第1話 薔薇事件
この連載短編小説は、『嘱託捜査員ケイ』のプロローグになります。
「シン、起きてよ」
「ケイ、昨日の緊急地震情報で眠くて」
「本当、夜中は迷惑ね。それは別として、これ」
葛城恵子は夫の進一に携帯のスクショを見せながら言った。
進一は眠い目を擦りながらパンダ柄のパジャマから着替え、布団を押し入れに入れながら迷惑そうに呟く。
「ケイ、そのスクショが何か」
「前にね、気になったから保存してたんだけどーー 今日のニュースで薔薇事件があったのよ」
「なにその薔薇事件って・・・・・・ 」
「前にね、薔薇の盗難事件があったでしょう」
「ただの泥棒騒ぎじゃないの」
「それが、どうも違うみたいなの」
「まあ、わかったから、とにかく朝食を済ませて支度優先だよ」
進一は恵子の薔薇事件をすっかり忘れて通勤電車に乗った。
目の前の乗客の新聞に薔薇事件の大見出しが見えて進一は恵子に言った。
「そういえば、ケイ、朝から騒いでいたよね」
恵子は声を潜めて言った。
「商品相場が急騰しているのよ」
「薔薇と関係あるの」
「だから大量盗難と関係あると思うのよ」
「だって、あれは最近じゃないじゃないか」
「需要と供給バランスを考えてみて」
「ケイ、俺、経済苦手だからよくわからないんだけど」
「じゃあね、シンが欲しい物があって、それが世界で一個だけになったら、どうなる」
「それなら絵画の競売の世界じゃあないか」
「そうなの、あの薔薇事件がそれよ」
「でも、ケイは商品相場がとか言ってたよね」
「薔薇の大量盗難事件で供給が激減して薔薇が高騰しているのよ」
「でも、薔薇なんて庶民には馴染みが薄いよ」
進一と恵子の会話は、電車の急停車で中断した。
「シン、トラブルみたいね」
「とりあえず、迂回方法を考えよう」
その日の夕方、進一と恵子が自宅への道を歩いている時、住宅街の小さな公園から犬の遠吠えが聞こえた。進一は犬が苦手だったが、恐る恐る近づいて見た。
犬の先には赤い色の薔薇が見えていた。
視力の良い恵子は夕方の薄明かりの中で異常に気付き、携帯の緊急ダイヤルをタップした。
「はい110番、事件ですか事故ですか」
「それが近所の公園で犬が吠えていたの」
「犬ですか? 」
「その先に赤い薔薇を持った手が見えているけど、怖いから通報しました」
「分かりました。警察官を派遣しますので詳しい所在地をお願いします・・・・・・ 」
進一は恵子の横で大きなため息を吐いた。
しばらくして、警察官が四人到着した。遅れて私服刑事が到着する。
刑事が恵子に尋ねた。
「発見したのはあなたですか」
「いいえ、私は通報しただけです」
「犬の遠吠えに主人が気付いて・・・・・・ 」
「分かりました。とりあえず、お名前と生年月日に連絡先をお願いします」
進一と恵子は刑事が差し出したメモ用紙に連絡先を書き入れ身分証明書を刑事に提示した。
「ご協力頂きありがとうございます」
刑事は進一と恵子から離れると警察官に指示を与え一帯に立ち入り禁止の黄色のテープを貼らせた。
遅れて鑑識班を乗せたワゴン車が到着する。
「あとで連絡しますから、今日はお帰りください」
その日の夜、恵子の携帯がけたゝましく鳴った。
「はい、私です」
「夜分、失礼します。内容は守秘義務で言えませんが、この件はこれから捜査本部が立ち上がります」
「ーー いいえ、協力出来て幸いです」
深夜のニュースで、恵子が進一に言った。
「あの公園で発見された赤い薔薇、薔薇事件の薔薇だったそうよ」
「また薔薇事件」
「そうよ、そして発見されたのは大手のバイヤーと分かったわ」
「で、その人は」
「薔薇の棘にあった毒で死んでいたそうよ」
「薔薇の棘に毒ですか」
「おそらく、毒殺じゃあないかと」
「なるほど、薔薇事件とバイヤーか、何か臭いそうな」
「シン、秋刀魚が焦げているわ」
「あああ、季節外れの高級秋刀魚が」
恵子は進一の悲鳴に笑いを必至に堪えていた。
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三日月未来