1-4 罰を言い渡します・・・
「お兄様は、本当に優柔不断でだらしがないのですから……」
「ごめんなさい。優柔不断でごめんなさい」
何も考えつかないまま家に帰り、どちらがいいのか沙羅と倉科さんに詰め寄られ選ぶ
ことの出来なかった僕は、土下座をするという賭けに出た。
そして、その結果は散々なもので――
「いくらなんでも今日一日で殴りすぎだろ……」
見た目に分かるほどの怪我はしていないが、身体のあちこちに痣が出来ている。沙羅
のこういう他人にはバレない程度の暴力の振り方は芸術的だと思う。
「お兄様、何か言いましたか?」
「何も言ってないし、僕が何か言うと思うか?」
これ以上、余計なことを言えば再び沙羅に叩かれてしまう。わざわざ殴られるために
発言をするだなんて変態的趣味は持っていないよ。
「輝くんの煮え切らない態度は私も擁護出来ないわね」
「倉科さん……」
僕のこの今の状態は基本的にあなたのせいなんですけどね。あなたが僕の所に来て、
恋をしたいなどと言わなければ……
「女の子を焦らしちゃうような悪い子には罰が必要だと思うの」
「罰……ですか。渚さん、それは基本的にどんな罰なのでしょうか?」
「ふふふ……気になる? 気になっちゃう?」
「はいはい。気になりますからさっさと言って下さい。あと、その言い方かなりウザいですよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃない。それにこれは沙羅ちゃんにとってもオイシイ話
しだと思うんだけどなぁ……」
「分かりましたから、早く言ってくださいよ。お兄様への罰とやらを」
僕を完全に無視して話しを進めていく二人。しかも罰って、僕そこまで悪いことして
ないよね!? それなのに罰っておかしくない?
「輝くんへの罰、それは――」
「それは?」
倉科さんが焦らすように一度、言葉を区切る。正直、倉科さんの発表を止めたいけど、
どうせ止めることなんて出来ないんだろうね。
僕がどれだけ騒いでも意味のないものになるだろう。
「私達二人とデートをすることなのです!」
無駄に効果音でもつきそうなほどの勢いで罰を告げる。
倉科さんと沙羅の二人とデートをしろだって!? なに罰なのかも分からないし、そ
れが罰であるのならば僕としては勘弁して欲しい。
この二人とデートして無事で済むはずがないのだから。
「デート……ですか」
「そう、デート。二人一緒にじゃなくて、一人づつ個別にするんだよ」
「なるほど。一対一の真剣なデートですか」
一対一であることに間違いはないけど、沙羅の言い方だと、まるで今から果たし合い
でもするかのような言い方だ。
いや、僕にとってはある意味で果たし合いのような物なのかもしれない。場合によっ
ては死を招いてしまうほどの……
「私と沙羅ちゃんは輝くんとデートが出来るし、輝くんはちゃんと私達をエスコートし
ないといけない。これって立派な罰だよね?」
だよねとか言われても非常に困る。僕にとっては明らかな罰だけど、それを二人に対
して言ってもいいのだろうか? 一応、倉科さん自身が罰だと言ってはいるけど、何故
か頷いてはいけない気がする。
僕の中の何かが頷いてはいけないと、全力で警報を鳴らしているんだ。
「渚さんのその考えは素敵ですね。ついでですから、お兄様にはデートが終わったら、
改めてどちらがいいのか答えてもらいましょうかね」
「その問いかけだけは勘弁して下さい!」
すぐさま沙羅に土下座をして、お願いをする。デートをするのはまだいいけど、その
後の問いに答えるのだけはマジで勘弁して下さい! もう二人に怒られるのも、沙羅に
叩かれるのも嫌なんだ!
「いいえ、いくらお兄様の頼みでも聞くことは出来ません」
「そ、そんな……」
鬼だ! 悪魔だ! 目の前の妹は最悪の人でなしだよ!
「お兄様、何かとても失礼なことを考えてませんか?」
「…………考えてません」
危ない……危うく、表情に出るところだった。ここで余計に沙羅を怒らせるわけには
いかないからね。
「まぁまぁ、沙羅ちゃん。そんなことよりも一ついい事を教えてあげましょう」
「何ですか? あまり期待は出来ないんですけど」
「えー、デートの件で見直してくれたんじゃないの?」
「気のせいですよ」
「まぁいいけど……それで話しの続きなんだけど――今回のデートは輝くんへの罰でも
あるわけなのよ」
「それは分かってます」
「だから、罰なんだからデート中、何でもお願いを聞かせることが出来ると思わない?」
「――――っ!?」
「例えばキスとか……」
「な、なな、な……」
秘密の会話のように見えて、物凄く僕の耳にまで聞こえているんですけど。
これって、もしかしてわざと聞こえるように言ってる? デート中、私達のお願い事
を聞けよと先制の意味も込めて。
「場合によってはキス以上のこととか出来ちゃうかも……」
「き、キス以上の出来ごとってまさか――」
「そう。そのまさかよ。輝くんなら必ず応えてくれるはずだわ」
「あ、あわわわ……」
肝心な所で言葉を区切ってるけど、一体僕に何をさせる気なのだろう?
