突然現れると危ないじゃない
「凄く眩しい、どうなっているの?」
直ぐに目を細めて、目の上に庇を作りながら周りを見渡すレオンハルト。
恐らく見えているのは源素なのだから、太陽が眩しいかの様な仕草をされても全く意味はないと思うのだが。
敢えてその感想は飲み込んでからフィアナは、少年の傍に歩み寄ってそっと立ち上がる手助けをしてやる。
まだ回りが良く見えていないらしいレオンハルトはそれでも、ゆっくりと立ち上がってフィアナの顔を見た。
「フィノリアーナ、だよね?
周りが眩しくて目が痛いよ」
「恐らく焦点が合っていないのでしょう。
何処でも構わないので一点を見詰めて、源素に感覚を集中させなさい」
言われてから少し視線を逸らしてレオンハルトはある一点を見詰めた。
徐々に新しい景色に慣れたのか、何度か瞬きをするともう眩しいとは言わなくなった。
興味深そうに辺りを見渡してから一息、大きく息を吐き出す。
「何て綺麗な世界なんだろう、凄いや!」
感嘆の溜息を漏らしてから、続けて言葉を放つ。
「赤、青、黄、緑、それに黒と白!
これが源素の世界なんだね」
はっと、ナタリーの表情が変わった。
はしゃぐレオンハルトを片目に、やれやれと軽く首を左右に振った。
まぁ解りきっていた事なんだけども。
レオンハルトは、リーヴスラシル家の血統だ。
そしてリーヴスラシル家は初代の魔女が紀元に在る。
フィアナが正式血統者である様に、レオンハルトの同じく血統者なのだ。
当然、強大な体内源素容量を有している。
その上で開眼すれば、勿論六色見えるのは当たり前と言えば当たり前なのだ。
レオンハルトは六色見えるという事がどのような事か、どれほど凄いのかという意味を理解していない。
対してナタリーは”才能”や”血統”の意味を正確に把握している。
だからこそあまりそこにはこだわるべきではないと判断して、空気を変えるべくフィアナは口を開いた。
「よし、取り敢えずこれで二人とも無事『開眼』出来たわね。
じゃあ早速術式の勉強に移りましょうか」
一度両手を打ち鳴らして、意識の矛先を変える。
変えた、つもりだった。
けれど、無知とは罪なもので。
「ところでどうして、ナタリーは三色だけなの?」
脱力してしまう。
というよりも、その場に蹲って地面に穴でも掘って逃げ出してしまいたい。
純粋なレオンハルトの問い掛けに、フィアナは一瞬口篭った。
そんな少年の傍に腰を下ろして、にっこりと微笑んでナタリーは言う。
「これがレオンハルト様の優秀さなのですよ。
ナタリー如きでは到底レオンハルト様のいらっしゃる頂には到達出来ないと言う事です。
流石、素晴らしい才能、資質、そして能力です」
その言葉に気を良くしたのか、レオンハルトの疑問は一時的に鳴りを潜める。
返答に困ったフィアナの代わりに、ナタリーは己を下げる事によって話を切り上げた。
そんな彼女が発した台詞はその言葉以上に重く、そして残念ながらフィアナにはどうしても全てを理解出来ない内容でもあった。
しかし折角彼女が話を打ち切ってくれたこの状況を蔑ろにする訳にもいかない。
改めてフィアナは、今度は二度手を打ち鳴らして二人を見た。
「術式の勉強に入りましょう。
けれど、生憎私は古ソルシエ語での術韻しか知らないの。
何かウィセド語を学ぶ為の書物はないのかしら」
そうナタリーに問い掛けると、彼女は考え込みながら言葉を漏らす。
「そうですね……。
一応私が知っている術韻を纏めた物は、いくつか羊皮紙に纏めさせて頂いてレオンハルト様にお渡し致しました。
……当主様がお渡し下さった羊皮紙はとても上質な物で、文字を記すのにとても緊張しました……」
両の肩を抱くように身震いするナタリー。
思わず苦笑してしまった。
確かにロイジウスならば息子の教養の為に、上質な羊皮紙を渡すだろう。
それも特に良い物を渡したに違いない。
恐らくナタリーが想像した金額よりも、少なくとも二ランクは上のものだったのではないだろうか。
――彼女には金額は絶対に言わない方が良いだろう、二度と文字を書かなくなるに違いない。
しかし、成る程。
彼女が知っている術式は、赤と青の二種類だったのだろう。
だからその二色だけを教える事になっていたのだと思う。
けれどそれでは全然、情報としては少な過ぎる。
書物を管理している場所ならば、きちんとした正式なウィセド語の資料などもあるだろうか。
しかし街中の図書館などに術式の書物があるとは到底思えないし。
かと言って、リーヴスラシル家の書庫にある資料とて、古ソルシエ語に関するものだろうし。
どうしたものかと頭を悩ませていると。
唐突に背後に気配を感じた。
(――ッ?!)
