僕の将来のお嫁さん、だから!
入ってきた扉の近くまで歩み寄って待ち構えていると、扉を開けると同時に腰元に抱き付かれた。
「フィアナ! 探し物はは見つかった?」
「もぅ、部屋で待っていてと言ったでしょう?」
鮮やかな金髪の頭を撫でながら、苦笑してみせる。
同時にユノとジークルトの気配を探ってみると、どうやら無事に遠ざかっているようだ。
この辺りは源素の密度が濃厚なので、源素の流れから感じられる。
だからこそ、レオンハルトの接近にも気付くことが出来た。
「待ち切れなかったんだよ!
それで、どうだったの?」
笑みを深くして、強めに頭を撫でる。
「まだ私が到着してから、全然時間が経っていないわよ?
そんなに直ぐには見つからないわ」
妙になつかれてしまった。
この調子で来訪してからの殆どの時間を、彼との術式の学習へ当てることとなった。
ナタリーは既に仕事に戻っており、嬉しそうな顔をしながら申し訳なさそうな声音で、『レオンハルト様をどうぞ宜しくお願いします!』なんつって、去っていった。
体良く押し付けられ――否、任せて頂いて光栄の極み。
無理矢理自分を納得させて、諦めてレオンハルトと術式の勉強に戻った。
彼と行った術学は古ソルシエ語ではなく、ウィセド語を行った。
アレッサと対峙した際に、フィアナは彼の術詞を理解する事が出来ずに対応が遅れた。
もしまたウィセド語を使う術式師と向き合った時、同じような事態を引き起こすのだけはごめんだった。
一応レオンハルトも六色が視えたので、基本の四色を主軸に二人で数冊の術式の書物を読み進めた。
流石に開眼したばかりのレオンハルトの眼は安定こそしなかったが、どうやら彼は緑の源素に対して素質があったようで、問題なく緑だけは視る事が出来ていた。
その為彼は緑を基本として覚えて貰い、フィアナは全ての色のウィセド語を読み覚える事に集中した。
どうやらあくまで主軸は古ソルシエ語としているらしく、術式陣の為の源素を現す術韻は簡潔ではあるもののそれぞれの色に対応し、その後に続く術韻によって術詞が完成するようだ。
古ソルシエ語が細かく挙動、動作、創造までを術韻に組み込むのとは違い、思った以上にウィセド語は大雑把に術韻を組み上げている。
恐らく術式発動までの創造を細かく行った上で、更に発動場所などは己自身で対応せねばならないようだ。
余りに想像力が不足していると不発、なんて事態も発生するだろうし、恐らく設置型術式などはある程度の修練を積まないと稼動も難しいのではないかと予想した。
まぁフィアナはあくまで術詞についての意味が解れば対応は可能だと判断して、きちんと基本だけ抑えておくに留めた。
実際に成り立ちなどを確認する以上、多少の術韻の長さなどの不便はおいておくとしても、古ソルシエ語の方がやはり使い勝手が良く己にも合うと判断できる。
そもそも術語なんて異なる言語のようなものなので、今から新しい言語を習得してそれを実用レベルとして扱えるまで学習している時間はそうそう無かった。
まだ全てにおいて学習段階であるレオンハルトがこの術語を習得するのと、過去の結果を保持しつつ新しい術語を習得せざるを得ないフィアナとは根本から異なる。
そう考えて、レオンハルトにはウィセド語についての術学を学んでもらい、習得した言語もウィセド語のみとした。
彼は少し、ほんの少しだけ不満そうではあったが、同じ効果の術式を発動するのにも古ソルシエ語とウィセド語では術韻の数が倍も違う事を知り、その不満をどうにか押し留めたようだった。
「ちぇー。
早く見つけて、また術学の勉強を再開しようよ!」
そう言いながら手近な椅子の背もたれ側を向いて、座り込むレオンハルト。
手には先程まで読み進めていた術式の書物を持って、一字一句逃さぬように目を通している。
少年に対して、行儀が悪いわよ、と嗜めながらフィアナは探し物を再開した。
彼女が探しているのは、情報だ。
それも彼女の曾祖母であるイズシェラリスがまだこのリーヴスラシル家に居た時の、領主の日記。
曾祖母の兄が確か当時のリーヴスラシル領の所有者であったように記憶している。
リーブスラシル家では、イズシェラリスはとても可愛がられていたようだった。
