表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勝負のとき  作者: eight
5/6

会議室は4人しかいないのに熱気で蒸し暑かった。その会議室を一番に出た滝沢栄治は歩調を速め自転車置き場に向かった。

まさか、昨日『海屋』で大久保優士が言っていることが現実に起こるとは思っていなかった。優士が切り出した話、連合チーム。今日の夕方6時を過ぎた時、学校の会議室に延岡南高校野球部の3人である栄治、優士、広岡修が集合した。そこで、野球部の監督である高倉宗平から、統廃合で廃部になる北方、延岡北、延岡南の連合チームを日本高校野球連盟が認めたことを伝えられた。

 また、野球ができる。興奮を抑え切れなかった栄治は話が終わるとすぐに教室を後にしたのだった。

 このことを一番に伝えたい人がいる。祖母の滝沢絹代だ。野球をやっていなかった一年、とても迷惑をかけた。栄治を確かに成長させてくれた。

 なりふりかまわず自転車を精一杯漕ぐ。緑で覆われた田んぼが一瞬のうちに後ろに遠ざかる。一軒の平屋の庭に自転車を止め、家に駆け込んだ。

「ただいま。」嬉しさのあまり言葉がうわずってしまった。

「おかえり、栄治お風呂はいっちゃいないさい。」

 台所で鍋をかき混ぜていた絹代は振り向いて言った。

「いや、そんなことよりばあちゃん、俺また野球できるんだ。甲子園に挑戦できるんだよ。」

「ほんとか?なんでお前が出れると?野球部なくなるって。」

 手を止めた絹代は方言で言った。

「高野連が連合チームを認めてくれたんだ。近くの2校と合同チームだけど、予選に出場させてくれるんだ。マジでやったよ。」

 それを聞いた絹代は白い歯を存分に見せて笑った。

「それはよかった、よかった。感謝するんだよ、野球できることに」

 自分のことのように喜んでくれる絹代を見て栄治はまた喜びが体いっぱいに広がるのを感じた。野球で祖母に孝行すると考えている栄治には言葉には変えられない意味を持つ連合チームだった。

「ほれ、夏喜ちゃんとこいかんと、おしえてやらんと」

 そう言うと絹代は虫を追い払うような仕草をした。

「気をつけてな」

 伝えなければならない人がもう一人いるということを思い出した栄治は玄関を後にした。



 『海屋』の前に着いた栄治は携帯を開きアドレス帳から夏喜の番号を呼び出し電話をかける。3コール目で出た海野夏喜は2階の窓から一瞬顔を覗かせた。あたりは暗くなっており、いくぶん暑さも和らいでいる。ドアを開ける音がしてスウェットパンツにロングTシャツという格好の夏喜が出てきた。

「おう、びっくりしたよ、どうした?」夏喜は肩まで伸びた髪を掻きながら言った。

「いや、ちょっとな、お前に教えたいことあって」

「なにー?」

「俺さ、また野球できることになったんだわ。昨日優士が言ってたろ?あのことが実現したんだ。すごくね?」

「ほんとに、すごい」驚いている夏喜は何も考えることができないというような顔をしている。

「ほんと、野球できるんだ、しかも優士も修も哲治も同じチームなんだよ」

「すごい」さっきと同じ言葉を繰り返した夏喜はだんだんと笑顔を取り戻し、絹代と同じように喜んでいる。絹代にも迷惑かけたが、野球から離れた一年間夏喜にも迷惑をかけた。幼馴染だからという理由を自分に言い聞かせ利用していたと気づいた時、夏喜から離れるべきだと思ったが、夏樹はそんな自分を許し今も近くに存在してくれている。そんな夏喜に感謝したい気持ちは強く、恩返しは自分には野球しかないと思っている栄治は早くこの情報を夏喜に伝えることが大切だと感じていた。

「頑張ってよー、4人が揃ってるなら甲子園行ってよ。ていうか行けるよ。私も練習しなきゃじゃん、応援。忙しくなりそう」興奮冷めやらぬ夏喜は自分に言い聞かせるように言った。夏喜は小学生の頃から音楽をやっていて、高校でも軽音楽部に入り、野球部の応援に同行してたのだった。

「ああ、甲子園のチャンスは春と夏の2回、両方いきたいけど最低どっちかはいかないとな」栄治は笑顔で夏喜を見返し、そして、真剣な顔に戻り続けた。

「お前には迷惑かけた。」

「なによいまさら、もういいよ」

「甲子園、行っただけじゃお前に恩返しできるとは思ってないけど、こうやって甲子園目指すことができたのも夏喜のおかげっていうのはわかってる。だから見ててよ、俺の頑張る姿。甲子園目指す姿。」

それが本音だった。

「うん」

 短く答えた夏喜も真剣な顔をしていた。

「栄治とてっちゃんが同じチームかぁ、てっちゃんが打って、栄治が抑えればいいんだよ」

「簡単に言うな。哲治は打つよでも、俺が抑えられるかわかんない。実際、夏は打たれてるからな」

「あっ、またその話題。もう過ぎてしまったことはしょうがない、せっかく野球できるんだから、もうひきこもりになるなよ」

「わかってるよ」

「なによその言い方」

「普通だろ」

そういって二人は笑った。

「あ、俺気づいた、俺がホームラン打たれたやつ、今日からチームメイトだ。」

空にはたくさんの星が光っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