振り向きつつ飛びずさろうとした、その腕を掴まれる。
反射的に術式陣を編み源素を流そうとして、焦った様なナタリーの声に寸での所で発動を止めた。
「シャルロッテさん!」
薄い赤茶の髪に落ち着いた微笑を湛え、服装は定番のメイド服。
そんな彼女が一瞬でフィアナの背後を押さえた上に、こちらの動きを制限していた。
「と、唐突に何なの?
突然現れると危ないじゃない、何を考えているの」
掴まれた腕を振り払う。
攻撃しなくて良かった。
そう考えながらも何ともしてやられた感が残り、毒吐く。
「そろそろご用命があるかと思いまして、伺わせて頂きました」
「心臓に悪い登場の仕方は止めて欲しいわね」
「大変失礼致しました。
けれどフィノリアーナ嬢ならば、問題なくご対応頂けると判断しての結果です」
「褒められているのは解ったけれど、今度からは止めなさい」
「左様でございますか、承りました」
そんなフィアナにも動じることなく、彼女――シャルロッテは美しく跪礼し続けた。
「ウィセド語の術式に関する書物がご入用でしょうか」
シャルロッテのその問い掛けに対して、まじまじと彼女を見ることで答えを出してしまったフィアナ。
彼女は淡く微笑み、それから体を少し斜めに向けて道を指し示した。
「禁書などは収めてはおりませんが。
基本的な術式に関する書物ならば、館の書庫にご用意がございます」
何とも用意の良い事だ。
素直に御心のままに走り出すレオンハルトと、それに追従する用に付き従うナタリー。
一度だけちらりと此方をを振り返るナタリーに小さく頷いて先に行くよう伝える。
それから改めてシャルロッテと向き直り、問い掛けた。
「おばあ様が居た時に集められた書物ならば、古ソルシエ語の筈だわ。
その後はリーヴスラシル家からは術式師は出ていない筈。
どうしてウィセド語の書物の用意があるのか、教えて頂けるかしら?」
険呑な視線を向けながら言うフィアナに対して、全く表情を変化させずにシャルロッテは応える。
「イズシェラリス様の血族の方々ならば、何れレオンハルト様の様に術式に興味を持つ方が現れるだろうとは思っておりました」
久し振りに聞いた、曾祖母の名前は染み渡るように頭の中に響いた。
イズシェラリス・フィヨノルニア・リーヴスラシル。
その名前は口頭でしか決して伝えられず、書物などに記される事はない。
理由は知らないが、最愛の妻の名を書物に残す事すらをユンゲニールが嫌がったとも、また別の理由があるのではとも、言われている。
決して名前をそのまま文字として記す事は出来ない決まりが存在し、実際に彼女の墓碑にすら真名は刻まれていない。
墓碑に刻まれた名前は確か『イズシェラリス・ドラシィル』だけだったかと記憶している。
そもそもが彼女の墓碑に人が近付く事すら、曽祖父であるユンゲニールは拒絶して、血族であっても中々対面する事叶わなかった。
「貴女、一体何者なの」
そんな情報を掌握しているシャルロッテに対して、怯えも混じりつつそう問い掛けるフィアナ。
笑みは崩さないままに、さも当然といったように彼女は答えて来た。
「こういった街の酒場には様々な情報が集まるのですよ。
貴女がいらっしゃった事も、既に話は伺っておりました」
にっこりと微笑むシャルロッテ。
その顔を良く見ると、成る程……目元が彼女に良く似ている。
「それであの子、私が此処を訪問する話をした時に怪しく笑っていた訳だわ」
やれやれと。
正にそのような心持ちで、フィアナは大きく溜息を吐いた。




