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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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顔を見たい、声を聞きたい

 落ち着いた青を基調とした膝丈の裾広がりなワンピース。

 所々に鮮やかな黄色のリボンにてラインが入っており、重ねるようにして少し透け度のある純白の上着は袖がラッパ状に広がる。

 肩までの白銀の髪は赤いシルク布で纏めて、丸みを帯びた形状の花が三つほどワンポイントとして付属しており髪に綺麗な差し色をしていた。

 また小さな足を小振りな漆黒の靴が包み込んでおり、細い革紐が脹ら脛辺りで結わえてある。


「ほぉ」


 思わず感嘆の声が漏れ出た。


 個室の扉を開け、相変わらず無表情のユノが押し出されて出てきた。

 女の子であれば、着飾れば多少心が浮き足だったりするものでは無いのであろうか。

 我が物顔で笑みを張り付かせたレオノーラが、ユノの後ろに隠れるようにして此方を見ていた。

 ……全然隠れられてなくて肩とか尻とか見えてるんだけど良いのかそれは。


「どう? 滅茶苦茶可愛いでしょう!」


 ユノの後ろで立ち上がったレオノーラは、ユノの肩を両手で掴み更に前へ押し出してくる。

 流石看板娘、お前のお陰で店内の客の視線を独り占めだ畜生!


 確かに可愛い、と思う。


 しかし。

 二十も半ばの男が、パッと見で十の少女を連れてきて。

 その少女が宿の看板娘に美しく着飾られて登場した場合。

 ……何と褒めれば良いものだろうか。

 そもそも、周りはどの様に見ているのか……嗚呼、考えたくないな。


「元々素材も悪くないし、深窓の令嬢に見えるな」

「それ褒めてるつもり?」


 無難な回答を目指してみたが、駄目出しされた。

 呆れたような、いや実際に呆れた半眼で此方を見やるレオノーラ。

 とは言うがな、後ろからの視線が物凄く痛いんだよね。

 あんまりつつかないで欲しいと切実に願うが、彼女には伝わらないらしい。


「やだよねぇユノ。

 可愛いなら可愛いって言って貰いたいよねぇ?

 こんなに可愛いのに! ほら、ユノも聞いてごらん」


 ぐいぐいと少女を押し出し――そろそろ可哀想になってくるんだが、止めて良いものなのだろうか。


 そしてこっそりと耳元で何かを囁いて、こちらを指差してくる。



 ユノは二度瞬きをすると此方へ歩み寄って来て。

 ジークルトのズボンをその小さな手でぎゅっと掴んだ。

 思わず上から見下ろす様な形で伺うと、真下から見上げて来る紅玉の瞳。


「どうですか?」


 口元に手を添えて思いっ切りそっぽを向きそうになる心を、何とか堪えて笑みを作る。

 きちんと笑えているのかは知らない、と言うより顔を背けなかっただけ素晴らしいと褒めて貰いたい位だ。


 想像して欲しい……是非、想像して欲しい。


 さらさらの白銀髪が端整な顔立ちを彩る、美しい紅玉の瞳がしっとりと輝く。

 衣装は先程述べた通り、今からどちらの舞踏会へのご出席ですかと言いたくなる様な、清楚でそしてとても華やかだ。


「と、とても良く似合っている。

 ……可愛いよ」


 たどたどしく答える。

 これは絶対レオノーラの仕込みだろ、さっき何か囁いていたし!

 唯一理性を保てたのは、ユノの相変わらずの無表情だ。

 これで無邪気に笑顔を向けられたりでもしたら。


 否、俺はロリコンじゃないし流石にこんなちっこい子は対象外だしレオノーラの罠には掛からないしくそう畜生何で俺を引っ掛けようとして来るんだ別に可愛いものが嫌いじゃないし寧ろ此処まで可愛くなるなんて予想は出来たけどええぃ後ろから飛んでくる野次がうるせぇ!


