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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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でも棟梁がこうせぇって言いはるんよ

 ユノは答えない。

 だがその様子で何かを悟ったのか、イヴェニルは髭を撫で付けながら難しい顔をして考え出した。


「此処にあると聞いた。

 あれの所有者は――」

「相、解った。

 暫しお待ち下され」


 尚も言い連ねようとしたユノの言葉を遮り、イヴェニルはそう応える。

 両手に持っていた金床とハンマーを地面に置くと、またよっこいせと呟いて立ち上がった。


「ジークルト、お前も此処で暫し待て。

 お嬢ちゃんの望む物を持ってくるでな、大人しく待て」


 何時に無く真剣な表情でそう言う。

 掌を此方に向けて、そのまま平を下へ。

 その動きに導かれるようにジークルトはその場へ腰を下ろした。


「良い子じゃの」


 仕草に釣られて動いてしまった。

 どうにも幼少より染み込んだ癖は、そうそう抜けてはくれないらしい。

 なんとかの犬じゃないんだから、勘弁してほしいもんだ。


 悪態を吐きつつも、上着を脱いで隣の地面へ敷く。

 その上でユノを手招きしてやり其処を指差すと、少女も大人しく腰を下ろした。


 暫く続く無言。

 基本的にユノから何かを話し掛けてくることは殆ど無い。

 とは言っても、ジークルトも特に話し掛ける事も無い。


 必要な事があれば話すものの、会話の応酬を楽しむという性格ではないのだ。

 無理矢理何か会話を見つけて話しても結局は心に残るわけでもなく、どちらかというと無駄だと思っている。


 しかしまぁ傍から見ると明らかにそれなりの年齢の男と年端も行かぬ少女である。

 そんな二人が黙ってぼうっと視線を彷徨わせているのも中々にシュールだ。


 これってもしかして俺が気を使って話し掛けなければずっと無言な感じ?

