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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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また貴方と会えたら嬉しいわ

 心に冷たく重い何かが流し込まれた様な、そんな感覚を覚える。


 その綺麗な顔面に緑の術式を叩き込んで、ずたずたに引き裂いてやろうか。

 それとも全身に黄の術式を流し込んで、体内の要素をぼろぼろに砕いてやろうか。

 もしくは体内から赤の術式を発動させて、塵も残さずぐずぐずに焼き尽くしてやろうか。


 そんな湧き上がる感情を必死で自制して言葉を紡ぐ。


「そ、そんな事は充分に存じているわ。

 つまりは、お前にだって所有権はないと言う事でしょう?

 どの口がそんな事を偉そうに言えるのかしら」


 自制したつもりだったけれど自制出来ていなかった様だ。

 けれどこれくらいは仕方ない、それだけの事をこの人形は言った――そう心に言い訳をする、と。


 ふぅと溜息が漏れ聞こえた。

 合わせてユノが瞳を開く。

 とても鮮やかな"蒼"の瞳が此方を見ていた。


「貴女自身に権利が無い事を理解していながら、相手をも責め立てるのはとても感心出来ることではありませんね」


 そして少し寂しそうに笑う。


「奢り高ぶってはいけません、と。

 常に謙虚でありなさい、と。

 あの子は貴女に教えなかったのでしょうか?」


 ぐらりと世界が揺れた。

 この物言いは、とても祖母に似ている。

 と言うよりもまるで祖母だ、彼女が目前にいるかの様だ。


「お、おばあ、様」


 目を見開いてしまった。

 目の前に居るのは確実にユノなのに、物言いと言い雰囲気が全く違った。

 そんな訳がない、そんな筈がないと何度も思考を巡らせるが、明らかに彼女はユノではない。


 迷いを纏いながら震える声を搾り出しても、彼女は何も表情を変えなかった。

 眉一つ動かさずに瞬きをして――"紅"の瞳で此方を見た。


「どちらにしても、まだフィアナに渡す訳にはいかない。

 全て終わってからそれでも欲しいと言うのなら、その時に渡す」


 そういって現物を目の前に掲げる事もなく、ユノは話を打ち切った。

 思わず何か物申そうかと思ったが、今度こそ思い止まる。

 また空気が変わった。

 先程の彼女とはまた雰囲気が異なる。


 この女性は一体誰なのだろうか。

 人形ではないのか、ユノでもないのか、いやそれともユノなのか?

