1-5 倉科渚の場合・・・
「公園に着いたわよー♪」
公園に着いたとたんに両手をあげて喜びを全身で表す倉科さん。
「では、まずは軽く公園内を歩きましょうか」
公園といっても小さな公園ではなくて、ゆっくりと散歩が出来るくらいには広い公園なのだ。
その広い公園を二人で一緒に歩く。それだけで十分デートといえるだろう。
「輝くん」
「何ですか?」
公園内を歩こうと足を踏み出すと、倉科さんに呼び止められる。
「手……繋ご」
そっと、倉科さんが手を差し出す。女の子と手を繋ぐなんて恥ずかしいけど、これは
デートなわけで、手を繋ぐのは普通のことなのだろう。
「……分かりました。手を繋ぎましょう」
差し出された手を握り、前へと歩き出す。手の平に感じる倉科さんの温もりが妙に
気恥ずかしいけど、何処となく安心するのは何故だろうね。
「こうして手を繋いでると、なんだか安心するね」
「……そう、ですね」
倉科さんも僕と同じような感想を抱いていたようだ。それはそれで嬉しいな。
同じ気持ちを抱きながら広い公園を二人で歩いていく。きっと他の人達から見たら
お子様のようなデートに見えるだろう。だけど、僕達にとってはこんなデートが似合っ
ているような気がするよ。
手を繋ぎながらの公園内の散歩。特に会話らしい会話もせず、ただ単純に歩いて回る。
倉科さんにとっては退屈なデートかな、と思ったけど思いのほか楽しんでくれているようだ。
「こんなにもゆっくりと歩いて回ったのは、死んでから初めてかも」
「楽しんでいただけたのなら幸いですよ」
罰としてのデートだけど、どうせなら倉科さんには楽しんで欲しいから。
「うん。でもまだこれで終わりじゃないんでしょ?」
期待に満ちた表情で僕を見つめてくる。確かにこれで終わりではない。一応、初めて
なりにデートプランを考えてはいるのだから。
「はい。そろそろお弁当をたべようかと思ってます」
「お弁当……?」
「はい。本当は僕が作ってくるのがよかったんですけど、残念ながら沙羅が台所に立た
せてくれないから、沙羅の手作りにですけど」
沙羅は渋々といった感じで作ってくれたけど、それでも味の方は保証出来るだろう。
「沙羅ちゃんの手作りなんだ。それは結構楽しみかも♪」
「じゃあ、そこに座って食べましょう」
「そうだね。早速食べちゃいましょう」
近くにあったベンチに腰をかけ沙羅に作ってもらった弁当を広げる。
「おぉ……これはなかなか豪華な……」
「沙羅ちゃん、かなり気合いを入れて作ってくれたんだね」
渋々作っていたわりには、気合いが入りすぎだろ。こんな豪華な弁当、普段でもあま
り見ることは出来ないぞ。
「ふふ……これは沙羅ちゃんに感謝しないといけないかも」
弁当のおかずを箸で掴み、何故か僕の方へと向けてくる。
「……何ですか?」
「聞かなくても分かってるんでしょ? ほんと、輝くんは照れ屋さんなんだから」
「うるさいですよ」
箸を向けられてすることなんて一つしかないけど、そんなことをするなんて恥ずかしいじゃないか。
いくら人気がないといっても『はい、あーん』は恥ずかしすぎる。
「ほらほら、早く口を開けちゃいなさいよ♪」
「…………」
い、嫌だ……『はい、あーん』をするのは絶対に――
「してくれないの……?」
「うぐ――っ」
倉科さんが瞳をうるうるとさせながら僕を見てくる。そんな瞳で見られたら逆らいにくじゃないか。
「ほら、あーん」
「……あ、あーん」
大人しく口を開けて食べる。口の中に広がる沙羅の作った料理。
気合いを入れて作っているだけあってかなり美味しい。さすが沙羅だよ。
「美味しい? 輝くん」
「はい。倉科さんも食べてみてください」
「そうだね。あーん」
先ほど僕がやったように口を開ける倉科さん。これってまさか――
「もしかして、僕が食べさせるんですか?」
倉科さんがやったように『あーん』て言いながら食べさせないといけないのか?
「当たり前でしょ。私にも食べさせて♪」
再び口を開き食べさせるように要求してくる。このまま口を開けさせているわけにも
いかないから、諦めて倉科さんの口の中に料理を運ぶ。
「……ん、あむ」
「どうですか?」
「美味しいね。さすが沙羅ちゃんだよ」
倉科さんも美味しそうに、沙羅の作った弁当を食べる。
交互に食べさせあいながら、昼食を楽しむ。周りに誰も居ない二人だけの空間。
恋人のような空気感ってわけじゃないけど、それに似たような空気が出ている。
妙に甘酸っぱい空気感。それが僕を照れくさい気分にさせる。
「なんだかこれって、恋人のようなやり取りみたいだね」
「そ、そうですね」
互いにご飯を食べさせあう。それは間違いなく恋人同士のやり取りだ。
「えへ、えへへっ♪」
よほど嬉しかったのか、倉科さんが顔をだらしなく緩ませる。
「く、倉科さん! また少し歩いて回りませんか?」
この空気に耐えられず大きな声を出してしまう。このままこの空気の中に居てしまっ
ては変な気分になってしまう。だから気持ちを変えるために違うことをしなくては。
「いいけ、まだお弁当残ってるわよ?」
「弁当はまた後でも食べることは出来ますよ。それよりも何か違うことをしましょう!」
歩いて回らなくてもいい。弁当を食べさせ合うという行為以外なら何でもいい。
だから――
「う~ん、じゃあ輝くん、ちょっとこっちに来て」
「なんです――うわっ!?」
急に倉科さんに押し倒されてしまう。地面は芝生だったから、そこまで痛いとは思わ
なかったけど、多少は痛みを感じてはいる。
「な、なにをするんですか!?」
さっきのような甘い空気はなくなったけど、これはこれで気にいらない。
「それはね――こうするためだよ」
僕の頭を掴み自身の膝へと乗せる。こ、これってまさか――!?
