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【エピローグ】

【エピローグ】


 そこから先は、呆気ないものだった。

 脇腹を押さえてうずくまった猪瀬に向かい、僕は猛ダッシュ。拳銃を投げ捨て、彼の側頭部を拳骨で思いっきり殴りつけた。

 まあ、これも超法規的措置というやつだ。

 玲菜はと言えば、恐怖心からだろう、その場で気を失っていた。猪瀬もまた、呻き声を上げながら動けないでいる。

 二人が生きていること、そして命に別条がないことを確かめた僕は、振り返って三人のローゼンガールズを見遣った。皆、困惑顔を浮かべている。これから一体どうしたものだろうか。

「ん……」

 僕が後頭部を掻いていると、どこからかサイレンが聞こえてきた。救急車だ。パトカーのものも混じっている。更には、上空から風切り音も響いてきた。

 ああ、そうか。警備員たちが異常に気づき、ヘリでやって来たのか。

 どうやら学校の警備員たちと、町の救急・警察組織との間には連携が取れていたらしい。互いに敬礼を交わし合い、状況を精査し始める。

 そこで活躍したのは、やはり最年長者である実咲だった。物々しい装備をした大人たちを相手に、淡々と状況を説明した。

 その背後では、猪瀬と玲菜が担架に載せられ、救急車で運ばれていくところだった。僕は玲菜の下に駆けつけたかったが、一人だけ勝手に動くわけにもいかない。何とかその場に留まった。

 振り返れば、上半身だけを地上に晒しながら、完全停止したリトルボーイが見える。パトランプを反射する、厳めしい装甲板。よくもまあ、こんなデカブツを倒せたものだ。

「取り敢えず、二人共命に別状はありません。市の中央総合病院に搬送します。個室をお取りしましょう」

「了解しました。ご配慮に感謝します」

 実咲が丁寧に腰を折って、救急隊員に礼をする。

 僕がその姿を見つめていると、背後からぶわり、と風が吹いてきた。人員輸送ヘリが着陸したようだ。

「ローゼンガールズ諸君! 君たちは無事か!」

 乗ってきた警備員が声を張り上げる。

 無邪気に駆け寄っていく梅子。拳銃を拾い上げてゆっくり歩み出す香澄。そして、

「さあ行くぞ、拓海! 我輩も腹が減った!」

 ドン、と僕の背中を小突く実咲。

「せ、先輩、怪我は……」

「なあに、大したことはない! が、一つ確認させてほしい」

 確認? 『何でしょうか』と言って首を傾げてみせる。

「先ほど君は、我輩を呼び捨てにしたのではないか?」

「ぎっ」

 奇妙な音が、僕の喉から漏れた。実咲はジト目で僕を見下ろしている。豊満な胸の下で腕を組みながら。

「す、すみません、つい……」

「追いついたな」

「は?」

 追いついた?

「いやあ、君が他の二人を呼び捨てにしていたものでな。随分親しげだなー、と。ちょっと、その……羨ましかったのだ」

「へ、へえ」

 暗さとパトランプの中でも、実咲の顔はやや朱に染まって見えた。

「ほ、ほら、行くぞ! お前も擦り傷くらい負ってるだろう? ちゃんと殺菌しないと危ないんだからな!」

 そう言って、実咲はずんずんとヘリの方に向かって行ってしまった。

 確かに一度、『実咲!』と叫んだ気がする。ううむ、それにどんな意味があるのだろう。平凡を愛する僕には、よく分からなかった。


         ※


 日付が変わって、翌日未明。中央総合病院、集中治療室前。

 この病院は規模が大きく、単に『集中治療室』といってもいくつかある。僕は二つ並んだうちの一つ、第二治療室の前のソファに座っていた。

 担架がスムーズに出入りできるよう、ドアに繋がる廊下は広め。ソファは、その両側の壁に沿って配されている。

 正直、第一治療室の方はどうでもいい。猪瀬が緊急手術を受けているらしいが、関心はない。

 そりゃあ、猪瀬は簡単に許せる相手ではない。ローゼンガールズの三人を無用な戦いに陥れ、私利私欲、というか『私怨』で彼女たちを利用しようとした奴だ。どう考えても憎らしい。

