プロローグ
一番初めに目に飛び込んできたのは、全裸の少女だった。
陶器の様に白く滑らかな肌。
絹を思わせる白銀の艶やかな髪。
深く鮮やかな宝石よりも輝く紅玉の瞳。
肩までの長さの髪が少し顔にかかっている。
表情は淡々としており、感情は一切読み取ることが出来ない。
はっきりとした発色をしている訳ではない筈なのに、とても鮮やかに映るその桃色の唇。
身体付きはとても華奢で、のどから肩へかけてのラインはなだらかで繊細だ。
まだ成長の余地を充分感じさせる小振りの胸を惜しげもなく晒し、幼いながらも女性らしさを充分に感じられる腰の括れ。
無駄な贅肉など付いていないことが一目でわかり、健康的とも病的とも言えぬしなやかな肢体。すらりと伸びた両脚。そしてその脚の付け根の――
「――何か」
反射的に顔を背けた。
通常発揮できる以上の素早さを以ってして動かしたため、首からぐきりと嫌な音が聞こえる。
痛い、物凄く痛い。先月寝違えた時よりもはるかに痛い。
「何か用ですか」
淡々と、声が掛けられる。
それはともかく、顔を戻すに戻せない。
いや、既に弁明などできない程にしっかりくっきりと視てしまっていたのだった。
取り敢えず話しかけられているのだからと、申し訳程度に片手で目の上に庇を作りながら顔を前に向けた。
……あ、首が更に痛い。
相変わらず全裸の少女。
一切その裸体を隠そうとはしない。
眼福ではあるのだが、残念ながら興味の対象外……の、筈だ。
「と、取り敢えずこれでも羽織ってくれ」
少女は一切恥ずかしがらないがこちらがこれ以上はもたない。
決して女性が嫌いな訳ではないし、寧ろ見ていて良いと言うのならばずっと見続けていたいほど綺麗な肢体だと思う。
でもこれ以上は……何というか、ねぇ。
肩に引っ掛けていた外套を外して前へ投げる。
何か言われるかと思ったが、少女は大人しく外套を拾い上げその肢体へ纏ったようだ。
有難いけど……ちょっとだけ勿体無ぇ。
悲しいのか嬉しいのか複雑な気分になりながら、やっと少女に向き合うことが出来た。
同時に思わずぽかんと阿呆みたいに口を開けてしまった。
「その後ろ、一体何なんだ」
少女の後ろに人が転がっていた。
それも一人ではなく見えるだけでも数人。どう見てもまともな人種には見えない。
衣服や装飾もそうだが、肉体に傷痕があったり薄汚れた顔だったりとお世辞にも良いとは言えない容姿。
少女はそれらを一瞥すると、淡々と答えた。
「男です」
「見れば解るからね? 俺が聞いているのはそういう事じゃないからね?」
「少女を暴行しようとしていた男達です」
「それって大変な話じゃないの?! なんでそんな平然としてんの?!」
「少女は無事逃げました」
あまりに淡々と答えてくるものだから、一瞬理解が遅れた。
少女は表情を変えないので、思考は読み取ることが出来ない。
けれどしっかりと地面を踏み締めているし特に何か身体に傷を負った風にも見えない。
どちらかというと、少女の後ろに転がっている質の悪い男達の方に負傷者が多く感じる。
そこまで考えてから、改めて少女の発言を脳内で反芻する。
つまり、何だ?
この少女以外にも、もう一人居たと言う事だろうか。
……それにしてもどうしてここまで抑揚なく話せるのだろう。
しかし全裸だったのはどういうわけなのか。
疑問点を解消する為に会話をしている筈なのに、疑問点が枝葉の様に広がっていくばかりだ。
幼子を相手にするとどうしても会話が成り立たない、と言う事がままあるのだが。
それとはまた違った妙な空気でもあった。
「何で全裸なんだ?」
「脱ぐように指示されました」
「だから何で?! 何で脱いじゃうの?!」
反射的に叫んでしまった。
全く会話になっていない。
そもそも会話を成り立たせようという意思が、少女にないのかも知れない。
「整理します」
ぽつりと少女が呟いた。
思わず軽く安堵する。
少女も会話が成り立っていない事を理解している、様だ。
「少女を男が暴行しようとしていました。私は少女を逃がしました。男が楽しい事を教えようと言って、服を脱ぐよう指示してきました。その後で私に暴行しようとしてきたので、倒しました。これがその結果です」
反射的に突っ込みそうになったが、海より深い自制心で押し留める。
どうせここでおかしな所を指摘しても、先程の様に会話にならないやり取りが繰り返されるだけだ。
何で男に言われるまま衣服を脱ぐのか、とか……楽しい事自体がそもそも暴行と繋がっているのではという事、とか……男達が明らかに起きているのに動こうとしない所、とか。
……しかも妙に異臭がすると思ったら、何人かどうやら小便漏らしてやがる。
この場所、少し街道から外れた裏路地では基本的に異臭がするものだから気付かなかった。
大の大人が十数人、揃いも揃ってなんともはや。
やれやれ。
何とも言えない疲労を感じながら、取り敢えず表情一つ変えない少女に話し掛ける。
「状況は良く解った」
「それは何よりです」
「あー……、出来ればもう少し話を聞きたいんだが。
ちょっとついて来てくれないか?」
「解りました」
少女は躊躇いなく、こちらへ歩み寄って来た。
この妙な警戒心の無さが、不気味だ。
しかし明らかに日常の中の異質。
踵を返し歩き出すと、ゆっくりと付いて来る少女。
軽い足音を耳で捕らえながらちらりと様子を伺うと、少女と視線がぶつかる。
眉一つ動かさない彼女の紅玉の瞳は、何の光も宿してはいなかった。
また変わった拾い物をしてしまったかなぁ。
胸中で独り言ちると、取り敢えず行きつけの宿へ向かう事とした。
アプリを開発して遊ぼうと思った時、頭に浮かんだのがこの少女でした。
どうにも未熟で拙くはありますが、どうしても彼女に命を吹き込みたくなったため文字を綴り始めた次第です。
生暖かい目で見守って頂ければ恐悦至極でございます。