 ちょっと心の奥に逃げ込みそうになってしまった。

 ジークルトは心で泣きそうになる。

 未だにズボンの裾を握っているユノの手をそっと外し、くるりと後ろへ向き直る。


 "可愛い"と口にした瞬間から、食堂……いやもう殆ど酒場か。


 酒場と化した店内にいる男、女、まぁ老若男女それぞれの客が此方へ視線を向けていた。

 そしてやいのやいのと野次を飛ばして来ている。


「あのなぁお前ら……せめてブーイング位はまだしも」


 そう、これだけ可愛い少女を連れ帰って来たのだから下衆い視線や暴言は許容するつもりだった。

 最初にレオノーラですら幼女趣味(ロリコン)だと言った位だ、嗚呼……仕方ない。


 だが、だがしかし。


「隠し子とはどういうこった俺ぁまだ二十六だぞ十やそこらの子が隠し子になるかぁ!!!」


 取り敢えず腹いせに、店内にいる手近な馴染みへと掴み掛ってみた。

 何が悲しくて、自分とタメ張ってるような奴に"隠し子"だなんて罵りを受けなければならないのかと。


「うわっ! ジークがキレた」

「落ち着けよおい、女の子が超見てるぞガン見だぞ!」

「うるせぇふざけろぶっ殺してやる!」


 まぁ勿論本気で言っている訳では無い。

 結局こいつらだって変わり映えしない今にうんざりしているだけなんだ。

 ジークルトがユノに付き合おうと思ったのも、今彼が抱えている問題が何も変わらない事に対してうんざりしていたと言う意味もある。


 結局現状を変えるには、何かを積極的に取り入れて変化を求めるしかないのだ。


 一人の首を腕で捕獲し別の男を足で転ばして踏み付ける。

 逃げようとする別の奴の背中を鷲掴んで引き寄せた。

 流石にこれ以上は何も出来ないので、全員に等しく凶悪な笑みを見せ付けてから解放する。


 手を打ち鳴らしながら、ユノとレオノーラの傍に戻る。

 流しに打ち捨てられている野菜の端切れを見降ろすようなレオノーラの冷たい目線が痛い。

 別に何も壊してないし良いじゃん、ねぇ。


 やれやれと肩を竦めた。


 ――その時。


 相変わらず無表情で立っていたユノ。

 その表情を一瞬、何かの靄が包み込んだ。

 異質な空気は刹那の間。しかしそれでも何かおかしい、という事は理解出来る。

 しかも、感じ取ったのはユノとジークルトだけだった。

 ユノの隣に立っているレオノーラですら、何の反応も示さなかった。


 しかし。


 ユノの変化は顕著だった。

 ずっと無表情で立っていた彼女が、あの一瞬の後、表情を浮かべた。

 眉を潜め哀し気な顔、瞳は潤んで今にも年相応に泣き出しそうな表情。

 少し俯いたから、本当に泣き出したのかと思った。


 レオノーラが、ジークルトの顔色を伺った後に隣のユノを覗き込もうとした。

 覗き込まれる前にユノは顔を上げて、酒場の出口を睨み付けた。

 きゅっと唇を噛みそちらへ向かって歩みを進める。

 一言も発さずに動き始めた少女に対して、レオノーラは驚き此方と交互に見やってくる。


 何も聞いてくれるな、自分にだって解らない。

 レオノーラを少し見つめた後に、腰に付けた革袋を彼女に押し付ける。


「代金だ、他の荷物は後で取りに来る」


 勿論代金の他にも細々した物が入っているのだが、取り敢えずはユノを見失わない様にする事が先だ。

 彼女がジークルトと居たくないと感じたのならそれで問題がないのだが、今の動きは何かが妙だ。

 同じくその空気を察したのか、レオノーラも少しだけ不安そうに頷いた。

 店内も異常を察したようだが係わる必要も無いと判断した様で、誰も何も物申しては来なかった。


 そうこうしている間にユノは扉から外へと出て行ってしまった。


 慌てて後を追い掛けると、少女の小さな背中が小走りで、立ち去って行くのを確認出来た。

 体格などを含めても見失いさえしなければ、追い付けない事は絶対に無い。

 ……無いはずなのだが、それにしてもユノの歩みは早い。


 ちょっと、早過ぎないか。


 少し歩を早める。

 それでも小さな背中は小さいままだ。

 距離感が上手く掴めない。


 もしかしたらこのまま、あの少女は手の届かない所へ行ってしまうのではないのだろうか。

 胸中に沸いた小さな不安が、とても現実味を帯びていて突然恐怖した。


 手を伸ばし、少女を掴もうと足掻く。

 段々周りの風景が、目に入らなくなってきた。

 何故かユノの小さな背中だけが視界一杯に広がり、彼女の白銀髪だけが色素として認識出来て、それから。


 まだほんの数時間の付き合いだ。

 でもどうしてもあの少女が気に掛かって仕方が無い。

 顔を見たい、声を聞きたい、そして――


 指先に微かに何かが触れた。

 その感触を辿る様に腕を前へ伸ばし、しっかりと掴む。

 力任せに手元に引き寄せて、ユノの小さな体躯を胸元に掻き抱いた。



 視界に色が戻った。

 ほっとしたのも束の間、頭の上から女の声が降ってきた。

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