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Mesia-メシア-

作者: シュロしん
掲載日:2014/06/17

 午前7時。私はマスターを起こしに行きます。毎日行う、いつもの行動。それは私の体内時計が狂わぬ限り1秒の狂いもなく行われます。私のメモリの中に「7:00マスターを起こす」とインプットされているのですから、いかがしてそれを狂わせることができるのでしょうか。


 私はRX-200。通称メシア。マスターである博士が製造したアンドロイドです。体長156cm、体重48kg。メモリは18テラバイトで、主に家事を行いマスターの日常生活をサポートするのが私の役目です。

 論理的に解いて、高確率で私はマスターの最高傑作といえるでしょう。複雑なプログラミング、細かい設計。どのマスターの作品を見ても、これらの面において私に勝るものはありません。私は限りなく人間に近いロボット、「機械よりの人間」といっても過言ではないはずなのです。

 ですが、マスターは私を自慢したことは一度もないのです。私が記憶している偉大な科学者は、(論理的な推測に過ぎませんが)私みたいなアンドロイドを製造したら声を大きくして自慢するでしょう。ですが、マスターは私を自慢するどころか、この世から隠そうとしている節が見られます。「瞬間目玉焼き製造機」や「絶対に熱を外部に放出しない繊維」は学会で嬉しそうに発表しているらしいのですが、私のことは、一度も口にしたことはないのだそうです。

 これは、私が彼らより劣っているということなのでしょうか。マスターに尋ねてみると、そう思うことが「嫉妬」という人間の感情なのだそうです。私はメモリに「嫉妬」とインプットしました。


 マスターの部屋には、鏡がありません。バスルームにも、洗面台にも。マスターはいつも愛用の手鏡を持ち歩いて、それで身だしなみを整えます。私はこの部屋から外出することを固く禁じられていますので、自分の姿というものを見たことがありません。かろうじて手足は見えますので、人型アンドロイドだということは認識できるのですが。






 それは11月21日のことです。マスターは外出し、私は部屋を片付けていました。机の上にはマスターが新たな発明に使う金属部品が無造作に置いていました。それらの部品は一つでもなくなると発明に支障をきたすゆえ、私は触れるのを固く禁じられています。

 それらの部品を見ながら、私はマスターが何を創るのか考えます。その思考的計算を解くことにより、マスターのお役に立つことができると考えたためです。しかし、その計算を解くことはできませんでした。『創造』は人間のみが持つ能力です。私は『製造』は実行できても『創造』を実行することはできません。


 その机に置かれた金属部品の中に、一枚の金属板がありました。その金属板はとても丁寧に磨かれていて、電灯の光を反射して輝いていました。

 私が机を通り過ぎようとしたとき、ふとその金属板に見知らぬ人影が映りました。この部屋からは生体反応は確認できないのです。私以外の存在はいないはずなのです。

 金属板を深々と覗き込みます。そこには、人間の女性の顔が映っていました。論理的に考えて、私の顔なのでしょう。他には誰もいないのですから。

 しかし、理解できません。ここまで精巧に人間の顔を製造する技術などないはずです。唯一考えられるのは(それでも可能性は限りなく低いのですが)・・・


 私は、人間なのでしょうか。


 この事実は、私のメモリにインプットされませんでした。論理が破綻している情報や私の存在意義を侵す情報はメモリに多大な負荷をかけるため、記憶しないよう設定されているのです。






「マスター、質問があります」


 マスターは椅子に座ってコーヒーを飲みながら発明の設計図を書いています。


「どうした、メシア? 故障か?」


「いえ、違います。質問があります」


「何だ」


「今日、自分の外見というものを認識しました。私は人間なのですか」


 私はそのように直接マスターに尋ねました。人間はもっと「遠まわし」に尋ねる技法を持っているらしいのですが、残念ながら私にはインプットされていません。

 私の言葉に博士は顔を強張らせ、カップの中のコーヒーが波を立てて揺れていました。


「・・・お前はアンドロイドだ。人間はもっと感情的にものごとを考えられる」


「理解しました。ですが、マスターが提示した答えだと『アンドロイドである私の外見が人間と酷似している』という問題が解決できません。これは私の存在意義に関わる問題のため、解決を求めます」