「く、倉科さん!? な、何をしているんですか!?」
「何って膝枕だよ?」
「何で膝枕なんかを?」
「輝くんは私に膝枕をされるのは嫌?」
「嫌とかそういう問題じゃなくて……」
うぅ……っ、こ、後頭部に倉科さんの柔らかい太ももの感触が……なんか妙に甘い香
りがするし、それに倉科さんの顔も近い。
「男の子に膝枕をするの、憧れてたんだよね♪」
満足そうに僕の頭を撫でる倉科さん。文句を言ってやりたい。そんな風に思うんだ
けど、倉科さんの嬉しそうな顔を見るとやはり何も言えなくなってしまう。
「あら? 輝くん、大人しくなったわね」
「暴れても無駄になりそうなんで」
念のために言っておくけど、決して倉科さんの太ももが気持ちいいから大人しくなっ
たわけじゃないからね! 僕はただ倉科さんの想いに応えてあげただけなんだから!
ほんとは、こんな風に膝枕をされるなんて嫌すぎるけど、仕方なくなんだよ。
そう、仕方なくなんだ。ほんとはかなり嫌なんだけどね!
「輝くん、気持ちよさそうな顔をしてる」
「……」
いや、ほんとだからね! この表情もわざとだし、倉科さんを悲しませないようにす
るための演技だから! 勘違いしないで欲しいよ。
あぁ、早く倉科さんの膝枕から解放されたいよ。
「うふ、ふふふふっ♪」
「何がおかしいんですか?」
「ううん。別に~♪」
なんだろ。言葉にしなくても僕の言いたいことは分かってますみたいな顔は。
もしかして倉科さんは何か大きな勘違いをしているんじゃないだろうか?
例えば、僕が倉科さんに膝枕をされて喜んでいるとか。
そんなことあるはずがないというのに……こんなムチムチで柔らかい太ももの感触を
感じて喜ぶとかあるわけがないじゃないか。
「んっ、ひゃっ……輝くんったら」
「え……? 何ですか?」
どうして急に驚いた声なんかをあげているんですか?
「いくらなんでもいきなり太ももを撫でるのはマナー違反じゃないかしら?」
「いやいや、太ももなんて撫でてませんからね」
僕がそんなことするはずがないじゃないですか。相手の許可もなく、こんなスベスベ
な太ももをスリスリと触るわけがないじゃないですか。
「や、んぅ……さ、触ってるから。輝くんの手が私の太ももを撫でてるから」
「ですから触ってなんかいませんて」
何回同じことを言わせるのだろうか? いくら倉科さんの妄想でも酷過ぎるでしょ。
「だ、だったら……ぁっ、自分の手が何処にあるか見てみてよ……っ」
「自分の手ですか……」
そんなの普通に、此処に……っ!?
「な――っ!?」
何で僕の手が倉科さんの太ももにあるんだ!? そんなところに手を持ってきたつも
りはないのに。どうして!?
「ね……あったでしょ。私、嘘なんか吐いてなかったのに……」
「ご、ごめんなさい!」
「い、いいから……んぅ、早く手をどけて……」
「す、すいません!」
急いで倉科さんの太ももから手をどける。それにしても何で僕の意識していないとこ
ろで手が勝手に動いていたのだろうか……?
は――っ!? ま、まさか僕の中の第二の人格が……いや、止めておこう。この考え
は無性に恥ずかしい気分になってしまう。
「もう……っ、普通のデートをするとか言っておきながら、結局エッチなことをするんだから……」
「申し訳ないです」
反論したいけど事実、倉科さんの太ももに手を置いて撫でていた身からすると下手な
反論をすることが出来ない。甘んじて倉科さんの文句に付き合うしかない。
「私にエッチなことがしたいなら、初めからそう言ってくれればいいのに」
「えぇー」
「でもでも、さすがに初めてが外っていうのは嫌だから、そういうのは今度ね」
「いや、違いますから」
何かの手違いで倉科さんの太ももを撫でてしまったけど、エッチなことをしたいわけ
じゃない。僕は普通にデートをしたかっただけで……
「そうなの? まぁ、でもこういうのも楽しいわよね♪」
「……ええ」
何だか全然デートっぽくないけど、これはこれで僕達らしいのかもしれないね。
これが僕と倉科さんとの初めてのデートの話し。僕が立てたプラン通りには全然進ん
でないし、色々と予想外なことが起きたけど、それなりに楽しんでもらえたようだ。
次は沙羅とデートをしないといけないわけだけど……
あまりいい予感がしないのは何でだろうね。沙羅のことだから、絶対に余計なことを
考えていると思うんだよね。
まぁ、結局のところデートしてみないと分からないんだけどね。
……はぁ。