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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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些細な冗談、笑って流して下さいな

「身体の不自由はない?」


 術式発動での感触上は問題ない筈だが、念の為に確認する。

 ジークルトは握ったままだった短剣を上着の下のホルターに収め、手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。


 問題ないと判断したのか、太く長い溜息を吐き出してから頭を垂れた。


「ありがとう、助かったよフィアナ。

 もう完全に自分の腕とおさらばかなーと、思っちまってた。

 腕が無くなる事自体は常に覚悟の上だが……まさかの術式での壊死とかは勘弁してくれって感じだな」


「まぁぞっとしない話よね。

 あのままだったら、そのうち腕の感覚も無くなって内部で肉が腐ったでしょう。

 ぐずぐずになった肉では氷や短剣を繋ぎ止めて置く事が出来なくなって、下手したらそのまま腐り落ちる様をゆっくりと眺められたかも知れないものね」


 にっこり笑って言ってやると、げんなりした表情で返答された。


「だから、そういうこと言うなよな……」


 これくらいの些細な冗談、笑って流して下さいな。

 そんな無茶振りを胸中で行う。


 ――ところで。


「聞きたかった事があるの」


 膝を曲げて両手で脚を引き寄せ、膝小僧の上に顎を乗せたままジークルトを見上げる。

 少し上目遣いに見つめてから言葉を続けた。


「貴方、術式が"視えて"いるの?」

「……どういうことだ?」

「私達術式師が扱う術式陣や源素が、視えているような素振りをしたわ」


 最初の会合の後に悪戯を仕掛けるつもりで、黄の源素を乗せた術式陣を展開した時の事を考える。

 あの時と同じ術式陣をさっと組み上げてみると、ジークルトの目が明らかにそちらを見やる。


「だからやめろって――」

「やっぱり"視えて"いるのね」


 あの時と同じ様に、ジークルトの身体を紫の源素が淡く包むのを確認して、そう告げる。

 術式師は基本的に源素は視えるし術式陣なども当然視て確認する。

 しかし術式師以外は見えることを相手に悟られない事で、術式師を撹乱する事が出来る。


 つまり、ジークルトも実は視えているのに隠しているのではないだろうか。


「この靄の事か?」


 きょとんとした表情で、そう返された。


 その顔面に思いっ切り氷の塊でも命中させてやろうかしら。

 反射的に青の術式陣を組み立てるが――思い止まる。


「靄が見えるの?」

「ああ、薄ぼんやりとだけども。

 お前があの男と術式を打ち合っていた時も見えた。

 これが、術式か?」

「違うわ」


 即座に否定を返すと、何か言いた気にユノが此方を見て来ている。


「えぇと……違わないわ」

「どっちだよ?!」

「五月蝿いわね、少し待って頂戴な。

 ……おそらく貴方が見えているのは、源素だと思う。

 術式は展開する時に術式陣に源素を流し込んで、発動させるの。

 見えているのは恐らく、その源素じゃないかしら」

「ふぅん?

 違いが良く解らないな」

「仕方ないわね、折角だし教えてあげるわ」


 腕を伸ばし掌を下に向け……指先だけくいくいと動かして呼んでみる。

 不承不承ではあったが、ジークルトは素直にフィアナに従った。

 フィアナが座っているベッドの端まで近寄ると、彼女は指をレオノーラに向けた。


「私に背を向けて、レオノーラを視て御覧なさい」


 その言葉にレオノーラは妖艶に微笑んで見せた。

 服の胸元をちらりと見せようとしてくるのは彼女なりの茶目っ気だろうか?

 何と無く集中が切れるので止めて欲しいと思う。


 素直に従うジークルトの両肩を掴んで、引き寄せ――られなかったので、仕方なく此方から彼の首もとに顔をうずめた。

 少しだけ動揺するジークルトに苦笑しながら、術式の展開に入る。

 掌よりも小さなサイズの術式陣を編み上げて、そこに白の源素を流す。

 更にそこからジークルトの目へ繋がる想像を以て彼の瞳を意識する。


「クミーフト・ユオース・エィガ・ロゥン」


 術詞を唱え終わると同時に、小さく息を呑む音が聞こえた。


「……靄に色が付いた」

「そう、それが源素。

 レオノーラの中にはどの色がある?」


 じっくりとジークルトがレオノーラを観察している気配がする。

 残念ながらフィアナは彼の首もとに額を押し付けているので、窺い知る事は出来ない。


「黄と、緑、かな」

「と言う事は、レオノーラは黄と緑の体内源素を所有しているという事。

 因みに私は赤が強く、黄と黒の源素も内包しているわ」

「赤が強い?」

「源素は基本的に六色。

 全てに精通する術式師であっても得意分野というものはあるの。

 全色を満遍なく最強最高の強さで放てる人間はそうそういないわ。

 大抵はどれかの色が一番強くて、術式師はその色を愛する。

 術式師と戦う時は相手を観察すると良いわよ。

 ……結構、衣服とか装飾に対応する色を使っている」


 感嘆の溜息が聞こえた。

 納得して頂けた様で何より。


「アレッサも、赤ね。

 ただあいつは好んで黒の術式陣を使うわ。

 黒は重力とか、そういったものが多い」


 最後に使われた拘束も、重力を使ったものだった。

 黒い影は重力を纏って身体を締め上げる。

 敗北を思い出して、奥歯をぎりと噛み締めてから一息ついた。


 眼についての説明はこんなもので良いか、と思うフィアナの視界にあるものが映った。

 それは此方を伺って――薄く口元だけで微笑んでいる。

 いや、笑っているように見えるのは単純に付き合いが長いからだろう。

 恐らく他の誰が見ても、あれは笑っているようには見えないに違いない。


 そう考えて、やれやれと胸中で肩を竦めた。

 目的を見失うつもりはないが、どうにも気が緩む。

 眼を解除しようとしていたのを一旦取り止めて、話を続ける事にした。


 折角なのでもう一つの話もしておこう、と考えて。


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