『私怨』というのは、猪瀬のPKOでの経験のこと。確かに、戦闘行為で視覚を失ったというのは、大変ショックだったろう。だが、いや、だからこそ、彼は兵器開発に携わるべきではない。

 おっと、思考の線がズレてきている。そう、猪瀬はどうでもいい、という話だ。

 第二治療室にこそ、僕の注意は惹かれている。誰あろう玲菜が、そこで治療を受けているからだ。

 治療前に医師に詰め寄ったところ、やはり命に別状はない、とは言われた。

 しかし、拳銃で撃たれたという事実が、玲菜の心に傷を負わせた可能性は高いという。こればっかりは、どうにもならない。

「はあ……」

 僕は膝の上に肘を載せ、手を組んで拳を額に当てた。

 他に、この廊下には誰もいない。戦闘員三人組は、別な治療室で処置を受けている。

 梅子も香澄も実咲も、重傷には見えなかった。だが、素人考えで判断するわけにはいかない。

 その判断までをも含めて『治療』と呼ぶのだろうから、今は医師に任せるべきだ。僕はそう自分に言い聞かせた。

 どのくらい時間が経ったのかは分からない。ものが動く気配を感じて、僕は顔を上げた。

 第二治療室のドアがスライドしたのだ。担架に乗せられた玲菜の姿が見える。だが、それは一瞬だ。

 駆け寄ろうとした僕を、医師がやんわりと押し留めた。

「せ、先生、玲菜は? 大丈夫ですか?」

「ああ、心配は要らないよ」

 マスクの上の目を優しく細めながら、医師は言った。

「ただ、さっきも言ったように、心の傷の方が気になるところでね。鎮静剤を打ったから、目覚めるまでまだ時間がかかるだろう」

「は、はあ」

 僕は医師から目を逸らし、担架で運ばれていく玲菜を見送った。


         ※


 はっとして顔を上げると、そこは別な場所だった。もちろん、ワープしたわけではない。

 手術室ではなく、入院患者用の個室の前で、僕は先ほどと同じポーズで座っていた。一つ違うのは、そばに紙の束が置かれていること。ちょっとしたメモだ。

 玲菜が集中治療室を出てから、すぐに僕は話を聞かれることとなった。主に、高校の警備主任と刑事数名。合わせて二、三回は同じ話をしただろうか。まあ、一番の軽傷者が僕なのだから、そのくらいの手間は仕方ない。

