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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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それで良いのか客商売

 取り敢えず、向かい合って食事をしながらレオノーラを待っている事にした。

 一体ユノがどのような食事を好むかが解らなかった為に、食堂のメニューから適当に目ぼしいお勧め料理などを選んで注文していた、その数五皿。


 ……辛い料理はいらなかったかもしれない。

 食べる事が出来ない位にとても、辛い。


 思わず苦い顔をしてしまった。

 向かいのユノを伺うと、特に変化はない。

 煮込み料理、なのだろう。

 唐辛子や黒胡椒をふんだんに使い、野菜や肉も味が濃く強いものが多い。

 刺激の強いハーブも使われていて、しかもしっかり煮込まれていて、熱い。

 舌先から口内、そして唇に至るまで辛くて熱い。

 辛いものマニア向けのようなその殺戮的な辛さは、ちょっと口に合わない。


「辛いです」


 ぽつりと漏らすと、ユノは片手で皿をこちらに押し付けてきた。


 あ、やっぱり辛いのか。

 翌々確認すると、僅かに……ほんの僅かにだけ、幼い顔立ちの少し上部に位置する眉毛が気持ちつり上がっていた。


 完全に無表情ではないらしい。

 今みたいに何か、心が動くことがあるならば変化も表に現れてくる様だ。

 そんなユノは年相応に可愛らしく思える。


「取り敢えず頼んだだけだから、好きなものを自由に摘まめ」

「はい」


 促すと、残り四皿にそれぞれ手を伸ばしていく。


 ……思った以上に好き嫌いが多い様だった。

 否、食わず嫌いと言った方が正しいのかも知れない。

 食べないものを勧めると少し逡巡した様子を見せたが、直ぐに口へ入れた。

 一度口に入れて味を知った後は、此方から勧めることもなく次も食べるようだ。

 ある程度ユノが食事を終えてから、後を片付けるつもりで余った料理へ手を伸ばす。


 料理は、とても美味い。

 普段は適当に街道などで投げ売りされている黒パンなどを買って、適当に済ませている。

 気が向いたら野菜も買って、かじる程度。

 持ち家もなくふらりと旅立つ可能性を普段から秘めているジークルトには、落ち着いて食事をする機会など殆ど無いに等しいのだ。


 たまに宿に泊まるときなどは、ここの食堂に足を運ぶ。

 しかし安いスープ一つを頼み、持ち込んだ黒パンを浸して食べるのが基本だ。

 手持ちの貨幣などは貴重なのだ、使わずに何とかなるならばそれが何より。


「食べ終わりました」


 ユノが、机に使用していた木彫りのスプーンを置いた。

 予想以上には食べたようだが、まだまだ。

 残った料理の量としては大体三皿分か。

 勿論ジークルトはまだ此れから食べ進めていくつもりだが、少し量が多かったかもしれない。

 残った料理の内、最初に口をつけたあの極悪な辛さの料理もまだ丸々残っている。


「おう、レオノーラが来るまで少し休んでて良いぞ」


 ユノに声をかけながら、辛めの酒にて喉を潤す。

 あの辛い料理は、どの様に食べれば良いのだろうか……頼んだことを少しだけ後悔した。

 せめて酒を甘いものにしておけば……いやいや。

 どちらにしろ、あの皿は最後の敵だ。

 一先ずは回りの料理から取り掛かると決意して、手元に皿を引き寄せる。


「お待たせ、ジークルト」


 背後から、声を掛けられた。


「おう」


 振り返らずに答えると、小さな溜め息と肩を竦める気配がした。

 特に何を言うこともなくレオノーラは、部屋の奥にいるユノの近くまで歩み寄る。

 両手一杯の色とりどりの多種多様なドレスを持って……待て、何でドレスなんだ。


「お待たせ、ユノ。