二人にとっては共通の認識みたいだけど、全然見当もつかない。ただ唯一分かること
は、僕にとっては碌でもないということだけだ。
「あの……念のために聞いておきたいんですけど、これって僕に拒否権はないですよね?」
話しの流れからしてないのは分かっているけど、聞くまでは確定事項ではないから。
限りなくゼロに近い可能性でも賭けてみたくはなるじゃないか。
「あるわけないでしょ」
「そうですよ。お兄様は一体、何をバカなことを言っているのですか」
「ですよねー」
これで二人とデートをするのが確定してしまった。二人とのデート……か。僕がきち
んとエスコートをしないといけないみたいだけど、デートとか生まれてこのかた一度も
したことがないから、どうすればいいのか分からない。
こんなことで二人を満足させられるというのだろうか? いや、満足させないといけないんだ。
はぁ……出来る事なら今すぐにでも逃げ出したいよ。
「ん~いい天気だ。これは絶好のデート日和だね」
「……そうですね」
晴々とした天気に嬉しそうな笑みを漏らす倉科さん。倉科さんの提案によりデートを
することになった。最初は倉科さんとデートをし、次に沙羅とデートをする。
優柔不断な僕に対する罰らしいけど、正直ただ単に倉科さんがデートをしたかっただけなんだろうね。
「まずは何処に行くの? きちんとエスコートしてくれるんだよね?」
「一応、公園に行こうかと」
「公園に?」
「はい。本当なら遊園地とかがいいんでしょうけど、人気の多い所だとあまり会話とか
も出来ませんし、なによりゆっくり出来ないじゃないですか」
倉科さんは幽霊だから、普通の人には見えることは出来ない。それなのに人気の多い
所に行って会話とかをしてたら僕が不審者として警備員に捕まってしまう。そうしたら
このデートはそこで終わってしまうわけで――安全性や僕達の状況を考えると、あまり
人気のない公園とかの方が無難だと思う。
「そう。輝くんが公園がいいって言うのなら私は構わないけど……でも、輝くんってエッチだね」
「は……?」
何で公園に行くだけでエッチと言われなければならないんだ? 公園なんて何処にも
エッチだと言われる要素はないのだけど。
「だって、人気の少ない公園に私を誘って何をするつもりなのかしら?」
ポッと頬を赤く染めながら照れたように目を逸らす。
「は、はぁ!? 何を言っているんですか! そ、そんなつもりで公園に誘ってるわけじゃ――」
僕は純粋に倉科さんにデートを楽しんでもらおうと思って、頭を必死に回転させて
色々と考えたというのに。
「あはは♪ 冗談だよ。そこまで動揺しなくてもいいんじゃないかしら」
「…………」
こ、この人は……
「あぁ、もう……そんな風に怒らないでよ。せっかくのデートなんだから」
「怒ってなんかいませんよ」
ただ少しだけ呆れてるだけですよ。冗談を言うのは構わないですけど、もう少し笑え
る冗談にして下さいよ。ハッキリ言って、さっきのは笑えないですからね。
主に僕だけが……ですけど。
「はいはい。そんなに拗ねないの。ほら、行きましょう」
「……ぁ」
倉科さんが僕の手を取り公園へと向かって歩き出す。
「ね、笑ってデートを楽しみましょ」
「……そうですね」
憮然とした態度でデートなんかしても楽しくはない。どうせなら笑って、この瞬間を
楽しみながらデートした方が何倍もいいだろう。
「それじゃ、公園に向かってれっつごー♪」
年齢に見合わないほどのテンションで前を歩いていく倉科さん。
「輝くん。少しテンションが低いわよ? もうちょっとテンションをあげていきましょ!」
「はぁ」
デートを楽しみたいとは思うけど、倉科さんほどテンションをあげるのは難しい。
もともと僕はそんなにテンションが高いタイプじゃないし。
「ほら一緒に――れっつごー♪」
「れ、れっつごー」
「低い! 低すぎるよ! もっと心の底から声を出して――!」
「あの、倉科さん。いくらなんでも大きな声を出したら不審者扱いをされてします」
ここは普通に住宅街なんだから、こんなところで一人寂しく(基本的に倉科さんを見
ることが出来ない人からすれば)叫んでいる人間がいたら、通報物だよ。
「うぅ……それなら仕方がないのかな?」
「仕方の無いことですよ。そのかわり、ちゃんとデートではエスコートするので許してください」
綿密……とまではいかないけど、それなりにプランは考えてきているので、エスコー
トをすることくらいは出来るはずです。
「信じていいの?」
「可能な限り努力します」
「言い切って欲しいけど、とりあえず納得しますか。じゃ、きちんとエスコートしてね」
「はい」
自信があるわけじゃない。だけど、倉科さんのために一生懸命考えてきたんだ。
だから予定通り行動すれば――そういうわけだからまずは公園だ。
公園に行って倉科さんをきちんと楽しませよう。そう意気込みながら公園へと向かって行った。