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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

常人物語

作者: 鳩子ミツメ
掲載日:2026/03/20

 国の暴君もこの夏の暑さにはたいそう苛立って居られよう、近頃そう長くもない間に大人は幾人も処刑されてきたが、今日は珍しく十一ばかりなる少女の牛裂に処されると隣人に聞いた、町外れに住む質屋の男は居ても立ってもいられなくなり、すぐにその始終を見に向かった。

 事はいつもの広場で執り行われると聞いたが、そう言われずとも、広場の周りは明らかに只事ではない人だかりが、特に女の子供が極刑だというから、近しい歳の娘を持つ者は恐怖半分に興味半分、独身の貧乏人は公営の娯楽が開演するのを待ちわびて興奮した趣、めくるめく人影も低くどよめき、一匹の獣のようにわなないている、成程此処かと察すも容易。迷わず男も野次の中へ飛び込み、力任せに人波を掻き分け最前を確保した。

 しかし幼子供が牛裂と、その齢にして何を犯せばそうなるのやら全く気になって仕方が無かったが、他のどの見物人に当たれど仔細を知る者はただの一人もいないという、日盛り、間もなくして、首を縄で繋がれた、十一歳の乙女の華奢な裸形が遠くからゆっくり引かれてくると、どよめきも水を打ったように止んでしまった。

 さて、その姿をよく捉えようと、眉を寄せ目を細めてみた次第、肋骨の浮いた胸から下腹部へなだらかに窪んだ、きめ細やかな白い肌は四肢へ渡り、薄く毛の生え始めている股間は隠す気がないのか、両手は腰の横、しゃらんと伸びた背筋と割合わず、魂の抜けたように足下ばかり見ている少女の、その美しく幽かな出で立ちに、思わず息も飲ませられる、この未成熟な女の体は今に引き千切れて肉の片になるであろう、鮮血は辺りに散じ、内臓は殻ごとに潰れ、矢継ぎ早に浮かぶ映像は、男の官能に触れるも然り、取り憑かれたように少女の方を凝視していた。

 か細い右足左足、牛の胴に巻く縄のもう方先に繋がれ、股から開くよう二頭背向かいで立たせたるに、これを走らせようとて、舞い上がる土埃も燃え盛り煤と落つ激い日差に、松明の炎も白茶けた空へ溶けて見えぬ、睫毛に乗った汗を拭いて男は、絶命の今際はどんなものかあれこれ想像するも好し。制裁の儀、執行の時、炎を尾に翳された二頭が一斉に唸りを上げて走り出した、少女の足と、その縄が一文字に張る刹那、少女は一声も発さず、或いは発することの叶わなかったか、ただ皮膚の破れ、肉の千切れ、骨の外れ、砕けた音の少し後、かつて人だった肉塊の、地に落ちる湿った音が追いかけて広場に響いたのみ。

 声を、発さなかった。男は寧ろ、一声二声でも絶叫して死に絶えるものと思っていた。事の直前になって、生を哀願する甲高い悲鳴とともに、男の中の少女の実は虚と転じて、たちまち崩れ去るものと思っていた。それ故に、男はこの予想を超えた現実を限りなく愛しく思うたのである。少女の肉体がその偶像を持ち得たままに破滅したことは、あの少女の存在そのものの真の形を、誰も踏み入ることのない、花の砂漠の果にある、秘密の森の奥深くに永久に隠されたことと等しい、否、隠されているのかすら分からぬ、ただ男の知り得るのは、美しく、朧気で、無垢に笑えばその声に姿も消える、見たままの儚い乙女の姿ただそれだけであるのだから。

 男はますます興奮した。性愛か猟奇か、宛のない感覚が全身を駆け巡った。やがてそれが一つの支配欲に似ついた造形を得た時、男は既に、血の池に横たえる肉塊へ向かって走っていた。執行人の前に出て、その顔を見た。執行人はいつも同じ人物である。刑を見に行く度に目に入っていた筈の顔も、遠くから見るのと近くで見るのとでは大いに違うものと知った。

 「すみません、すみません、その死体は処分するものなのですか。」

 「処分しなければどうするというのだ、死んだ罪人は全て西の岬の桟橋から海へ投げ捨てるのだ。」

 「ええ、であれば、その死体を私に下さいませ。」

 執行人もこれに驚いて、

 「出し抜けに何を言うかと思えば、ははあ、お前は所謂小児愛者の類だな、残念だが駄目だ。」

 「ええ、ええ、この際小児愛者だろうが気違いだろうが構いませんから、お願いです、その死体を私に譲って欲しいのです」

 「何を言われようと駄目だ。元より、なぜ我がこう面倒な死体処理を一向に他へ委ねぬのかと言えば、桟橋から屍を投げ捨てる行為自体が、死刑の完了を合図するものでもあるからに他ならぬ。西の岬は常に王政の役人が誰かしら駐在している、彼らの職務の一環には、我々の死体処理を上へ報告することも含まれているのだ。」

 「ならば、死体の一部でも貰えませぬか、何も軒並みひっくるめて寄越せと言っている訳ではないのです。臓器の一つでも貰えたらそれで満足ですから…」

 執行人も流石に気味悪く思ったか、最後は嫌そうに吐き捨てて、

 「分かった、分かった、そんなに欲しいのなら少しくらい持っていけばいいだろう。」

 家に帰る頃には、牛の皮の袋から少女の小腸の腐臭が洩れ出ていた。長らく炎天下にあてられていたのだから無理もない、しかし、これもまた生前の弱々しい体躯を思うに有り余る官能、玄関の戸を閉めて直ぐ、袋を開き、その前に座って目を閉じ、腐臭を鼻腔一杯に溜めて、少女の薄幸を叙想しながら、悶々と自慰行為に耽った。

 長きには及ばず、一度精を放つと、今度は目を開き、袋から取り出して小腸をよく観察しようと試みる。表面こそ乾いているものの、中はまだ水分を多く含んでいる、あの細い腹の真下で確かに動いていた小腸である。男にとって、身の毛もよだつほど危険な魅力があった。竿がまた膨らんでくる。二度目の放精にもあまり時間は掛からなかった。

 暫くの間、恍惚としていた、鼻を突く悪臭の存在も忘れて、窓から外の斜陽をぼんやりと眺めて、どれくらい経っただろうか、男は急に立ち上がり、独り言を呟いたのである。

 「捨てねばならない。」

 それは男が、男の中の少女というものを完成させようとする上で、絶対に欠かしてはならぬ工程であった。すぐにそれを革袋へ戻し、近くの川迄、小走りで持って行った。川面が見える、男は勢いそのまま、ひと思いに袋を投げた。沫をあげて着水したのち、はじめ口を上に向けて浮かんでいたのが、じきに重心が傾き、真横に向いた口が川の水を一度に呑んでぶくりと沈んでしまった。男はそれを眺めて立ち尽くしていた、眼前の西日が地平線を煽るまで…

 男が家に戻ると、部屋中に腐臭の残滓が漂っていた。別段困ったことでもあるまい。これは一晩でも換気すれば消えてなくなるだろうし、元より男一人のみ住んでいる家であった。家中の窓を開け放ち、男は大の字になって寝転んだ。あの川の先は、西の海に続くらしい。部屋は夕闇に満ちていた。

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