その彼女が商人の家柄のユンゲニールと恋仲になって彼と共に行きたいと願った時、当時の領主は大反対したそうだ。
商人如きに妹など嫁がせる事などできない、そもそも彼女には婚約者がいるんだ、と吐き棄てたと聞く。
それでもイズシェラリス自身の必死の説得と、当時のユンゲニールの真摯な対応に、最後は領主が折れざるを得なかったとの話であった。
しかし当時の彼にも思う所はあったのだろう。
どうしても女性は短命となるリーヴスラシル家の例に漏れず、イズシェラリスが病に臥せった時。
領主はユンゲニールに申し立てた、妹をリーヴスラシルへ帰してくれ、と。
けれどユンゲニールはその願いを頑として聞き入れず、己の館にて最後を看取った。
イズシェラリスの亡骸はとても穏やかな表情をしており、幸せそうではあった。
だが三十にもならない内にこの世を去るほどのあまりの短命さに、リーヴスラシル家とドラシィル家両名の血族は、ユンゲニールに対して複雑な感情を抱いたと言う。
ユンゲニールはイズシェラリスの亡骸を手厚く埋葬し、けれどその場所を誰にも決して教える事はなかった。
どうしても墓碑に手を合わせたい、と願う実の娘である祖母と、フィアナ……この二人だけには、転移の術式によって二度程対面した事がある。
しかし実際の場所はやはり教えてはくれず、結局何処にあるのかは未だに正確な場所はわからない。
(でも、確か当時の領主はおばあ様の墓碑を、別途設えた筈)
イズシェラリスの兄である当時の領主は、妹の墓碑にすら手を合わせられない状況に耐えられなかったらしい。
遺体も遺骨も無かったと言うのに、領地内に妹の墓碑を用意して鎮魂の儀を行ったと言われていた。
――家名は記されず、イズシェラリスの名前だけが刻まれた墓碑が、この領土の何処かにある。
その事実に対してユンゲニールは怒り狂ったとも聞くが、結局双方ともそれぞれが用意した墓碑についての場所は一切口にしなかった。
場所について、一切何処にも情報がないはずではあったのだが。
当時の曾祖母の兄である領主は、とても几帳面な性格をしていたとの事で、ひょっとしたらリーヴスラシル家の書庫になら何か手がかりがあるのではないか、とフィアナは考えた。
もしかしたら手帳や日記などに記録していて、その書物自体が書庫にあるのでは……と淡い期待をして確認にわざわざ来たのだった。
しかし恐らくは見つからない様に隠蔽するような術式が掛けられている可能性も考慮して、彼女は単身書庫に降り立った。
探索の術式を掛け、見つかればそれで良し。
もし見つからないにしてもその探索の術式自体が妙に屈折する場所などにきっとあるのではないか、と考えて。
ちらり、とレオンハルトの様子を伺う。
依然変わらぬ体勢で書物に没頭しているのを確認して、術式陣を展開した。
彼はまだ即座に眼を切り替える事は出来ない上、術式陣を読み解く事も出来ない。
見つかっても問題はないのだが、やはり少しばつが悪い。
出来る限りは知られないように対応できればと考えてこっそりと術韻を唱える。
「ヴィンドゥ・グライエント・ウゥプグトゥムン」
緑の光が、辺り一体を網目のように覆い隠した。
その網目の一部が、妙に白く輝いている。
近くまで寄ると、何故か本棚の奥まった部分に妙な引っ掛かりを感じた。
そっと腕を押し込んで、手に触れた物を引き寄せる。
重厚な装丁の書物が、手元にあった。
その書物に付着した埃を軽く手で払ってから、表紙を確認する。
『領主日記帳』
うわぁ、と思わず声が漏れそうになるが、かろうじて堪えた。
何とも早、何とも言えないその表題は置いておくとして、中身を確認する。
記された日付から、予想通り曾祖母の兄に当たる当時の領主のものだと確認できた。
少し行儀が悪いとは思いつつ、手近な机に腰掛けて内容を読み進める。
曾祖母の命日の数日後の記録に、目的の一文を発見した。
『最愛の妹、イズシェラリス。魂は南の丘の上へ。彼女の愛した白雪花の傍にて』
――白雪花、か。
冬にたった数日しか咲かない、とても珍しい花のはず。
その花の傍に、どうやら彼は妹を埋葬した様だ。
現在フィアナが立ち寄っているリーヴスラシル家は、街の東の外れにある。
南の丘と言うと、街から少し歩いた所にある人気のない丘のところだろうか?
