街中で人間に対して術式をぶっぱなす男
「なっ?!」
ジークルトは驚いて思わず声をあげた。
しかしそれは、男も同じだったようだ。
しかも男は不運にも、そしてジークルトにとっては幸運にも。
接近している途中だった男は、炎の壁に巻き込まれた。
やばい、と焦るが――如何せん、ジークルトには何も出来ない。
何せ彼こそ炎中なのだ。
助けようと手を伸ばそうにも、何をしようにも相手との間には炎の壁が立ち塞がっている。
炎の壁は轟々と燃え盛っていて、中心部に立っていると熱い。
しかしその熱で腕の氷も溶けるか……? と、確認してみたが。
腕の氷は水滴すら滴らなかった。
これは困った……何時までこのままなのだろうか。
そんなことを暢気に考えながら、男の様子を伺う。
炎に巻き込まれて燃え移ったかと思ったが、何とか無事なようだ。
その姿を見て何とも無しにほっと胸を撫で下ろした。
流石に人体が焼けるところなど、そうそう見たいとは思わない。
炎中より様子をうかがうと、男は舌打ちしながら短剣を三本とも腰に吊り下げた。
表情は窺い知れないが……何と無く、焦っているようにも見える。
(何を……焦っている?)
胸中で首をかしげていると、頭上から声が聞こえてきた。
何か、良くない既視感。
「貴方達、こんな街中で一体何を馬鹿なことをしているのかしら」
硝子に入った罅のように、壁に入った亀裂のように。
そう、闘いの場であった空気を割り砕く様な冷ややかな声がした。
声の距離で解る、また真上だ。
ジークルトは前を向いたまま身動ぎせずに声を聞いていた。
「街中で暴れて、迷惑だと思わないの?」
「うひゃあ?!」
また頭上にいると思っていたから、油断した。
べったりと背中にくっついて来ながら耳元で囁くように、言葉と息を吹き掛けられた。
耳に届く生暖かくも確りと体温を感じる吐息。
背中に当たる弾力のある二つの――
「俺は喧嘩を売られただけで!」
「解ってるわよ、それくらい。
だって見てたもの」
首だけで後ろを振り向こうとすると、何故か掌底が飛んできた。
痛い……と言うより、見ていたとはどういうことだ。
と考えて、思い当たる。
この炎の壁はどうやら、彼女が発現させた様だった。
付き出された手首を掴み彼女の身体を抱き止めるように、向き直る。
フィアナはにっこりと微笑んで見せた。
「感謝なさい」
物凄く高圧的に言われてしまった。
素直に感謝出来ないような気持ちになったが、それはそれ。
「助かったよ」
素直に礼を述べるとフィアナは笑みを深くする。
此方の肩をぽんぽんと二度叩くと、さっと手を横に薙いだ。
それだけで炎の壁は瞬間掻き消えて、辺りの熱も収まった。
涼しい風が頬を撫でて汗の滲んだ肌を冷やしてくれる。
やれやれと溜め息を吐く。
それからフィアナの顔を見て――ぎょっとした。
怒っている。
長い睫毛に縁取られた瞳は細められて瞳に光が写っていない。
先程笑っていたのが嘘のように、彼女は剣呑な表情をしていた。
まさか自分に怒っているのかと警戒してみるが、その様な感じではない。
それよりも、ジークルトの後ろを睨みつけるように――
「お嬢さん、ご無沙汰しておりますねぇ」
嗚呼、折角存在を忘れていたのに。
多少うんざりしながら、背後を窺った。
赤黒い髪を片手でかき揚げながら男は口を開いていた。
「しかしこの様な何の役にも立ちそうにない男をお近くに置かれるとは。
御呼びいただければ何時でも、俺が貴女をお守りしますよ?」
人が変わったかの様に、にこやかに男はフィアナへ歩み寄った。
もしかしてと思ったが、やはり関係者か。
何とも言えぬ心持ちで二人を見る。
そんな相手を胡散臭いものでも見るかのように眺めるフィアナ。
「街中で人間に対して、術式をぶっぱなす男に頼むことなんて何もないわ」
吐き捨てるように言う姿を見て、思う。
フィアナは決して破天荒で無茶をするタイプの術式師ではない。
勿論使う術式の規模は大きく、慣れていないと恐怖を感じることも有るだろう。
しかし彼女自身は可能な限り回りに被害がでないように動く上に、本当に力のある術式師なのか、周りに何か被害を出すこともない。
初めてあったときも今も、誰かを傷付けようとはしていなかった。
術式は使っていたが、あの使い方はユノへの牽制。
本当に傷付けるつもりなんて、無かったのではないかと……そう思うようなレベルでの使い方であった。
そして今の術式もジークルトが無理に外に出ようとしたり、男が無理矢理突破してくるようであれば大きな被害が出ただろうが、そうはならなかった。
「何しに来たの、アレッサ」
腰に両腕を当てて呆れた様に男に話しかけたフィアナ。
……って、知り合いなの? え、これと?
思わず何か言いそうになるが、少し黙して二人の話を聞いてみる。
「やだなぁ、お嬢さんが心配で見に来たに決まって――」
言い終わる前にフィアナがつかつかと歩み寄り。
盛大に濁音を轟かせて、男の頬を張った。
「迷惑よ」
「いてぇ……。
いきなり酷いですよぉ、お嬢さん?」
「五月蠅いわよ。
どうせお父様が何か言ったんでしょう?
直ぐに戻って、私の事は放って置いてと伝えなさい」
ぶぅとむくれてみせるアレッサ。
赤黒い毛先を指先で弄りながら唇を尖らせている。
……女がやってると可愛いかもだけど、男がやっていると腹立たしいなぁこれ。
「街中で一般人への迷惑も考えずに術式をぶっ放すなんて、術式師として恥だと知りなさい」
嗚呼、やっぱり。
フィアナは基本的には術式で人を傷付けようとはしていないらしい。
優しいのか甘いのか――少なくとも傍から受ける印象よりはずっと優しく甘く、女の子らしいのだろう。
「ちぇ。
相変わらずでっろでろに甘いんですねぇ、お嬢さん。
そんなことだから」
其処まで言うとアレッサは、自分の眼鏡を外してジャケットの内ポケットにしまった。
暫く俯いていたかと思うと――周りに一瞬だけ何かの靄が見える。
何か不穏な空気を感じてジークルトはフィアナへ呼び掛けた。
「フィアナ!」
「……アレッサ」
しかし彼女は男を見詰めたまま、静かに怒りを蓄積させているようだった。
「あーんな人形ごときに、愛しのおじいさまを取られてしまうんでしょう?」
ぴくっとフィアナが震えた、ような気がした。
恐る恐る彼女に後ろから近付いて顔を覗き込もうとすると、がしっと頭を捕まれた。
「お前、死にたいようね」
フィアナの顔が見えない。
けれど、おそらく見たら逃げたくなる様な表情をしているのだろう。
……見えなくて良かった。
何とはなしにそう胸中で独白する。