 その聴取の中で、僕はいくつかの質問を許された。これまた超法規的措置だそうだ。

 誰かが事実を玲菜に伝えなければならない、であれば、同級生の口から教えた方がよい、という判断もあったのだろう。

 そこで判明した事実を書き留めたのが、件のメモというわけだ。

 何をどういう順番で玲菜に伝えようか。軽く包帯を巻かれた自分の両手でメモを取り上げた、その時だった。

「平田拓海さん?」

 優しい女性の声がした。顔を上げると、玲菜を担当している看護師がこちらを見下ろしていた。穏やかな笑みを浮かべている。

「気持ちは落ち着いた?」

「ええ、多分……」

 僕は俯き、自分の脳みそを回転させる。うむ。オーバーヒートはしていないようだ。

「小原玲菜さん、意識が戻ったわ。いろいろ知りたがってるみたいだったから、あなたから説明してあげて」

「あっ、はい」

 笑顔のままこくりと頷いて、看護師は去っていった。

 僕の胸中は、意外なほど落ち着いていた。玲菜が無事だと分かったら、もっと狂喜乱舞するかと思ったのに。

 やはり、彼女に事実を伝える人間としての自覚が、僕の心を静めているようだった。『君の父親は犯罪者だったんだ』と、明確に告げなければならない。

 リノリウムののっぺりとした床面を見下ろし、僕は自分の頬を叩いて、気合いを入れた。

 コンコン、と軽くノックをする。玲菜が声を上げるのは大変だろうから、僕は無礼を承知で、勝手にドアを引き開けた。

「あっ、拓海くん」

「玲菜……。大丈夫なの?」

 こくん、と頷く玲菜。彼女は既にベッドから上半身を起こしていた。まあ、怪我をしたのは足なのだから、大丈夫といえば大丈夫なのだろう。

 僕がベッドに歩み寄ろうとすると、玲菜は真っ直ぐ僕を見つめ、言った。

「猪瀬理事長……私のお父さんは、犯罪者なんだね」

 ドキリ、と心臓が跳ね上がった。

 玲菜の目には、親に裏切られたという悲壮感がありありと浮かんでいる。僕はすっと息を吸って、

「ああ、そうだよ」

 と告げた。今ここで僕が言葉を濁したら、逆に玲菜の意志、現実を受け入れようという覚悟を潰してしまいかねない。そう思ったのだ。

「やっぱり、あれだけのことをしたんだものね」

 玲菜は焦点の合わない目で、ぽつりと呟いた。

 じっとその目を覗き込む僕。だが、玲菜の瞳は何を捉えているのか分からない。彼女の胸中の葛藤、複雑に捻じ曲がってしまった心境が、瞳を濁らせてしまっているようだ。

 僕は手早く話を済ませてしまうことにした。

 猪瀬高雄は、破壊活動防止法や銃刀法に違反した咎で起訴される見込みであること。

 機動兵器やスライムの開発チームにも捜査のメスが入ること。

 学校は一週間ほど休校した後、新理事長の下で、授業が再開されること。

「それともう一つ、玲菜には知っておいてほしいことがあるんだ。個人的なことなんだけど」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、玲菜は軽く首を傾げた。

「今回の事件、僕の父親が一枚噛んでいた可能性が高い」

「えっ……?」

 玲菜の目の焦点がはっきりと定まった。驚きのあまり、僕の顔が視界の中央に据えられたらしい。

 今度は僕の方が顔を逸らしてしまった。気丈に振る舞おうと思っていたのだけれど。

「玲菜があのロボット――リトルボーイの開発を知る前から、その原型は僕の父親が完成させていたんだ」

 それはここ最近になって、ずっと僕の脳裏にこびりついていた記憶。

 両親が離婚間近となった時に、幼い頃の僕が目にしてしまった現実。

「僕の過去については、玲菜も知ってるね?」

「ええ」

 静かに肯定する玲菜。しかし、動揺を隠しきれていない。構わず、僕は続ける。

「ある日、リビングで両親が冷たい喧嘩を始めた。日常茶飯事だったんだけれど、何故か僕は、その日は急に怖くなってね。リビングから一番遠い、父親の仕事部屋に駆け込んだ。たまたま鍵がかかってなかったのは、偶然としては出来すぎな気もするけど」

 目を上げて玲菜の方を見ると、微かに喉を鳴らして唾を飲むところだった。

「そこで僕は、確かに見たんだ。リトルボーイの姿を。ドアの向かいの壁に、でかでかと設計図が貼り出してあった。つまり、何が言いたいかというとね……」

 今度は僕が唾を飲んだ。怖気が足の裏から背筋を通って、後頭部までをも震わせる。

「僕の父親は、きっと今もどこかで、何かの研究開発をしている。現在進行形でね」

「それは確かなの?」

 小声で尋ねてくる玲菜。僕は首を縦にも横にも振ることができなかった。奇妙に頬が痙攣する。

「証拠はない。さっき、警察や警備員の人たちと話してきたけど。まあ、僕がその設計図を見たのは十年も前のことだから、父さんの関与の有無があやふやなのは無理もないけれどね」

 ただし。

「僕は今も父さんを疑っている。母さんだってそうさ。二人は自分の仕事を優先させたくて、家庭と僕を捨てたんだから」

 玲菜はふっと顔を逸らした。

「ごめんね、拓海。今の話、辛かったでしょう……?」

 単刀直入な彼女の物言いに、僕は思わず笑ってしまった。

「何がおかしいの? あなたのご両親に関わることなのに」

「ああ、ごめんごめん」

 微かに怒りのこもった玲菜の声。僕はさっと両手を挙げて謝った。

 咳払いをして、笑みを引っ込める。そして、できる限り真剣な口調でこう言った。

「玲菜、僕も戦うよ。ローゼンガールズに入れてくれないかい? 男だけど」

 しばしの間、僕は玲菜の瞳を見つめた。先ほどとは違い、すっと深くまで見通せるくらい澄んだ瞳だ。僕の瞳の奥を、ひいては僕の覚悟の程を、見極めようとしている。僕にはそんな風に感じられた。