確か南は崖なども多いため領土民は立ち入りが禁止されていた筈だ。
今から向かえば、恐らく日が暮れるまでにはたどり着けるのではないだろうか。
確か昼を回って夕方になる前くらいだったかと、外の様子を記憶していた。
しかし、レオンハルトとの術学をどうするか。
あの彼の様子では、フィアナが用事が出来たと言っても駄目ではないだろうか。
少しげんなりとしながらも、思考は巡る。
いっそ強行手段として、外に出るなり緑の術式にて移動速度を増加した上で逃げてやろうか。
それとも彼を置いて、空中を歩いて退散しようか。
けれどどちらにしても一旦は来訪様の衣装を着替えて、普段の服装へ戻る為に一度宿へ戻る必要がある。
本来フィアナの性格なら、そのどちらかの手段を使い強行するのだが。
事前にシャルロッテがレオノーラと関わりがあると知ってしまった為に、どちらの手段も迂闊に取る事が出来なくなってしまった。
下手に動いて、レオンハルトがシャルロッテに物申してあの場所へ案内されてしまうとあまりよろしい結果にはならないだろう。
そう考えて難しい顔をしていると、ふと気配が近寄ってきた。
顔を上げて様子を伺うと、レオンハルトが此方を見上げて何か言いたそうに、両の手を後ろに回して組んでいる。
そんなにも長い時間、黙考していたのだろうか。
慌てて机から立ち上がって、彼の傍まで近寄る。
「あぁ、ごめんなさい。
少し考え事をしてしまっていて――えっと、あのね」
「僕は、大丈夫だよ」
「……え?」
唐突に、レオンハルトがフィアナに抱き付いた。
彼女が何か言う前に、更に言葉を重ねて来る。
「フィノリアーナ、少し淋しそうな顔してる。
僕は一人でも勉強出来るよ!
もし何か悩み事や心配事があるなら、フィノリアーナはそれを頑張って」
そこまで顔に出ていたのだろうか。
何とも言えない気持ちになって、片手で頬を押さえた。
次いで彼の顔を見て、笑顔を作ってみせる。
「レオンハルトは優しいのね」
思わず口をついて出た言葉に、少年は首を振った。
さらさらの金髪が、その動きに少しだけ遅れて流れ、彼の頬に掛かる。
「お父様が、言うんだ。
大切な人には優しくしなきゃ、駄目だって。
それにその相手が大切な女性なら、もっともっと優しくしなさい、って!」
女性尊重主義でもあるロイジウスが言いそうな事だ。
もしかしてレオンハルトも、あんな感じの女誑しになるのかなぁ……不安だなぁ。
幼い彼の甘い顔立ちを見て、苦笑しそうになる。
けれどとても真剣な彼の顔を見て、顔を引き締めた。
「フィノリアーナは僕の将来のお嫁さん、だから!
だから僕はフィノリアーナにうんと、優しくするんだ!」
その最後の台詞の所為で、引き締めた顔は完全に引き攣った笑顔になってしまった。




