色だった筈なのに。
だからあの人形を破壊しようと決めていたのに。
何故今、彼女の身体の中にはあそこまでの源素が充満しているのだろうか。
ふと思い付いた。
尚も人形に詰め寄ろうとするジークルトの腕を強く引っ張って、後ろへ引き寄せる。
いきなり後ろから掛かった引力に対して、よろめきながらもいぶかしんだ表情で後ろのフィアナを振り返る彼。
そんな彼を真横に突き飛ばして目の前から排除する。
横倒しになって、隣から抗議の声を上げてくるジークルトは完全に意識の外に追い遣ってから、口を開いた。
「イズシェラリス・フィヨノルニア・リーヴスラシル」
曾祖母の名を呼ぶ。
人形は僅かに首を傾げてから、瞬きした。
その不思議そうな表情を見た事によって、ある思考が固まる。
続けて再度、名を呼ぶ。
「イズシェラリス・ドラシィル」
「何かしら、愛しいフィノリアーナ」
今度は穏やかな微笑を浮かべて、返事が来た。
そんな人形に、フィアナも微笑みかける。
「偽者の愚図人形が、失せろ」
ゆっくりと目の前で拳を握ってから、中指を立てる。
侮蔑の意味を存分に込めて吐き捨ててから、口元だけで笑ってみせる。
そんな彼女の仕草を見詰めていた人形の表情に初めて変化が見えた。
右側の唇の端だけを吊り上げて、僅かに左目を細める。
整った人形のような顔立ちで一瞬そんな表情をした後に、また元の微笑に戻った。
フィアナの横から彼女の手を握って中指を拳に押し込めてくるのは、ジークルトだった。
何をうろたえているのか、困惑したかのように此方を見詰めてくる。
やれやれと溜息をついた後に、再度突き飛ばしておいた。
確かに先程のジェスチャーは下品だったとは思うが、わざわざ手を押さえてこなくても良いだろうに。
僅かに唇を尖らせてから、続けて溜息を吐いた。
「下品な言動は褒められたものではありませんよ、フィノリアーナ」
「お前如きが、私の名前を呼ばないで頂戴」
不愉快を露にして続ける。
「本当におばあ様かと思ったのに、実際は単なる紛い物。
お前がどれだけおぞましい存在か、やっと理解出来た。
何時までもユノの体内にこびり付いていないで、とっとと消え失せて」
捲し立てる様に言うと、再び人形の表情が先程の妙な顔に変わる。
「失礼が過ぎますよ。
お説教が必要ですか?」
「どこが失礼なものよ、お前の存在こそが失礼だわ。
ユノを穢さないで、お前の妄執でその子を辱めないで」
「一体何が気に入らないと言うのですか。
私は最後の願いを叶える為にこの世に再び具現する事も許されないと言うのですか?」
「何がこの世に再び、なのよ」
身体の内側から溢れ出る嫌悪感を留める事が出来ない。
フィアナは震える脚で身体を支えて、噤んでしまいそうな唇を開いて、目を逸らしたくなる人形を睨み付けて続ける。
「お前は、おじい様が創り出した『イズシェラリス・ドラシィル』でしかないじゃない」
――笑った。
人形は、その唇で三日月に近い笑みの形を模り、蒼い瞳を大きく開いて、笑った。
絶対にユノではしないその表情を見て、フィアナは両の拳を握り締める。
もう立ち上がる事すらやめたジークルトも、そんな人形をじっと見詰めていた。
「それがどうかしました、か?」
笑ったまま表情を変えずに、人形は言う。
「私はユングが愛してユングが求めてユングが願った、イズシェラリスですよ。
その事に何か問題が、あると、言うのですか?
可愛いフィノリアーナ」
そう言う人形の身体の、腰の部分から六色の光が漏れた。
いぶかしんで目を向けるとそこには、六つの円の形をした何かが付属していた。
左右にそれぞれ三つずつ、フィアナの掌程の直径の何かが。
「このイズシェラリスを否定する事は、例えユングの曾孫である貴女でも許しません。
お仕置きせねばなりませんね。
事実を事実として受け入れる事が出来るようになるまで」
人形は両の腰に付属していた円の形の何かを、そっと上から押さえた。
カチリという音を立てて、六つのそれらは彼女の腰を離れて……空中で停止した。
その六つの何かが空中で停まると同時に、先程までずっと宙に留まっていた六つの品々が光を失って床へ落ちる。
変わりに円の形の何かが色を増して人形の周りに、まるで取り囲むように留まった。
六色の光が洪水のように、濁流となってフィアナの眼に映る。
反射的に双眸を薄めて視覚情報を調整するが、眼から得る源素情報が多過ぎて、瞳から頭の中心に向かって刺すような痛みを感じる。
握った拳をこめかみに当てて、少し俯いてみるものの、改善はされなかった。
何度も強く目を瞑って開いてを繰り返しながら、色に慣れていこうと努める。
そんな彼女を心配してかジークルトが近くまで来たのが解ったが、何か反応を返す事は出来なかった。
それでも彼の手を探り、強く握って、聞こえるかは解らないが囁くように言葉を紡ぐ。
「――以前、ユノを源素崩壊球と言ったわ」
顔を伏せたままで言うフィアナに対して、ジークルトは何も言わない。
けれど此方の声を確認するように強く一度、頷いた。
聞いてくれている、と確信して続ける。
「どうやら私の評価は、間違っていたみたい」
「……間違い?」
やっと色に眼が慣れて来たので、そっと人形の様子を伺う。
表情は変えずに、さながら狂喜の笑顔と言えるその顔のまま、人形は二人を見ていた。
「あの子の体内源素、とても濃くて多くて溢れそうで。
あんなの本来なら存在する訳がない」
人間の形状をとっている以上、容量というものは存在する。
けれどあの様子を、状態を考えてみると。
「どうやらあの子は」
――考えたくはないけれど。
「崩壊でも消滅でもなく、術式を吸収して蓄積し発現出来る、そんな特性のようだわ」