 いくつかもって来たから、ちょっと着て見せてくれる?」


 部屋の角に置いてある棚へ一度押し込んでから、何着かを器用に抜き取る。

 何と言うか。

 そのどれもがとても華やかで、滑らかで……。


「何でそんな、パーティーにでも行くような服を持ってんだよ」


 明らかに普段着ではない。

 そもそも、宿屋の娘が何故そんな衣服を持っているのか理解に苦しむのだが。


「小さい時に、お母さんが人形とお揃いのドレスを手作りしてくれたの。

 ほら、ユノってお人形みたいに可愛いじゃない? きっと似合うわ」


 鼻唄すら交えながら、レオノーラはユノの前にドレスをあてがっている。


「髪がとても綺麗な白銀だから、清楚な青も鮮やかな黄も穏やかな緑も似合いそう。

 瞳も綺麗な赤だし、何を着ても映えるわね」


 白銀に赤、か。

 ……小柄なのも合間って、小兎みたいだな。


 少し口許が緩むのを自覚しながら、俯き気味に残った料理と格闘する。

 ふと視線を感じて顔をあげると、呆れたようなレオノーラの顔がそこにあった。


「あのね?」


 隣には相変わらず無表情のユノ。


「女の子が着替えるのだから、退室するとかそう言った思考を持ち合わせてほしいものね」

「とは言ってもな……まだ俺、食ってるんだけど」


 後は二皿。

 一つはあの、激辛の料理だ。


「それに……ちょっとこれ、辛過ぎはしないか」


 苦笑いしながら、問題の皿を指差す。

 レオノーラは微笑みながら、答えてきた。


「激辛サービス!」


 どうだ、と言わんばかりのその表情は止めろ。

 店のメニューとしてこの辛さはどうなのか、と心配していたらこれだ。


 要するにこう言うことだろう?

 本来はここまで辛くない料理なのに、迷惑にも彼女は辛さを増し増しサービスしてくれた、と言うことだ。

 ……余計なことしてんじゃねぇよ!


「辛過ぎだよ馬鹿野郎。

 勿体無いけど此れは――」


 申し訳無いが食べきる自信がない。

 そう答えようとして口を開く前に。


 笑顔で目の前まで接近していたレオノーラが、その人差し指を此方の唇へ押し付けてくる。


「駄目ですよ?」


 物凄い輝くような笑顔。


「んぐぁ」


 いや、でも。

 そう答えようにも、口が開かない。

 くぐもった、蛙の鳴き声のような妙な声が漏れた。


 多少荒れているものの、年頃の娘らしく手入れをきちんと行っているらしいレオノーラのしっとりした指が確りと此方の口を塞いでいる。

 色気の欠片もねぇな!


 そのまま彼女は片手で器用に残りの料理を一皿に纏めると、ジークルトに皿を押し付ける。

 ……激辛料理の量が増えた。


「お残しは、許しません。

 外で食べてながら待っていて下さいね」


 笑顔は営業用。

 しかもこれは、店のルールを守らない問題児に向ける笑顔。

 其にしても、過度なサービスのせいで食べられなくなった料理を食べきれとは中々……。

 思わず固まっていると業を煮やしたのか。

 レオノーラに服をぐいぐいと引っ張られて、ジークルトは立たされた。


「はい、殿方は退室なさい」


 見た目より遥かに強い力で猫の子を掴んで捨てるかのように、扉の外に追い出された。


 食堂奥の個室から叩き出されたジークルトへ、無遠慮な視線がこれでもかと刺さる。

 此れでは何の為に、割高の室料まで支払って個室へいたのか解らない。

 背中の扉向こうではレオノーラがきゃっきゃと着せ替え人形遊び……もとい、ユノへ衣服を勧めて着用させている声が聞こえる。


 それで良いのか客商売。


 何のかんのと言ったところでレオノーラの気が済むまではこの、ファッションショーは続くのだろう。

 仕方無しにジークルトはカウンターへ腰かけると、持たされた激辛料理を制覇すべく匙を握った。

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