 たっぷり十秒はそうしていたと思う。沈黙を破ったのは、玲菜だった。それも、楽し気な笑い声で。

「ふ、ふふっ」

「なっ! 何だよ! 玲菜こそ、笑うことないじゃないか、真剣な話だよ?」

「だからこそよ、拓海」

 今度は僕の頭の中で、クエスチョンマークが膨らんだ。

「そんなに真剣に考え詰めてるのに、今更私たちが性別でメンバーを選ぶと思うの?」

「つまり、男でも入隊できるってこと? ローゼンガールズに?」

「入隊って、軍隊じゃないんだから……」

 口元に手を遣って、柔らかく笑う玲菜。

「でもね、拓海。あなたも分かってるでしょう? 性別に関係なく、私たちは一致団結して、事態に対処していかなくちゃならない。男子か女子かなんて、些細なことよ。もしあなたが言う通り、ご両親が怪しい研究を続けているとすれば、ね」

 言葉の最後に、玲菜は真剣な眼差しでこう言った。

「これからも、私たちローゼンガールズを守ってくださいね」

 すると、玲菜はすっと身を乗り出して、僕の手の甲に両手を載せた。

 ううむ、今の僕には刺激が強すぎる。僕は一瞬で、自分の脳みそが煮立つのが分かった。


         ※


 僕は病室を出た。玲菜が言うには、安堵感からか急に眠くなったそうだ。

 顎に手を遣り、考える。僕は玲菜と、心の距離を詰められたのだろうか。

「っておい!」

 僕は振り返って、病室のドアに向かって吠えた。

 さっき玲菜は、ただ『守ってください』と言ったわけではない。

「手を添えてくれたのはどういう意味だ……?」

 もしかして、僕のことを認めてくれたのか? 冗談じゃない、こんな幸運があってたまるか。

 玲菜の言動をそのまま受け止めていいのかどうか、僕は半狂乱になりつつ考え――ようとして断念した。今度こそ、頭がオーバーヒートしている。一体何が起こってるんだ?

 そう、今まさに何が起こっているのか。それを知らしめる一言が、僕の背後から投げかけられた。

「随分とご機嫌だね、お兄ちゃん?」

「ふえ?」

 頭に手を遣りながら振り返ると、眩い朝日を逆光にして、三つの人影が立っていた。

「あ、み、皆……」

 そこにいたのは、梅子、香澄、そして実咲である。ところどころに包帯を巻いたり、絆創膏を貼り付けたりしているが、三人共元気なようだ。

「戦った俺たちを放っておいて、女と病室デートにしゃれ込むとは、なかなかいい度胸してんなあ、えぇ? 拓海くんよ」

 明らかにキレ気味の香澄。その隣で、実咲は意地の悪い笑みを浮かべている。

「そうだよお兄ちゃん! あたしたちの病室にもお見舞いに来てくれればよかったのに!」

 梅子はぷくーっ、と頬を膨らませた。

「あー、悪い、警察の人に、僕から玲菜にいろいろ伝えてくれって言われて……」

「お前が玲菜に惚れてるってことも、か?」

「うぐっ」

 おいおい香澄。その眼力、さっき僕の聴取に当たった刑事の百万倍は鋭いぞ。

「まあ、諦めの悪さが我々のポリシーみたいなものだ。覚悟するのだな、拓海少年」

「実咲先輩まで何言ってんすか!?」

 すると、梅子が飛び跳ねながら、勢いよく拳を頭上に突き出した。

「さあ! これから打ち上げ行くよーっ!」

「お前傷だらけじゃねえか、梅子!」

「安いカラオケ屋を知ってる。拓海、付き合えよ」

「香澄だって怪我は大丈夫なのかよ!」

「うむ。我輩も異存はないぞ」

「あんたが止めないでどうするんすか、実咲先輩!」

 ――どうやら、僕たちの危険な青春はまだまだ続くらしい。


 THE END

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