 マスターはカップを机の上に置きました。中のコーヒーが揺れているため、コーヒーの香ばしい香りが広がっていく様を、嗅覚から感じます。


「・・・知らなければいいこともある」


「この提示は、私のAIでは認識できません。別の解決を求めます」


「・・・私にはわからぬ!」


 マスターはドンッと机を強く叩きました。コーヒーカップが倒れ、設計図が黒く濡れてしまいました。

 このマスターの行動は「八つ当たり」と私のメモリでは認識されています。人間が怒りの感情を感じてなおその原因へ対抗できないとき、全く関わりのない第三者を攻撃する行動です。では、マスターは私に対して怒っているのでしょうか。これ以上の追求は問題の解決には繋がらないと認識します。


「マスターではこの問題を解決することができないため、今ここでこの問題を提示するのは無意味と認識します。なお、私の作業内容に属するものが発生したため、そちらに移行します」


 私はすぐに雑巾を手にして、こぼれてしまったコーヒーを処理しました。


「・・・メシア。お前に真実を伝えても、その本質までは理解できないか」


 マスターは突然笑い始めて、それが済むと「もう疲れた」と呟きました。

 私は、その行動が不可解でなりませんでした。これも、人間特有の行動原理なのでしょうか。

 マスターは机を拭く私に突然抱きつき、私の耳元に震えた声でささやきました。


「メシア。私の愛しき人。お前は『元』人間だ」


 私が『元』人間・・・理解できません。その情報をそのまま受け入れるのは、負荷が大きすぎます。


「その提示は破綻しているため、インプットできません」


「いいから黙って聞け。暗記でもいいから覚えろ」


「了解しました」


 私に抱きついているマスターは、震えていました。マスターの低い声に、嗚咽が混じっているのがわかります。これらの現象から、マスターは泣いているのでしょう。

 しかし、マスターが泣く理由が推測できない以上、私はマスターに言葉をかけることはできません。淡々と、マスターの口にすることを聴くだけです


「お前はもともと人間で、私の恋人だった。美しくていい女性だった。お前もロボット工学を専攻していて、私の発明にいつも手を貸してくれていた。仕事の日も休日もいつも一緒で、私はお前と一緒に入れて幸せだった」


「では、何故私はアンドロイドに」


「生物からアンドロイドを創る研究をお前はやりたがってた。それは非人道的なものだから、私は反対していたのだ。ところがお前は私の忠告を聞かずに研究を続け、結果が出なくて焦っていたんだろう・・・自分がアンドロイドになると言い出した」


 ギュッと、私を抱きしめるマスターの力が強くなりました。それは、痛みすら感じるほどです。


「お前にアンドロイド化の手術をしたのは、メシアを止められなかった私だ」


 それで、私が生まれた。ですから、私はこんなにも人間に酷似しているのですか。

 いえ、生物学的分類上は人間なのでしょう。私は、「機械よりの人間」です。


「マスターは、後悔しているのですか」


 私は尋ねました。


「お前は、後悔という感情がわかるのか?」


「いえ、その感情がどのようなことを考えるのかはわかりません。ですが、行動を分析した結果マスターは後悔している可能性が高いです」


「・・・お前には何もわからない。論理的な思考しか持ち合わせていないのだから」


 マスターの嗚咽は、はっきりと聞こえるものになりました。

 私は、わからなければいけないのでしょうか。マスターの感情を理解し得ないとこの問題に介入できないのでしょうか。これは、私の問題ではないのでしょうか。

 感情を持つというのは、つらいことのようです。マスターを見て、そう理解しました。ですが、感情を持たない私は幸せなのでしょうか。その問いに関しての、答えを私は記憶していません。






 翌朝、11月22日の午前7時のことです。私はいつものようにマスターを起こしに行きます。マスターは普段と変わらず、安らかに眠っていました。

 しかしふと、いつもと違うことに気がつきました。生体反応が確認できないのです。視界では、目の前にマスターが存在していると確認できるのですが、やはり生体反応が確認できません。聴覚でも、呼吸をするかすかな息遣いも聴こえてこないのです。

 床に睡眠薬のビンが転がっていました。推測ですが、マスターはこの睡眠薬で自ら命を絶ったのでしょう。

 ですが、私はマスターを起こします。AIではマスターが死んだ事実を理解しているのですが、マスター死後の対応はメモリにインプットされていません。

 マスターの身体を揺すります。普段ならそれで起きてくださるのですが、死亡しているため反応はありません。それでも私はマスターを起こします。私のメモリの中に「7:00マスターを起こす」とインプットされているのですから、いかがしてそれを狂わせることができるのでしょうか。


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