 疑問は尽きず問い質したい事も山ほどあるが、どうせ答えなど返ってはこないのだ

 ろう。


 ユノに何を言っても無駄だ。


 彼女は人形(マリアーネ)の名の下に、結局は人間ではない。

 そういう存在である彼女に対して、感情のままに何かを要求しても無駄だ。

 そこまで考えて、大きく溜息。それから深呼吸。


「仕方ないわね。

 今しばらくは貴女が所持していると良いわ。

 けれど、無くしたりしたら決して許さない。

 その事だけはしっかりと身に刻み込んでおきなさい」


 僅かに少女が微笑んだのが解った。


「ありがとう、フィアナ」

人形(マリアーネ)如きに感謝される謂れはありません。

 それにフィアナと呼ばないでと言っているでしょう?」

「ありがとう、フィノリアーナ」

「……もう結構よ」


 会話を打ち切って、やれやれと胸を撫で下ろす。


 もし少女と二人きりであったのなら、遠慮無しに術式でも叩き込んでいたかも知れない。

 そういう意味ではジークルトとレオノーラが同室に居たのは良い事なのだろう。

 一触即発な雰囲気に相対しても特に何も言わずに見守ってくれていた。


 知り合ってまだ日数は殆ど経過していないが、この二人の包み込むような温かさはフィアナにとって貴重だった。

 寄り掛かったり甘えようと言う気持ちになる訳ではないのだが、温もりを感じてしまうのは本能かも知れない。


 心配を掛ける訳にはいかない。

 二人がその身に纏う雰囲気は、不思議とそう思わせる。

 反射的に二人に向き直り一礼する。


「ごめんなさい、心配をかけさせてしまったかしら」

「お客様が無事ならば何も問題のない事ですよ」

「人の事情を問い質すつもりはないが、無茶だけはしないでくれよ」

「……ありがとう」


 手遅れだったようだ。


 しかし、純粋に我が身を案じてくれる人など、久し振りに出逢った。

 先程感じた冷たく重い何かなど、とっくに何処かへ消えてしまった。

 胸中をほっこりと暖めるようなこの優しさに、思わず涙が零れそうになる。


 目を擦るように一旦顔を隠して涙を拭い、改めて顔を上げる。


「修道院の物はユノ、貴女に譲ります。

 けれど私も思い出したの、この街についてのお話をね」

「もしかして私の目的にも気付いた?」


 珍しく伺う様に上目遣いで様子を伺ってくる。

 ――実は半分以上口から出任せを言ったのだけど、こういう反応を示してくると言う事は何かあるのか。

 口元に浮かべた笑みを隠そうともせずに、フィアナは続けた。


「勿論だわ、だから私も動こうと思っているの。

 悪いけれど本気の私は、貴女如きでは止められないわ」


 両腕を横に広げて術式陣を展開する。

 その陣に呼応するようにベッドの足元に置かれていた荷物が反応する。

 術式陣に緑の源素を流し込むと、呼応して荷物が宙に浮いて空を跳ぶ。


 軽い音を立てて、フィアナの両腕の中に荷物が上手に納まった。


 その荷物の中から、子供の拳程度の大きさの髪飾りを取り出してベッドの上に置く。

 土台となっているのは銀。更に金剛石と黒曜石を中央に配置し、周りに紅玉、翠玉、青玉、黄玉、が設えてある物だった。


「ごめんなさいね、レオノーラ。

 宿代なのだけど、手持ちがなくて……これで足りるかしら」


 遠目からその髪飾りを見て、レオノーラが息を呑んだのが解った。

 複雑そうな表情をして彼女は続ける。


「フィノリアーナ嬢……流石にそれは」

「言わないで。

 勿論解っているわ、これでは多過ぎるし恐らくは換金も出来ないでしょう。

 けれど本当に申し訳ないのだけれど、今は手持ちが無いの。

 貨幣でなければならないならば近いうちに必ず。

 もし許容して頂けるのなら、一先ずはこれでお願い出来ないかしら」

「……そうですね、ならば一旦そちらをお預かり致しますね。

 もし貨幣でのお支払いが可能となりましたら、その時にお返しさせて頂く事にしますね」

「ありがとうレオノーラ。

 もしその時には、贈り物として貴女へお渡しするわね」


 苦笑を隠そうともせずに、レオノーラは跪礼した。


 次にフィアナは荷物から一振りの短剣を取り出す。

 柄には金での美しい鳥を模した装飾が設えてある。

 手の上で軽く手遊びをしてから、ジークルトに声を掛けた。


「ジークルト!」

「あん? ――うおぁッ?!」


 無造作に短剣を投げ付けた。

 一応は鞘から抜けない様にはなっているのだが、それでも切っ先が自分目掛けて素っ飛んで来るのは恐ろしかったようだ。

 心の中で手を合わせてほんのちょっぴり、少しだけ詫びておく。

 丁度鞘さえなければ白羽取りの様な体勢で短剣を受け止めたジークルトは、間抜けな顔で口を開けたまま言葉もないようだ。


「お、おまッ?! 何考えて、おいお前フィアナ!!」

「叫ばないで頂戴、聞こえているわ」

「聞こえているとかいないとかそういうちゃちぃ話じゃないだろこれ!

 鞘が抜けなかったから良いものの、抜けたらどうするつもりだったんだよお前ぇ?!」

「五月蝿いわね、良く見なさい。

 ちゃんと細い鎖が付いているでしょう? 抜けて顔面にぶすっなんて事にはならないわ、残念ながら」


 言われて恐々と短剣を確認するジークルト。

 柄の部分から鞘にかけて、細いがしっかりとした金の鎖が四重に巻かれている。

 それを確認してほっとした表情を作るが、それも束の間。


「……『残念ながら』だとぉ」


 そう言って睨み付けて来るその表情がなんだか愉快で、思わず噴出してしまった。

 そんなフィアナに何か物言いたげにしていたジークルトだったが、何かを悟ったのか諦めたように大きく溜息を吐く。


「で、俺はこれをどうすれば?」

「持っていて。

 でも大切に扱ってね、それは私用に設えられた大切な懐刀なの。

 しかも高度な紋様術式が刻み込まれているから、正直紛失でもしようものなら」


 そこでゆっくりと親指をフィアナ自身に向け、首を掻っ切る所作をあえて見せ付ける。


「残念だけど普通の人間には償い切れない程の大損害よ」

「何でそんなもの渡すんだよ」

「持っていて欲しいから」


 素直にそう返す。


「ジークルト、貴方に持っていて欲しい。

 私はこれからする事があるけれど、また貴方と会えたら嬉しいわ」


 少し微笑んで見せた。

 ジークルトは怪訝そうに見てくるが、あえてそれ以上何も言わずに窓際へ移動する。

 宿の二階の為そう高くは無いので靴を撫でて紋章術式を発動させる。

 足元にある水の源素が凍り、その下を緑の源素が風になって支え、黒の源素が重力を緩和する。

 荷物を片手に窓から外へ出てから、窓枠から室内を覗き込む様に顔を覗かせる。


 表情を消して此方を伺うユノとにっこりと笑顔で見送ってくれるレオノーラに、ひらひらと手を振る。


「では、失礼するわね」


 相変わらず少しむすっとして怒っている様なジークルトには、軽くウインクしてから挨拶を終える。

 彼に言う事は決まっていたが、あえて言葉にはせずに唇だけを動かした。


 少したじろいだ様な顔をしていたので、こちらの言葉はきちんと伝わったのだろう。

 思わず零れる笑みを隠そうともせずに、フィアナは空へと歩み出した。


 伝える事は決まっていた。

 この状況で彼に伝える事はこれしかないだろう――。



『またね、ジークルト』


 そう伝えて、フィアナは一時的に彼の元を去った。

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