 色々疑問に思う事はあるけれど、だからと言ってこんな場所でユノを質問攻めにする訳にはいかない。

 かといってその場を繋ぐ程度の軽い会話のストックが彼にある訳も無かった。


「鋳型って、何の」


 いっそ黙したままイヴェニルを待っても良かったのだが。

 折角なので先程の会話について、確認しておこう。


「ドラシィル家の家紋。

 フィアナが胸元に付けていたもの」


 そう言われて思い出してみる。

 フィアナの豊かな胸元の谷間にあった、繊細であるが複雑な紋様の銀細工。

 果実とか広葉樹とかを表現したものだったはずだ。


「今汝に与えられた果実を以って豊かで在れ。

 元々はドラシィル家は、ある樹林で採取される果物を販売して栄えた家系。

 だから家紋に果実があしらわれている」


 そう説明されて、さらに思い出す。

 果実の周りに広葉樹の葉があり、周りに弦が巻き付いていた。

 だがしかし、あの形状は。


 何だか妙な違和感を感じて、顎に手を当てて考え込む。


 果実を売って栄えた、と言う話だった。

 ならば家紋を作るときに果実を題材として扱ったとしても、何の問題も無いように見える。

 実際に剣の技術のみで名を知らしめた何処かの騎士のお家柄では、当時の先祖が扱っていた武具を主軸にした紋様をあしらっていた。

 また別の代々暗殺者だというお家柄の所では家紋の一部に仕込み針をしており、その内部には致死量の毒が入っているとか。

 もし万が一依頼遂行に失敗した時などに、速やかに自害できるようになっているとかなんとか。


 昔の暗殺者なんてものは、咥内とかに毒を仕込んでいたと言うのにな。

 何と無く胡乱気にその話を聞いていた時、末裔である彼女は焦って弁明していた。


『ちゃうんよ、うちかてそうしたかったんやけど。でも棟梁がこうせぇって言いはるんよ、しゃあなし』


 そう言えば、暗殺者だと言うのに足元が覚束無いやつだった。

 さもありなん。

 棟梁とやらも苦労したのではないだろうか。


 迂闊に咥内への仕込み毒などを許可したら、彼女はうっかり食事の最中にでも噛み砕いて天に召されただろう。

 若しくは――転んだ拍子に、かも知れない。

 はたまた――標的に接近する最中に緊張して、の可能性もある。


 暗殺技能で飯を食っていた家系の末裔の癖に、妙に暢気で注意力が散漫な奴だった。

 しかし技術は超一流と言えた。

 にっこりと満面の笑顔で、標的とすれ違いざまに毒針で一刺し。

 遅効性の毒を使っていた上にその配合や配分も実に見事で、相手は彼女から十分に距離が開いた所で絶命する。


 何度か仕事で顔を合わせた事があるのだが、なんともはや。

 普段の立ち振る舞いとは掛け離れた技術力の高さに舌を巻いた。

 まぁ同時に、あまりの普段の動向からして手を組みたい相手ではない、というか。


 出来ればもう二度と会わない事前提でそっと暗殺家業に精を出していただくか、いっそのことうっかり家紋の仕込み針でお空へ帰ってくれないだろうか。

 暗殺の技術者としてはとても尊敬に値するのだが、人としてはかなり関わりになりたくない。


 そんな事をだらだらと考えていたら、ユノが此方を覗き込んで来ていた。


「ジークルト、どうかした?」


 嗚呼、可愛いなぁ。

 小首を傾げながら大きな目をぱちくりと瞬きして、下から上目遣いで見上げてくる、そんなユノを見て思う。

 美少女って得だよなぁ本当にこれだけ可愛ければ人生に何の障害も無いんじゃなかろうか。

 断じて幼女趣味はないけれど、というか十を超えているならもう幼女じゃないし、全然問題ないんじゃないだろうか?

 フィアナが言うには彼女よりも長く生きているとの事だし実際の年齢はもっと――


「待たせたのぅ」


 のそりとイヴェニルが戻ってきた。


 その手には黄金の何か。

 え、黄金?


 まさかの黄金の登場に、心が逸る。

 鋳型って本来は砂型とか金型が主流じゃないのか?

 そもそも黄金みたいな希少価値の高いものを態々鋳型にしたってのか?


 もったいねぇ。


 心の声が聞こえた訳でもあるまいが、イヴェニルが笑った。


「当時のドラシィル家当主直々の依頼でのぅ。

 鋳型を黄金でとの話があって作ったものじゃ。

 使用目的は家紋の製作のみ、確かに勿体無い話ではあるのぅ」


 そういって更に笑う。


「しかしどうも奴さんにはもっと違う意味での価値を見出しておったようじゃ。

 新しい家紋と、それに見合う価値ある黄金を。

 そういう話だったように記憶しておるよ。

 まぁそれでも――」

「待ってくれ」


 違和感の正体がふとした事で掴めた。

 話を遮られた事には何も言わず、愉快とも思える表情でイヴェニルはジークルトの言葉を待っている。


「"新しい家紋"だと?」


 フィアナの胸元に下がっていた家紋をはっきりと思い出す。

 果実の周りに広葉樹の葉が被さり果実の存在を隠蔽としていた、あの家紋。

 周りに巻き付いて覆い隠していた弦も、必要以上に果実を隠し広葉樹の葉を強調するようであった。


 先程のユノの話からすると、葉よりも果実を強調するようなものでなければならない筈だった。

 家紋とはそもそも、家系や血統などを表す為のものだ。

 果実で財を築いた家系で、その元となった果実を隠すような家紋なんて変だ。


 やはりこちらの問い掛けを解っていたのだろう、顎髭を撫で付けながらイヴェニルが答えた内容は淀みない模範解答とも言えるものだった。


「現当主よりも二代前か、ユンゲニール・レーラズ・ドラシィル伯が、過去の家紋から新しく作り直したものじゃな」

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